第6話「鏡から現れる少女の怪」


「違う。この子じゃない・・・。カオステラーはこの子じゃない・・・」

はなこちゃんを抱き抱えながら、レイナが訝しげに瞳を曇らせる。

「でも、この子なの。なにこれ、初めて・・・」

レイナのただならない慌て方にタオもシェインも周囲を警戒し始める。

「レイナ、何がどう違うの?」

レイナは体を震わせて、答えた。

「もう一人、カオステラーがいるの・・・、ううん。正確じゃないわ」

「彼女と同じ存在がもう一人いて、それが今回のカオステラーなんだと思う」

でも、同じ存在が同じ世界にもう一人いるなんて、そんなコト・・・。

そんな事、不可能に近い。

僕の思考を読みきった声が女子トイレに響いた。


『お姉ちゃん、正解だよ。凄いね』


まるで、こちらを小馬鹿にするような、その声はクスクスと笑っていた。

その声は鏡の方から聞こえてきたように感じた。

僕は咄嗟に鏡を右から順番に見ていく。真ん中の鏡に、先ほどのカオステラー

の姿になったはなこちゃんが映っていた。

そんな馬鹿な。僕は自分の目を疑った。

今、はなこちゃんは床に倒れていて、先ほど正気を取り戻したばかりだ。

なのに、鏡に映る彼女は邪悪な力に満ち溢れているように見えた。

「お前は誰だ!」

鏡の中のはなこちゃんは答える。

「私は花子。トイレの花子さん。そこの花子の願いを叶える為に生まれた花子」

「私は花子のストーリーテラーの能力を使って、彼女の願望を叶えてあげた」

「花子の歪んだ気持ちが生み出した、もう一人の花子。それが私・・・」

クスクスと鏡の中の花子が笑う。その笑いを打ち消すかのように、はなこちゃんが

吠えた。

「そんなの私、望んでない!!」

「遊んでほしいって思った。ずっと一緒に居たいって思った。でも、みんなを酷い

目に合わせたいなんてこれっぽっちも思ってない!ただ従わせて、みんなをあの

変な生き物に変えたいなんて思ってない!」

鏡の中の花子が答える。

「そんなの嘘。いっぱい友達が増えて嬉しいくせに・・・」

「私の命令を聞くだけのお友達なんて、お友達なんかじゃない!お兄ちゃんたちと一緒にいて気がついたの!私がほしかったお友達は、お兄ちゃんたちみたいな人なんだって!こんなの私なんかじゃない!」

「はなこちゃん・・・」

「お兄ちゃん、はなこは、あの悪いはなこをやっつけなくちゃいけない!私に力を貸してくれる?」

「きっちり、お前の偽物やろうは俺たちが倒してやるぜ!」

「なにせ、幽霊じゃないからな!『カオステラー』だからな!」

そう言うと、僕たちはそれぞれ、『導きの栞』を手に本物のカオステラーいや、偽はなこちゃんのカオステラーに戦いを挑んだ。


{戦闘:本物のカオステラー『花子さんのドッペルゲンガー』}


戦闘が終わり、床に這いつくばる偽花子さんにむかって、はなこちゃんは彼女の本当の名前を口にした。

「ごめんね。ドッペルゲンガーちゃん・・・だよね?花子の為にこんな姿になっちゃって」

はなこちゃんは醜く歪んだ姿のカオステラーを優しく抱きしめた。

「はなこはドッペルゲンガーちゃんに、苦しい思いをさせたいって思ったわけじゃないんだ。でも、ドッペルゲンガーちゃんの言うとおりだよ。はなこは友達がほしかった。でもね。それは、はなこが最初から持っていたんだね。大切なものは目には見えなかった」

「はなこの一番の親友は、ドッペルゲンガーちゃんだったんだ・・・。人間に驚かれるばかりで、人間の友達が欲しかったけど、はなこにはちゃんと、こんなに思ってくれる友達がいたんだね」

レイナはそれがいたたまれなくなったのか、優しい声で囁いた。

「大丈夫だよ。すぐに、お姉ちゃんが直してあげるから」

そう言って、カバンの中から、あの不思議な本をとりだす。

ふと思い出したようにタオが口を開いた。

「ん?そういえば、ガッコウってのは全部で七つ怖い話があるんじゃなかったのか?」

タオが不穏な言葉を口にした。まさか・・・、まだカオステラーがいるのではないかと僕がギクリとすると、それがはなこちゃんに伝わったのか、はなこちゃんはクスクスと笑って答えた。

「七つ全部知ったら、ダメなんだよ?お兄ちゃん。だって、七つ全部知ってしまったら・・・」

「知ったら?」

「すごーく怖いことになっちゃうんだって」

「すごーく怖いことってなに?」

僕は控えめに聞いてみることにした。

「知らない。はなこも最後の一つは知らないから・・・」

「でも、最後の一つを知ってしまったら生きては帰れないんだって」

「もしかして、僕たち・・・、後一つ知ったら・・・」

「はなこの仲間になれるかもしれないね!」

はなこちゃんは嬉しそうにクスクスと笑った。

「ひ、ひえー。こんな怖い想区、調律して早く行きましょ!」

レイナが顔を青くして、そそくさと準備をしてしまう。

そんな様子を横目に、はなこちゃんが僕にそっと耳打ちしてきた。

『ここは都市伝説の集うところ。学校の七不思議じゃ終わらないこわーい町なの』

その言葉に僕はこっそりと笑顔を返したのだった。

ここなら、きっと、はなこちゃんは友達がたくさん増えるに違いない。

そう思った僕にはなこちゃんは、実に楽しそうに笑った。

僕はそんないたずらっぽい笑顔をした幽霊をみたのは初めてだった。

レイナがあの不思議な本を取り出し、調律の準備を始める。

もう、はなこちゃんとの旅はここで終わりだ。

だから、僕は彼女に言わなければならないことがある。

言っても、調律の後じゃ、きっと覚えてはいない。

それでも、僕は自分のエゴのために彼女に言う。

「はなこちゃんの願いはかなわない。死んだ人間が、普通の生活には戻れない。それでも、君には何かできるんじゃないかな?それが、君に与えられた運命だとしたら・・・」

凛としたレイナの声が静まり返った、この不気味な闇の中でこだます。


「混沌の渦に呑まれし語り部よ・・・」

「我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし・・・」


その瞬間、ひび割れた鏡も壊れた女子トイレのドアも、ゆっくりと光に飲み込まれていく。

僕は感じた。調律が始まり、世界をあるべき姿へと変えようとしていると。

わかっている。僕の言葉なんて届きはしないことを。

調律が終わった後、この世界は僕らの存在なんてなかったことになる。

それでも、僕は・・・、僕たちは無意味ではなかったと思いたい。

はなこちゃんのあの言葉が、彼女を孤独から救ってくれると、僕は願っていた。





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