第4話昼の相席

「ご相席、よろしいですか?」

 人気の店もお盆なら空いている。そう思って昼食にやってきた私を迎えたのはそんな台詞だった。店内を見回すと、昼からボトル焼酎を飲み交わすおじさんおじいさん達でいっぱいだ。しまった、なんかの寄り合いと被ったか。飲んでる人と相席はいやだなあ。羨ましさがつのって爆発しそうだ。

「ん?」

 視界の隅でちらりと揺れるものがある。男の人が手を挙げている。注文? いや、あれは。

「すみません、あそこに座ります」

 店の人にそう告げて、そのテーブルへ足を運ぶ。

「お疲れさまです、数井さん」

「お久しぶりです、小野さん」

 かつて同じプロジェクトに携わっていたSEだかネットワークエンジニアだかの数井さん。相変わらずの眼鏡男子。胸ポケットにネクタイを差し込んだ昼食スタイルだ。

「何年ぶり……でしたっけ」

「あの小学生向けシステム以来ですか」

 社内常駐協力会社の数井さんと、クライアント側の私。同じ社内にいても異動で出会ったり別れたりを繰り返している。最後に仕事をしたのが二〇一一年、あの地震のときだ。

「あれは大変でしたねえ」

「いや、本当に」

 店員さんに「いわし天ざる」を注文する。九八〇円(税抜)で、ざるそば、いわしのお寿司、いわしと野菜の天ぷらが食べられる。ゴージャスに決めたいときの必殺ランチだ。

「いわし、いいですね」

「数井さんは何にしたんですか?」

「まぐろのほほ肉天丼です」

「それ絶対美味しいですよ!」

 まぐろの、ほほ肉を、揚げて、オン・ザ・ご飯! そんなのメニューにあっただろうか。見回したら壁にひっそりと貼ってあった。ぬかった。自分の選択が急に色あせて思える。悔しい。

「数井さんは、今、どこの部署にいらっしゃるんです?」

「八階のほうですねー」

 部署名をビルのフロアで表現するのはうちの会社の習わしだが、それだけでは具体的にはわからない。

「それって、何の……」

 数井さんの目線が二つ隣のテーブルにちらと向く。首からのぞく緑のIDカード紐。弊社の人間だ。なるほど、仕事の話はやめましょう。エレベーターといえども社外、ましてや外食の席で仕事の話などもってのほか、とは研修における正しい答え。我々はコンプライアンスを遵守するのである。

 お茶をすする。数井さんもすする。仕事以外に話題が思いつかない。スマートフォンに触りたい誘惑が押し寄せてくる。相席の空気が存外に重い。

 座敷のほうから酔った笑い声があがる。おのれ、こっちは盆休み関係なく仕事してるのに。

「そういやあ……遊佐さんって、すごいですね」

 重たさをはらうように数井さんが切り出した。

「遊佐って、ヤンちゃん?」

 ヤンちゃんは高校時代の同級生だ。

「そう。被災地で活動されてるそうで」

「えっ、初耳」

「小野さんは最近遊佐さんと連絡取ってないんですか?」

「ぜんっぜん」

 最後に会ったのはあの震災の時。ヤンちゃんが関西から押し掛けてきたので、うちに泊めたのだ。そのとき数井さんとも会っている。彼女はそのあと仙台へ救援物資を持って旅立っていった。

「なぜヤンちゃんの近況を?」

 数井さんはすいすいとスマートフォンをタッチすると、その画面をこっちに向けた。

 『歌でつなぐ笑顔の架け橋 ヤンちゃん(遊佐幸恵)』

 電子ピアノを弾きながら歌う友人の写真が写っていた。フェイスブックのページだ。

「なんぞこれ」

「遊佐さんと僕、友人登録してるんで」

「なんでそうなった」

「僕の名字珍しいから向こうが見つけたみたいで。申請が来たんですよ」

「っていうか数井さん本名でSNSとかやってんですか」

「ええまあ」

「顔丸だしで」

「……ええまあ」

 人は見かけによらないな。

 ヤンちゃんのフェイスブックをつらつらと見る。奴、仮設住宅などを回って、懐メロをお年寄りと歌う活動をしてるっぽい。絆、スマイル、輪と和、忘れない、前を向いて。そんな単語の洪水。いろいろえらいのはわかった。

「CD出したみたいですよ。テレビの取材も受けたとか」

「はー」

 ヤンちゃんと私は高校三年間のつきあいに過ぎないが、親友と呼んでも差し支えないくらいの仲ではあった。もちろん卒業後も何度も遊んだ。

 それが卒業から十年以上過ぎた今では、私にはなしのつぶてで、一度会ったっきりの数井さんのほうが彼女のことをよく知っている。なんだか落ち着かない。

「じゃあ……ご結婚されたのも、知らない?」

「はい?」

 知りませんー知ーりーまーせーんーとーもー。

 眉間にしわを寄せた私を見て、数井さんが身を引いた。

「校門とこのお好み焼き屋で、あんなに相談したのに」

 数井さんがすごく気の毒そうな顔で私を見ている。

「お互いに結婚するときは友人代表のスピーチをしようって。原稿も作ったんですよ」

「どんな話ですか」

「ありきたりなやつですよ。『新婦幸恵さん……いや、ヤンちゃん、とあえて呼ばせてください』ではじまって、制服にカーディガンを羽織っていい運動で活躍したとか、学校七不思議の一つ、部室棟の下水漏れを突き止めたとか」

