2016年5月 海鞘を投げる日(前)

 神輿もない、神社もお寺もない。華やかな飾りもなければ、みんなが踊るわけでもない。でもここはれっきとした祭りの会場。

「なんだっけ……あれ、スペイン? のトマト投げるお祭りみたいなのかと思ってた」

 町中にトマトを持った人があふれ、ぐちゃぐちゃのドロドロにトマトを投げ続ける、真っ赤な雪合戦みたいな様子を昔テレビで見た。

「ほやは人にぶつけたら痛いと思うよ、せり子ちゃん」

 ヨウの突っ込みはいつも的確だ。私の弟は物知りで、かしこい。

 その会場は、祭りの規模で言うならば、張り切った学校のバザー程度。建物の軒下に高さ二メートルほどの青い箱が据え付けられている。

 『女川名物 ほやチンコ』

 赤字も麗しく書かれたほやチンコの文字。

「うわ、ほんとに、書いてあるんだ」

 表面のボードには愉快な魚やタコのイラスト。まんべんなくパイプが植えつけられている。あのパイプが投げられたものの行方をころころと変えていくのだろう。

「午後の部は十二時からか。ちょっと間があるね。なんか食べよう」

「そうだねえ」

 ほやチンコの周りには、ささやかな屋台が出ている。焼きそば焼き鳥、ビールに振る舞いのさんまつみれ汁、いかぽっぽ、ほたて焼き。浜辺の祭りにあってほしいものが勢ぞろい。お腹のキャパシティは有限だ。もっとも効果的な選択をしたい。人の食べているものを冷静に見渡し、そして決定を下す。

「ほや丼、これは押さえたい。あとウニ食べてる人がいる。あれ、たぶん中で売ってるんだと思う。お願いしてもいいかな?」

 ヨウにお金を握らせる。今日はお姉ちゃんのおごりなのだ。

「わかった。じゃあ、外のものはせり子ちゃんに任せた」

「よし」

 長年連れ添った姉弟の呼吸で外の屋台と建物内へと手早く別れる。実にいい弟だ。大好き。

 ほどなくして、我々の前に、牡蠣焼き、ほたて焼き、いかぽっぽ、ほや丼、殻付き生ウニ、そして生ビールが並んだ。

「いただきます」

「乾杯っ!」

 ほや丼は、新鮮な磯の味が固めのご飯に合う。わさびもいいアクセントだ。そしてビール。ほやを食べたあとに飲む水は絶妙に甘くなるのだ!

「はー、ビールあま美味い!」

「ほんと、ほや食べたあとは、水が甘くなるね」

 まだトゲの動いているウニは、ほやとはまた別の海の甘さ。クリーミィだ。ほや、ビール、ウニ、ビール、牡蠣、ビール。永久機関か。晴れ空に五月の爽やかな風。

「いやあ、ほや祭り最高。ヨウが教えてくれてよかった」

「でも、数井さんと来る予定だったんだよね?」

 おっと、何か弟から不満の玉が飛んでくる。数井さんは土壇場で休日出勤が入ってしまい、あえなく来れなくなってしまったのだ。

「や、いや、ちゃんと、ヨウも誘うつもりでね?」

「去年約束したよね? 数井さんとつきあってないんだったら、旅行は俺も呼べって」

 うーん……それなあ。数井さんは、職場で何度もプロジェクトを一緒に手がけた間柄である。こっちがクライアントで、向こうは協力会社の常駐エンジニア。同じ会社の人間ではない。ただ色々と縁があって、昨年は一緒に福島・宮城の泊りがけ旅行を敢行した。そして仙台

