ep.2-6 特軍副隊長・ソーマ
「んだよ、元気じゃねぇか。ぼけっとしてんじゃねーよ」
はっ、とあしらうような軽い笑い声にルミナがうっと言葉を詰まらせる。
ブレイは半年振りに見るソーマに向かい、皮肉たっぷりに再会の言葉をかけた。
「馬鹿と煙は高い場を好むとは言え……。貴様、その足を掛けているものが何か知らんとは言わせんぞ、ソーマ」
「相っ変わらずみみっちい奴だな、テメー。この半年でちったあマシになったかと思ってたが……やっぱ実践的指導が必要らしいな!」
ブレイの挑発的な文句に、突っかからない筈もない血の気の多さは相変わらずで、ソーマはようやく聖石の上から地へと降りた。質量のある体躯のくせに実にしなやかに着地する。
二人に大したダメージがないのを見て取ると、ソーマは先程鼻っ面に一撃叩き込んだ相手へと向き直る。
「後で俺様に馬鹿といったこと、謝罪させてやるが……まずはこっちが先だな。おいテメェ。鼻折れてねぇか? ……いい音したがよ」
相手を見下す態度を包み隠さず、ソーマは顔面を押さえて剣を構える男に話しかける。
強打された鼻を押さえながらネーヴはソーマへと鋭い視線を向ける。
「貴様、何者か」
問いながらネーヴは驚いていた。
自分の速さについて絶対の自信を持っている彼は、高速で駆ける自分へと背後から追いつき、尚且つ正確に鼻面へと拳を叩き込んだこの得体の知れない男を、
「……さあなあ、教える義理はねえよ」
問いには答えず、ソーマは軽く肩を
「さァて、たったと終わりにしようや。こちとら腹減ってんだよ……、小細工はなしでいくぜ」
ぎらつく眼でソーマはネーヴを瞳に写し、ルミナと似た構えを取った。ネーヴも早く片を着けたいのは同じ、またもあの独特な、速攻の為の構えを取った。
ネーヴは思案する。
察するに、この男もあの少女と同じ肉弾戦。
幾ら彼が奇術を使おうが、一直線での交差。
獲物のリーチも手伝って間違いなく自分の方が速く肉を絶つ。ならば、
「……参る!」
見開いた眼には周りの風景など流れる間もない。最速を以って敵の身を切り裂くのみ。
一秒もなくネーヴはソーマの懐まで達し、そのまま半月刀を一閃。
敵の
「よお、もしかして自分が一番、
耳に聞こえたのは、全てが刹那の中過ぎ去っていく世界で、妙に存在感のある男の低い声だった。
一瞬にして血が逆流するのをネーヴは感じた。
「なっ…」
何故、何を。続く言葉は何を紡ぐつもりだったのか発したネーヴにも分からなかった。
奇術も何もない、ただ純粋なまでにこの男が、――
ただそれだけのことであった。
己が持ちうる絶対の業が事もなげに無力化され、戦意が崩れ去ろうとするのを堪えるネーヴの目に、男の不敵な笑みが映った。
自失しているネーヴの
上下からの
それに止まらず、ソーマは遠慮なしに硬い拳をネーヴの顔面へと叩き込み、その衝撃でネーヴを殴り飛ばした。
「今度こそ鼻折れたんじゃねぇか?」
吹き飛ばされた先の地面へ這いつくばるネーヴは、酷く出血する鼻を押さえることもできぬ程のダメージを受けていた。言葉を出そうにも苦痛を訴える呻き声しか出なかった。
ソーマは地に伏すネーヴの頭側にしゃがみ込むと覗き込むように首を傾けた。
腰を低く落とし、広げた脚にだらりと腕を乗せるソーマは町中のチンピラと変わりない。
反応がないネーヴにつまんね、と吐き掛けるとその様子を後ろで見つめていたお子様たちへと体勢はそのままに振り返る。
「おい、もう終ったぜ」
◇
今の今まで目の前で行われていた、短いながらも鮮烈な戦いの光景をただ見るだけだったブレイは、その言葉に無意識の内に強ばらせていた緊張を解いた。
久方ぶりに見たソーマの戦いっぷりは以前と変わらず、もしかすると以前にも増して強烈だった。
流石は特軍副隊長、実力的にはルミナも上回るだろう男は難なく、前回の反乱では自軍を苦しめていたネーヴを、ほんの数分で沈めてしまった。
味方としては重宝する実力者であるが恐ろしい男だ、とブレイは安息とも嘆息ともどちらか判別しがたい息を吐き出す。
その横でルミナはぶすっとした表情で、こちらへ近付いてくる自分の最も近しい部下をじいっと見ていた。
「んだよ、その不細工な顔は。こういう時はなぁんか言う台詞があるんじゃねえか? あぁ?」
そんなルミナの顔を見て心底楽しげににやにやと笑いながら、ソーマは自分の手をルミナの前に差し出した。
ふくれっ面のルミナはその手を乱暴に取ると立ち上がり渋々口を開いた。
「~~~っアリガトゴザイマス!」
そんな二人を見ながらブレイも自分で立ち上がると、礼は言わずに言葉短くソーマへ問いかけた。
「何故ここにいる?」
その態度に片眉を上げ、食って掛かろうとしたソーマだったが「ぬあっ!」と間抜けな声を出してルミナに掴みかかった。
「おいテメェ! 俺らに後処理ぜんっぶ押し付けてとんずらこきやがったな! お陰でどんだけこっちが大変だったか……!言っても分からねーだろうが大体、お前の署名がなきゃ意味ねぇんだよ! こんのバカが!」
まずった、という顔をしていたルミナだったがソーマの発した「バカ」の言葉に顔色が変わる。
「な、バカぁ!? アンタには言われたく無いわよっこの筋肉バカ!」
「んだとこのクソガキ!」
「なにをぅ!? このルミナ様に向かってそんな口っ……あ」
互いに掴み合い、剣呑な雰囲気が満ちまくった中、急に思い立ったようにルミナが口をぽかんと開けソーマを離した。
その様子にソーマもちょっと驚いて思わずつられて手を離してしまう。
「忘れてたわ」
言いながら地面に伸びているネーヴに近付き、倒れ臥すネーヴの後頭部に足を掛けるとルミナは言い放った。
「さ、私を甘く見たこと、詫びなさい。その格好のままで」
鬼がいる!
ブレイもソーマも心の叫びは同じだったに違いない。
そもそも、倒したのはルミナではなくソーマである。ちょっと無理のある台詞なんじゃ……とブレイは思ったが口に出すと後が面倒なのでやめておいた。
「ダメ、コイツ完全に気絶してるわ。あとで起きたら用があるから牢にでもぶち込んどいてくれない?」
諦める気はないらしいルミナの言動になんだかどっと疲れを感じたブレイであるが、その言葉にとりあえず頷きソーマへと視線を戻した。
「……で、その書類だがここに持ってきたのか? 提出先はどうせ僕なのだろう、さっさとルミナにサインさせて処理を……、おい、何処へ行く。貴様、まさか」
ブレイの言葉に眼を泳がせながら、少しずつ距離を離すソーマにブレイは思い当たる。
「――書類、置いてきたのか…?」
聞くか聞かないか、持ち前の疾風のような速さで駆け、城の中に一瞬にして消えた特軍副隊長の見えない背に、ブレイは怒りを通り越して虚無感に襲われるのだった。
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