ep.2-5 戦うヒロイン


 ネーヴの言葉に汗が伝う。

 あの反乱にはもっと他の何かがひそんでいる……?

 急に浮上した謎について思考しようとするのを無理矢理止め、とにかくどうこの場をしのぐかを考えなければならなかった。

 が、しかし……。


 回る思考にブレイが身動きをとることができずにいるのを察したネーヴは、薄っすらと目を細めた。

 これで任は達され、後は個人的な用事を済ませ御許みもとに帰るのみ――。

 ネーヴが首筋に当てた半月刀を引こうとした時だった。


 たたた、と此方こちらに近づく軽い足音が聞こえ、ネーヴが振り返った時には背中に強烈な打撃を受けていた。

 その隙にブレイは前へと転がり剣を避ける。先刻まであった首の位置を半月刀が滑り、ブレイは肝を冷やした。


「なーにやってんのよ! この不審者っ!」

 走り様に跳び蹴りを見舞ったのはブレイを探して城を歩いていたルミナだった。蹴りをかまし着地すると、すぐに戦闘の構えをとる。

 ルミナの攻撃によろけたネーヴだったが、こちらもすぐさまルミナへと向き、剣を構える。

「何だか衛兵の数が少ないからおかしいと思ってたのよ、……アンタね」

 ルミナは吐き捨てるように言うと、怒りをはらませた猛獣のような瞳でネーヴを見据えた。前に踏み出した片足にぐっと力を込め、今にも飛び掛らんとする。


「ブレイに手を出すのは許さないわ、アンタ覚悟はできてんでしょうね! この私が相手してやるんだから感謝しなさい!」

 敵と対峙たいじしている中でもルミナの尊大な態度は相変わらずで、そんな丸腰の少女を見てネーヴは溜息をついた。

「女は斬らん。貴女に何が出来る? 下がられよ、命までは取らぬ」


 その言葉にカチンときたルミナは顔を赤くして叫んだ。


「あーーっもう!どいつもこいつも女!女!女!! 南部の頃から聞き飽きたわ、うんざりよ! 戦いは男のモノとでも言いたいわけ!?」

 ルミナの瞳の奥で怒りの炎が燃える。幾度となく掛けられた「女のくせに」という台詞がルミナの脳裏によみがえる。

「上等よ、私の前にひざまずかせて撤回てっかいさせてやる!」


 どこの女王様だ、という場違いな思いをどこか頭の片隅に感じながらブレイはルミナに叫んだ。


「気をつけろ! コイツ、なかなかの手練れだ!」


 ブレイの言葉に短く頷き、半月刀を構えるネーヴへと正面からルミナは突っ込んだ。

 一見無謀にも見える動きであったが、剣の届くぎりぎりの範囲で驚くべき跳躍を見せ、ネーヴを飛び越えるとその背後に肘を叩き込む。

 更にそのまま向き直ると、引き絞った右拳を肩甲骨けんこうこつの間に叩き込んだ。

 その細い体からは想像もつかない衝撃にネーヴは驚く。ルミナへと半月刀を繰り出すが、その動きを目にしかと映しているルミナは難なくそれを避け、今度は脇腹へと中段蹴りを二撃お見舞いする。

 ぐぅっと小さい呻きを漏らすネーヴは、たまらず間合いを空けた。


「どーよ!」

 不敵な笑みを浮かべ、挑発するルミナ。やはりルミナには天賦てんぷの才があるのだと、ブレイは再認識した。彼女の動きはなめらかで美しさを感じさせる。


 ネーヴはしばし視線を下げていたが顔を上げ、ルミナの目を射た。

「貴女のお力は確かだ。しかし、やはり女。力が幾分足りぬ。それに、もう加減は致さぬ」


 ネーヴはあの独特の構えをとり、冷たい瞳をルミナから外さない。

 雰囲気が変わった事にすぐさま気付いたルミナはしっかりと構え直す。


「確かに…、浅かったみたいね。だって、今、武具ぶぐ着けてないし。」

 やっぱりしっかり装備はしておくべきだったかとルミナはちょっと後悔していた。

 マカオの服は可愛いけれど裾が広い所為でふわりとひるがえり、視界を邪魔して戦いには向かない。短パンを穿いてるだけマシだったが。

 それに――、とルミナは思う。

 こんな事になるとブレイに『私服禁止令』出されるかもしれないし。


 ルミナは警戒しながらもある意味呑気なものだったが、見たこともない相手の構えに緊張が高まるのを感じていた。なにか、やばい予感がネーヴから感じられるのだ。

 ……と、ネーヴが地を蹴った。

 その速さは、やはり驚くべきものであった。

 動体視力に絶対の自信があるルミナにもようやくく捉えることができる程である。

 その為、ひらめく剣先はなんとか回避できたが、その後の回し蹴りには対応できずに、ルミナは思いっきり蹴り飛ばされてしまった。


 ブレイのいる聖石の側に転がったルミナへブレイは駆け寄ると、ルミナをかばうように前へ出た。

 この機を逃すネーヴではなく、すぐさまブレイとルミナに向かい、剣を月光に閃かせ距離を詰める。

 本当にもうダメかとブレイが諦め目を閉じかけたその時、ガヅッと鈍い音が前方より響いた。間髪おかず、すぐ背後の聖石がズンっと低く振動するのを感じる。

 何事かとルミナとブレイの二人は素早く背後の聖石に目を走らせた。


 その目線の先、聖なる巨石のいただき。冴え渡る満月を背に負って一人の男が立っている。

 月影に顔貌かおかたちは確認できないが、月の光を弾いて散るように輝く長い髪と、朧げながらにも確認できる鍛え上げられた肉体を持ったその長身の男は、その体躯たいくに似合った低い声で、眼下にうずくまる二人へ言葉を落とした。


「おい、こんな野郎相手になぁにやってやがる」

 その言葉に「うっさい!」とルミナが噛み付くように言うと、男は下をうかがうように前へと姿勢を乗り出した。

 陰になっていた部分が明るみに出、燃える緋色の赤毛と、真昼に見る月を宿したかのような三白眼があらわになり、それが誰だかブレイにも確認できた。


 月を背に現れた男――、獣のような凶暴さをまとうは特殊戦闘特化軍とくしゅせんとうとっかぐん、副隊長。

 ――ソーマはニヤリと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る