で飲んだ帰り、数井さんといるところをヨウと鉢合わせしたのだ。仙台の繁華街、けっこう狭い。

「数井さんと行くところはさあ……その、なんてのか、ヨウとはあんまり行きたくないんだよ」

「なにそれ。数井さんとホテルとか行ってんのせり子ちゃん。それならそう言ってくれれば」

「違うっつうの」

 ヨウは凄まじくモテるせいか、恋愛関係の常識が弱い。そこはお姉ちゃん心配。

「じゃあ何。数井は連れていけて、俺はダメなところって」

 マンホールの蓋を開けるように気が進まない。

「そもそも、私とヨウが泊まりとか……実家にバレると、さあ」

「今、その話は関係ない!」

 ヨウがスプーンで執拗にウニの中をほじる。中身は空っぽなのに、トゲだけが動いている。

「ウニ、お代わりいる?」

「いるけど、あとで買いに行くからいい。で、数井としか行けないとこって、どこよそれ」

「その、去年は、福島の楢葉といわき、あと常磐線北上して。閖上も見てきたよ」

「去年も聞いたよ。それで?」

「それで……って、その」

 震災で傷ついた土地が気になって、見に行きたくて、でも一人で行くのは怖くて、数井さんについて来てもらった。とは、仙台にいるヨウには言えなかった。

「じゃーさー、なんで数井さんだったの? 数井さん以外に友達いないわけ?」

「や、そういうわけじゃあ」

 学生時代の友人なら多少はいる。

「あーもう、ムカつく」

 ヨウが立ち上がる。手には空のコップ。お代わりか。

「私のも」

 千円札を差し出す。ヨウは掴み取って歩いていく。

 何がそんなに腹が立つんだろう。つきあってない男性と旅行に行くことか。それとも、自分には連れていけない場所があることか。あれ……なんだろ、私、弟に嫉妬されてるとか? あーそうだったらいいのになあ。

 目の前にコップがストン、と置かれる。

「せり子ちゃんさあ、俺、けっこう怒ってるわけ」

「えっ……私が、数井さんと旅行したこと?」

「そこだけど、そこじゃない」

 祭り唯一の生ビールは大定番スーパードライ。悪くないけど、好みではない。でもこれ以外のビールが欲しかったら缶を買わなくてはいけない。缶か生かの選択だ。

「去年、名掛丁で数井さん、言ってたよねえ?」

 名掛丁は仙台のアーケード街の名前。でもアーケードの途中で商店街区分が変わって名前が変わるのだ。去年話した場所はもうクリスロードに入っていたような気もする。

「数井さんて、せり子ちゃんのこと、好きなんでしょ?」

「たぶん?」

「なにそのたぶんて」

「『津波が来たときの歩道橋みたいな役割になりたい』って言うのが、好きだっていう意味だと思う?」

 これ、去年も聞いたよね。

「それ、どう聞いても告白だと思うんだけど」

 そしてヨウの返事も去年と一緒だった。

「そうかなあ。たぶん、フォローしてくれただけだと思うんだけど」

 ぬるくなったビールを一口。保冷という点では缶が良かったか。

「だいたい告白っていうにしてはポエム過ぎない? ポエムは小論文減点要素よ?」

 表現は読んでも伝わるものを。自己満足は避けよう、だ。

「俺はね、好きだって言ってくれた人に対して態度を曖昧なまま、脱出ゲームとか、酒蔵めぐりとか、自然薯堀りとか、そういうことを一緒に続けてるのはどうかと思うわけ」

 気がついたらヨウと数井さんもフェイスブック友達になっていた。数井さんのなんでもネットに垂れ流すとこ、そんなに好きではない。だけど、今上がったのは、ネットに出されることは承知している事柄だ。断りを入れてくれればいいんだよ。

「友達なら普通じゃない?」

「男女の間に友情は成立しないんだよ!」

 出た、ヨウの持論。

「男がこのままずーっとうまいことやってたら、なし崩しにやれて、付き合えるかもなーっていう男の下心と好意を、せり子ちゃんは勘違いとか保留って形でずるく利用してるわけよ」

 やれる。何をやれるのか。英単語か。数学か。

「ずるい、ねえ。でもさあ、ヨウだって、告白してきた女の子全員つきあうけど、でも最初から別れる前提でつきあってるよね? それはずるくないの?」

「俺はケジメをつけてるからいい! ずるいのずるは、ずるずるのずるだよ!」

 大変にかしこい弟、実に超理論である。あーあ、空が青いなあ。

「せり子ちゃんには、幸せになってほしいんだよ」

 不意に弟の声が低く甘くなった。この話し方をするときは、決まって何か買ってほしいときだ。これは何を買えばいい? 私の幸せ? ホームセンターで売ってるかな。それともデパートだろうか。

「幸せ、って言われてもなあ」

 とりあえず働けている。貯金も多少はある。忙しいけど、耐えられないほどでもない。可愛い弟とたまに遊べる。趣味は墓地巡りと通信講座の受講。これ以上、何を求めたらいいんだろう。

