犬の悪代官が町娘に不埒なことをする話
ダイスケ
犬の悪代官が町娘に不埒なことをする話
それは、こことは少し違う世界のお話➖
日ノ本八百八町のお江戸と言われる街で、たいそう評判の悪い代官がおりました。
その代官は越後屋という、これまた評判の悪い商人と組んで、借金の方に町娘を拐っては、食い散らかしている、ともっぱらの噂でした。
しかも、その悪代官(もう、そう呼んでいいですよね?)の風貌は人間離れしておりました。
長い鼻づら、鋭い牙、大きく立った耳に、よく濡れた黒い鼻。
そう、悪代官は、犬人(いぬびと)だったのです。
その夜も、ある料亭の奥でまた一人、何の罪もない町娘が、犬の悪代官の毒牙にかかろうとしておりました。
犬の悪代官が盃を掲げると、すかさず越後屋が酌をします。
「お代官様、今宵も一人、娘を調達してまいりました」
「ほほう、それはどんな娘だ」
「ええ、それはもう器量良しの娘でございます。親は簪(かんざし)職人でしたが、悪い博打を覚えましてね。借金が嵩んで身動きが取れなくなったのを、私めが買い取ったのでございます。ぜひとも、お代官様にご賞味いただこうかと」
「ふふっ、越後屋、そちも悪じゃのう」
「いえいえ、お代官様こそ」
「「ふっふっふっふ」」
越後屋と悪の犬代官が恐ろしげな笑いをしている部屋の隅で、話題にあがった町娘は震え上がっておりました。
父親の借金だけが理由であれば、町娘は逃げ出していたでしょう。
ですが、家にはまだ幼い弟がいます。もし自分が逃げ出せば、今度は弟を売り飛ばすと脅されているのです。
「それではお代官様、奥には床を用意してございます。あとは、ごゆるりとなさってくださいませ」
そう言って越後屋は席を立ってしまいました。
残されたのは、人とは思えぬ外見をした悪代官と、震え上がっている小娘だけです。
「娘よ、名はなんという」
「き・・・きぬでございます」
「きぬよ、もそっと寄れ」
犬の悪代官は、その肉球のついた手できぬの手をにぎると、ぐいっと引き寄せようとします。
「(おとっつぁん、たいち、たすけて・・・!)」
きぬは犬代官が言葉を発するたびにのぞく犬歯がおそろしくて生きた心地がしませんでした。
それに、近くによるとわずかに犬臭く、はっはっはっと短い間隔の息遣いを感じるのです。
そんなきぬの様子にかまわず、犬代官は再度肉球で、ぐいっと手を引きます。
「もそっとよれ。もふをせい」
「おとっつあん、たすけ・・・もふ?」
「そうだ。もふをせい」
なんだろう、「もふ」とは。そういういかがわしい行為があるのだろうか。
きぬは混乱しましたが、犬代官は、はっはっはっと息をしながら円(つぶら)な瞳でこちらを見つめています。
きぬは勇気を出して手を伸ばし、犬代官の顎の下に密生した毛をもふっと撫でました。
「こ、こうでしょうか」
「もう少しじゃな。こう毛の流れにそって、もう少しなでるように」
「こう、でしょうか?」
「うむ。だいぶもふもふになってきた」
「・・・」
温かい。それが犬代官の毛をもふもふとしているきぬの感想でした。
それに、なんとなく幸せな気持ちが胸の奥からこみ上げてくるのです。
「(なんだろう、この気持は・・・)」
きぬは、自分の心の動きに戸惑いをおぼえました。
すると、先程まであんなに怖ろしかった犬代官の顔が、かつて飼っていたことのある柴犬そっくりに見えてきたのです。
きぬが犬代官をもふもふとする手は、だんだんと自信とかつての熟練を思い出し、大胆な動きを見せるようになってきたのです。
もふもふ。もふもふ。もふもふ。もう一つもふもふ。
犬代官は、すっかりきぬの思いのままです。
きぬは、そのまま朝までもふもふを堪能したのです。
「犬代官様、きぬはもっともふもふをしとうございます」
朝の光の中で、きぬは犬代官をもふもふしながら、夢ごこちでおりました。
このとき、きぬは紛れも無く幸せを感じていたのです。
◇ ◇ ◇ ◇
しかし、幸せは時間は長くは続きませんでした。
「きぬよ、もう家に帰るが良い」
1週間ほどもふもふを堪能した後、突然に犬代官からきぬは帰宅を言い渡されたのです。
「そ、そんな・・・わ、私に何か落ち度があったでしょうか」
きぬは、自分の足元が崩れ落ちるような感覚に陥りました。
ですが、犬代官はそんなきぬの気持ちにはとりあわずに言葉を続けました。
「お主の父の借金は越後屋が清算したし、お主の年季もあけた。さすがにお主の父も今回のことで博打は懲りたであろう。帰って、父と弟に無事な顔を見せてやるが良い。それに、おぬしのもふもふには、いささか飽いた」
そうして、何が何やらわからないまま、きぬは代官の屋敷から追い出されてしまいました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あ、姉ちゃんだ!姉ちゃんが返ってきた!」
「おお、きぬよ、無事か!おとっつぁんを許しておくれ・・・」
きぬが家に帰ると弟と父が無事を喜んでくれました。
こうして、きぬは元の暮らしに戻ることができたのですが、一つだけどうしても戻らないものがありました。
それは、きぬの心です。
「もふもふ・・・もふもふがない・・・」
きぬは、毎夜、うなされるようになりました。
まるで何か柔らかいものを掴み、なでるようなしぐさで一晩中うなされるのです。
「姉ちゃん・・・よほど代官のところでひでぇ目に合わされたんだな」
「おお・・・きぬよぅ、おとっつぁんを許しておくれ・・・」
家族は、自分達のためにきぬがどれだけ酷い目に遭ってきたのかを思うと夜も眠れません。
狭い長屋のことです。そんな一家の様子は瞬く間に長屋中に広まりました。
「やっぱり、悪代官って噂は本当だったんだな」
「むすめっこに、ひでぇことしやがるとは武士の風上にもおけねえぜ」
江戸っ子達は憤りを覚えましたが、町人の身では代官に何をできるわけでもありません。
ただ、その不満は悪い噂となり、江戸八百八町を駆け巡るのです。
あの悪代官は、もふもふとかいう、ひでえことをしやがるらしい、と・・・。
犬の悪代官が町娘に不埒なことをする話 ダイスケ @boukenshaparty1
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