最も美しい人へ、永久の幸せを
朝海 有人
1
墓前の前には、既に先客がいた。
「どうもお兄さん、ご無沙汰してます」
そう言って、薫は俺に会釈をしてくれた。
薫はこの墓で眠る今は亡き俺の妻、由紀の弟で、俺とは義理兄弟の関係に当たる。五年前、結婚したての頃はまだ幼く、俺によく懐いてくれていたのだが。
「大きくなったな、薫も」
「いえ、そんな……」
控え目に言う薫だが、幼い頃が遠い昔に思えてしまう程に薫の体は成長している。しかし、がっしりとした体躯というよりかはスラッとした印象で、顔立ちもどこか中性的で由紀に近い、男女でも血が繋がっていれば顔は似るものなのだろうか。
「ところで、お兄さんもお墓参りですか?」
「ん? ああ、今年は少し遅れてしまったけどな」
俺は線香に火をつけ、墓前に備えて合掌する。しかし、どうにも慣れないと思うのは、今まで慣例的にやってきた墓参りと違って、若くして亡くなった自分の妻に対して手を合わせているからだろう。
由紀と結婚したのが五年前、その頃の俺達は希望に満ち溢れていた。子供は何人欲しいだとか、いずれマイホームに住みたいだとか、他愛のない話をしている時間でも幸せを感じていた。
そんな幸せが崩れたのが二年前、由紀は不慮の事故でこの世を去ってしまった。
耳を澄ませばあの楽しげな由紀の笑い声が聞こえてきそうだ、と思ってしまうのは、まだ俺自身が由紀の死を受け入れられていないからなのだろう。だから墓前に来ると、目を逸らしていた現実を突きつけられている気がしてしまう。
合掌を終えた俺は、持ってきていたお供え物を墓前に備える。
「あ、それ」
横にいた薫が、俺の持ってきたお供え物を見て声を上げた。
「それ、姉が好きだった銘菓堂のアップルパイですよね」
「ああ、由紀はこれが好きだったからな」
アップルパイの入った箱を墓前に供える。洋菓子の箱が墓前にあるのは少し違和感を覚えるが、故人の好きだったものなんだからしょうがない。
銘菓堂のアップルパイは、由紀の大好物だ。毎日食べていても飽きないと豪語するほどであり、喧嘩した時はこれを買って帰ればたちどころに機嫌が良くなった。
由紀が、この銘菓堂のアップルパイを好きなのには理由がある。
「お兄さん、リンゴの花言葉を知ってますか?」
「……最も美しい人へ、永久の幸せを」
由紀からさんざん聞かされたリンゴの花言葉。アップルパイの箱にもしっかりと書かれている。
由紀は花言葉が好きで、特にリンゴの花言葉が大好きだった。アップルパイを食べる時には、いただきますの代わりにそれを言うぐらいだ。
だから俺は、墓参りの時は必ずアップルパイを由紀に供える。最も美しい人へ永久の幸せを、これほどまでに今の俺が由紀に送ることのできる最高の言葉はない。
「お兄さんは本当に姉が大好きなんですね」
薫はそう言うと、鞄から何かを取り出してそれをアップルパイの横に置いた。
「それは……まりもようかんか?」
「ええ、姉はこれも好きだったんですよ」
まりもようかんを供えた薫は、再び墓前に向かって手を合わせる。
由紀がまりもようかんを好きだというのは初めて知った。銘菓堂のアップルパイしか食べてる姿を見たことがなかったし、和菓子を好んでいる様子もなかった。家族にしか見せていない一面なのか、それとも昔の話なのか。
「お兄さん、まりもの花言葉は知ってますか?」
「まりも……? まりもに花言葉なんてあるのか?」
「ありますよ。懐かしい関係、だそうです」
そう言って、薫は俺に笑いかけてきた。
懐かしい関係。なんだか淡白にも思える花言葉だが、それを分かっていて供えるということは、きっと薫には姉に対して伝えたいことがあるのだろう。俺がリンゴの花言葉を送ったのと同じように。
俺と薫は三度手を合わせる。また何ヶ月後に、俺はまたアップルパイを供えにやってくる。その度に俺は、今も変わらない愛を捧げ続ける
――最も美しい人へ、永久の幸せを。
「お兄さん」
帰ろうとした時、薫が声を掛けてきた。
「良かったらこの後、僕の家でご飯でも食べませんか? 銘菓堂のアップルパイもありますよ?」
最も美しい人へ、永久の幸せを 朝海 有人 @oboromituki
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