「ただ、今のままで。今がずーっと続くだけで充分なんだけど」

「今、三十五歳だろ。そのまま四十歳になって八十歳になって一人で死ぬのかよ」

「ヨウがたまに遊んでくれれば」

 ヨウが不意に目線を落とした。スマートフォンを見ている。私も見る。午前十一時五十分。

「十二時より再開しまーす!」

 かけ声が聞こえる。何を再開するのか。ほやチンコである。

「せり子ちゃん、勝負しようか。ほやチンコ勝負」

「いいよ」

 弟がそういうのなら、受けて立つのが私だ。内容は問わない。問う意味がない。

「俺が勝ったら、俺の言うこと聞くこと」

 そんな条件じゃ勝負の意味がないのでは。私、ヨウの言うことなんでも聞くのに。

 車がどんどん会場の方へ曲がってくる。もはや脇の小道のようなところまで車が入って来る。みんな、ほや祭りが好きなんだ。

「決まりね。絶対やってもらうからね?」

「いいよ」

 ほやチンコボードの前にいそいそとした長い列ができている。私たちは出遅れたようだ。そろそろほや祭りの神髄を知るときだ。ビールを飲み干し立ち上がる。

「ヨウよ、手は抜かないからな。覚悟しとけ」

「せり子ちゃん、勝っても負けてもどっちでもいいって思ってるくせに、そういうところ律儀だよね」

 そりゃあ、手を抜いたらヨウは怒るのだ。三歳児の頃からあなたそうだったでしょう。でもこれを言うと怒るから黙っておく。

 中天の日差しがまぶしい。国道の向こうに海がきらきらと光っている。けれど海がある、という実感はない。幸せとか、恋とか、そういう曖昧としたものに似ている。見える気がするんだけど、本当にあるのかわからないような。

 列の先端ではほやチンコが始まっている。ほやチンコボードに投げるのは、ほやだ。

 ほやは大人の拳ほどもある海産物だ。上の赤紫から根元のオレンジへとなめらかなグラデーションに彩られている。カシスオレンジみたいな感じ。よく目立つ二つの突起と、だいたい上半分にぼこぼことした突起。小学生男子の乳首っぽくも見える。

 列を捌くおじさんが先頭の女の子にほやを渡した。遠くから投げるのかと思ったら、ボードの真ん前に誘導される。投げられたほやが、ゆるやかに弧を描く。ほやはボードの上を転がり落ちていく。ボードに植えられたたくさんのパイプに翻弄されて、やがて「2」と書かれたエリアで止まった。

「はい、二個ねー」

 ほやチンコボードの脇には、ほや入りの籠が何個も並べてある。そこで言われた数の分だけほやを持ち帰っていいようだ。

「勝負は、ほやを多くもらえたほうが勝ちだよ」

 ヨウが言う。ボードを見ればなるほど、2、5、7、3などの数字が各所に書いてある。その数字のところでほやが止まれば良いようだ。

「あっ」

「なに、せり子ちゃん」

「ほやチンコって、ほやのパチンコ、なんだねえ」

「えっ、今更気づいたの?」

 深く考えてなかった。ほやチンコだから、ほやチンコなんだろう、とばかり。

 十人以上並んだ列がさくさくと流れていく。おじさんがにぎやかに鐘を鳴らす。

「ね、僕が投げるとこ動画で撮って。あんまり顔は入らない感じで」

「インターネット用な」

 ヨウのスマートフォンを受け取る。すでに動画撮影モードになっている。丸くて赤いボタンを押すのくらいは知っている。数井さんにも何度もフェイスブック用の動画を頼まれた。

 ヨウがほやチンコの前に立つ。録画を押したのと同時にヨウもほやを持った。すっと胸の前で構える。ピッチャーみたいに美しいフォーム。アンダースローでぽーんと、ほやが飛んだ。ほやはボードの上をなめらかにころがり流れて、一番下、3、という場所で止まった。