「それ、ありきたりですかねえ」

 あーあ、ヤンちゃん、ほんと薄情な女だぜ。女の友情はもろいって、本当だったんだ。

「奴とはまた会うだろうって信じてたけど、なんだか自信なくなりました」

「すみません、僕のせいで」

「どう考えたってアイツのせいです」

 はは、と数井さんが曖昧に笑っている。

「そういや、小野さんも宮城のご出身でしたよね」

「ええまあ」

「僕、去年、気仙沼に行ったんですよ」

「気仙沼にお知り合いでもいるんですか?」

「いえ……その、ただ、観光に」

 気仙沼は宮城の海沿い最北端。フカヒレとサンマで有名な町だが、観光しておもしろいかどうか。

「どうでした?」

 そして、津波によって甚大な被害を受けた土地でもある。

「なんか、すごかった、です」

 数井さんのスマートフォンが差し出される。

 それは写真。鉄筋の骨組みだけが残った港の建物。真新しい二階建てプレハブに「復幸商店街」の文字。芸能人の支援する新築の飲食店。「がんばろう」「がんばっぺ」の踊る窓。ここまで津波がきた、と示す標識は遙かに高い。狭い国道を走るたくさんのダンプ。ピラミッドでも造っているような、おびただしい盛り土の荒野。途切れた線路。仮設のコンビニと床屋。花の手向けられた碑。

「四年経ってもまだ……始まったばかり、って感じで」

「なして、気仙沼へ」

「そのう……遊佐さんがフェイスブックに書いてたんです。どうぞ東北に遊びにきてください、被害を受けた街にも来てください、物見遊山でかまいません、って。物見遊山でいいなら行こうかな、って気が楽になって」

 なんで数井さんがヤンちゃんに影響受けてるんだよ。

「仙台の友達に会いに行ったってのもありますよ。僕、大学は仙台ですから」

「知ってます」

 二〇一一年の時に聞いた。それくらい知っている。

「インターネットがあれば、会う意味なんてもうないですね。同じ社屋にいても、私と数井さんは四年も会わない。なのに、数井さんは、私よりヤンちゃんのことに詳しくって」

 みんなで遊びに行こうって約束して集合したら、私だけ歩きで、ほかは全員自転車に乗ってきたみたいな気分だ。

「ほんとに、会う意味ってないんでしょうか?」

 数井さんが指を組み直す。

「僕は……久しぶりにお会いできて、その、やっぱり」

 数井さんが何か言いかける、そこで、

「はい、まぐろのほほ肉天丼。お後、いわし天ざる」

 私たちの目の前にトレイがどん、どん、と運ばれてきた。四人掛けのテーブルでもいささか狭い。

「そうだ、追加注文いいですか」

 数井さんがメニューを店員さんに指し、二つで、と告げる。私からは見えない。いったい何を。

 私が割り箸に手をかけると「少し待ってください」と言われる。やだやだ、天ぷらが冷めちゃうじゃないですか。

「はい、これ持って」

 持たせられた小さなグラスに麦色の液体が注がれる。何、この泡のでる飲み物!

「大丈夫、ノンアルコールですから」

「いや、でも、就業中ですよ」

「お盆休みですし」

 数井さんは手早く自分の分も注いでしまうと、軽くグラスを持ち上げた。

「はい、乾杯」

「何にですか」

「……再会に、っていうのは、ダメですか?」

 うわあ。なんかすごい発言来たぞ。そういえば数井さん、しれっと恥ずかしいことを口に出すタイプだったっけ。思い出したぞ。震災のときもそうだった。

 でもまあ、いいか。インターネットごしでは乾杯もできない。会ったからこそ、できることだ。

「じゃあ、それで」

 少しだけグラスのふちをぶつけ合う。はは、私たちも端から見れば、昼酒のおじさんたちと変わらないぞ。

「小野さん、まぐろのほほ肉好きです?」

「食べたことないけど、絶対好きだと思います」

 数井さんがトレイをよいしょ、と入れ替えた。私の前にまぐろのほほ肉天丼、向こうにいわしの天ざる。

「なんで換えてくれるんです?」

「なんか怒ってるから。悪いことしたかなーって」

 怒ってる、私が?

 まぐろのほほ肉はさっくりと揚がり、ご飯との相性も最高だ。こんな美味しいものを今まで知らなかったことは確かに悔しかった。

 それにヤンちゃんのことを思うとまだ腹が立つ。でもそれ以上に、二人が勝手にやり取りしてたことがイライラした。いや、二人は悪くない。壁に貼ってあったメニューを見落としてたようなもんだ。数井さんもヤンちゃんも、私のものでもないのに。

「怒ってはないですよ」

 ただ……嫉妬しただけで。そう心で付け加える。ノンアルコールビールはちっとも酔えなくて、ただ清々しく苦い。

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