「はい、三個ー!」

「よしっ!」

 負けず嫌いの弟が笑う。額に飾っておきたいような笑顔。

「はい次の人」

 慌てて百円を払う。渡されたほやは濡れてわずかにざらついている。ゴムボールのような弾力。食べ物を持っている感じも、生き物を持っている感じもない。投げるのにためらう余地がない。まったく罪の意識がない。食べ物で遊んではいけない、生き物をいじめてはいけないというけれど、ここでは誰もが笑顔で、生き物かつ食べ物を掴んで投げる。

 ヨウに勝つためには3、5、7、のどこかに入れなくてはいけない。同数だったときはどうするんだろ。ま、ヨウが決めてくれるだろう。

「もう一歩前に出てね」

 おじさんに促されるまま、一歩前に出る。手の中のほやは、しっとりと静かだ。ウニのようにうごめいたり、貝のように口を開けたりもしない。死んでいるのだろうか。ぼんぼんと豊かさに満ちた手ごたえなのに。

 ボードを見る。ほやを持った右手を上げる。ひじを曲げ、たわめて押し出すように。バスケットボールのシュートのように。放つ。

 ぼんっ、と固い音で跳ねた。

 ほやはころころとパイプに翻弄され、右に、左に。

 一旦、5に入りそうになるが、そこを華麗にターン、最終ポケットの3へと向かう。だいぶ勢いが落ちている。いいぞ、止まれ。勝ちも負けもなく、引き分けが一番いいに決まっている。

 しかし、ほやは3のポケットもスルリと抜けて、一番下のパイプの合間から、ぽってりと地面に落ちた。

「あ、あー……残念! 惜しかったから二個ね! サービス!」

 おじさんの声を聞きながら列を出る。ヨウがビニールに詰めたほやを渡してくれた。粗い氷の中に埋もれた、たった二個のほやはなんとも頼りなさげだ。

「俺の勝ちだね」

 ヨウが三個入りのビニール袋を掲げてみせる。

「そうね。で、何、いうこと聞けばいいの?」

「夕方に伝えるよ」

 何を言われても応えるつもりだから、いつ言われても構わない。

 女川駅前までバスで戻る。女川駅は真新しい背の高い二階建て。吹き抜けから見える木組の格子天井が美しい。一階はガラス張りの土産物売り場と待合所。二階は温泉で屋外にも足湯。純粋に駅と呼べる部分はすみっこにある切符売り場、それだけだった。ホームは駅舎を通り抜けた先にある。

 女川駅の真新しさは、かつてあった駅舎は存在しないことを示していた。宮城県女川町、ここもまた津波の被害を受けた土地。

「列車の時間まで、適当に見て歩く?」

「うん」

 ほやはヨウが用意していた保冷バッグに詰めて持ち歩く。しっとりと冷たい。これからどこへ行って、最終的に今日、どこで寝るのか。私はまったく知らない。宿は列車で三十分ほど戻った石巻でとってあるとヨウが言う。もともと、ほやを投げるというのが今回の目的で、それ以上でもそれ以外でもないのだ。

 駅前にはロープで万国旗のように渡された鯉のぼりの群れ。子供の日が過ぎて一週間以上経つけど、やはりこれも復興祈念のような意味があるのだろうか。吊るされてなびく様は、鯉というより目刺しだ。

 正面を向けば一直線に海まで向かう通り。その左右を、これまた真新しい木製の建物が立ち並ぶ。けれど新築の木製にそぐわない土埃の匂いが町中を覆っている。あちこちで重機がずっと動いていて、土を掬ったり、踏みつけたり。

 新しいもの、仮設のもの、工事中。それしか見当たらない駅前。それでもここは、もう新しいものを建てていいんだな。あれから五年過ぎてまだ工事しか終わってないところ、住むこと建てることを禁じられているところ、そんな土地もまだまだ残っている。

 いかにも最新の設計が施されています! という雰囲気の商店街を進む。ベンチや植物の配置に交流の場としての期待を感じる。錨、船、カモメ、サーフボード。浜の街らしいディスプレイ。

「先に海のほう見ていい?」

「いいよ、せり子ちゃんの好きなほうにいけば」

 海にたどり着く手前で、車の行きかう道路に突き当たった。工事用のフェンスの奥にひっそりと横倒しになった小さな建物。基礎の杭ごと引っこ抜かれたみたいだ。

「震災遺構、女川交番、だって」

 ヨウがつぶやく。津波の力を示すものとして、いつまでもここに残る交番。私が今、立っているところまで海がせり上がってきた、自分なんかあっという間に押し流されてしまうのだという証拠。

 身体の中の落ち着かなさが、ひたひたと水位を上げて来る。津波を恐れる気持ちとは違う。この町で、この場所で、多くの人が亡くなったこと、土地が変わったことが、わけもなくそわそわする。

 わけもなく辛い。わけもなく痛む。心が痛んで初めて、悼む気持ちが湧いてくる。だけど、私に悼む資格はあるのだろうか。この土地に縁があるわけではない、ただ宮城県生まれというだけで勝手に親近感を持ってやってきた私が。しかも、自分が痛いと思って、はじめて見知らぬ故人を偲ぶって、順番が逆にもほどがあるんじゃないか。

「せり子ちゃん、顔、怖いよ」

「えっ」

「すごい、呼吸してない人の顔だった」

 言われて慌ててスーハ―スーハ―息を吸う。乾いた土の匂いが肺まで入ってくる。フェンスの奥には海がある。なのに、やけに遠くに感じる。

 駅へ戻る途中、オシャレなカフェでコーヒーを飲んだ。

「NEVER FORGET 20110311」

 と書かれた紙コップ。

 

 土産物をたっぷり買って、石巻へ帰る列車へ乗り込む。万石浦の穏やかな眺めが住宅街に変わり、街になる。石巻、宮城県で二番目に大きな市。

「ねーヨウ、着いたらどうすんの?」

「あの勝負の話なんだけどね。せり子ちゃんには、数井さんとの仲を清算してもらいまーす」

 弟からビーンボールが来た。

「清算っていうか、えーと、つきあってないよ?」

「清算って言い方が悪いな。なんていうの、数井さんがせり子ちゃんのことどう思ってるかちゃんと確認して、で、せり子ちゃんがどうしたいか考える。曖昧な関係は辞めるように。俺、ずるずるのずる、嫌いなんだよ」

 とんだ要求だ。勝負の前に聞いておけばよかった。

「まあ……ヨウが言うなら仕方がない、次、数井さんに会うとき、そのように段取りするよ」

「それでいいよ」

 数井さんとは長い間会わないこともある。その間にこの話もうやむやになるだろう。

 話がまとまったところで石巻に到着だ。女川へ向かうときも通ったのだが、石巻駅は石ノ森章太郎という漫画家に関係する巨大なフィギュアや壁画がこれでもか、と飾られている。宮城出身の人だが石巻出身ではないらしい。それが石巻で好待遇な理由はわからない。

 石巻駅に降りた人はやはり皆、サイボーグ009や仮面ライダーのフィギュアを撮りまくる。改札脇のフィギュアをやはり熱心に撮る男性がいて……って、

「数井さん!?」

「あー数井さーん、おつかれさまでーす」

 ヨウがぺこりと会釈する。

「いやー小野さん、おつかれさまです」

 私も弟も小野だけど、どっちを指してるのかしら。

「急な休日出勤だから来れないって言ってませんでしたっけ!?」

「仕事済ませてきました! 石巻ってけっこう近いんですね。お昼の新幹線に乗ったら間に合いましたよ」

「というわけで、はい、タッチ」

 ヨウが数井さんとぱしっと手を合わせる。何それ。さては裏で連絡取り合ってたな!

「ここから先、せり子ちゃんは数井さんに任せます」

「や、やだぁぁぁぁぁぁ!」

「『次に会うとき、清算するように段取りする』、さっき、そういったよね? お姉ちゃん?」

 うわぁぁぁぁん。言ったけど、言ったけどおぉぉ! こんなに早くそのタイミングが来るとは思ってなかった!

「そうだ。ほやチンコのほや、俺の分もあげるから、数井さんに食べさせてあげなよ。朝採り新鮮だから、美味しいよ」

「なんだそりゃあっ!」

 姉の慟哭を聞き流して、弟は軽やかに仙台行の電車で帰ってしまった。仙台―石巻間、けっこう近い。

「やられた……」

「とりあえず、宿の場所は僕が伺ってますので、行きましょうか」

 このまま数井さんを振り切って仙台に帰ってしまう……わけにもいかないか。もともと数井さんを誘ったのは私なんだし。とぼとぼとついていくしかなかった。

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