終 章
『混沌の渦に飲まれし語り部よ、我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし…』
朗々と響き渡る巫女の祝詞が風に乗って想区全体に響き渡り、
嗚呼、これで……。
猫が、己の意志で決めた果たすべき
猫の手に、もはや運命の書はない。
当然だ。
猫の「運命の書」はあの時、役割を果たさぬまま無力な子猫と共にその役目を終えたのだから。
あの時より、吾輩の手に「運命の書」などなかったのだ。
「運命の
かつての無力な吾輩が、今の吾輩自身に与えた役割。
旅人が、何を思って命潰えた吾輩に
それこそあの者らが言うように、気まぐれであったか、企みあっての事かも今は知れぬ。ひょっとすると、新たな混乱の火種となる事を望んでの事かもしれぬ。
★
「それでも……」
猫は虚空へ向けてポツリとこぼした。
「吾輩は、吾輩の意志で生きる事ができた。感謝する。旅人よ」
彼らの話を聞くに、恐らく彼らの敵であろう旅人に。
この想区を滅ぼそうとしたのがあの時の旅人だとしても、猫に命を与えたのも彼だ。
自分を救ってくれたあの少年をカラバ侯爵に据える為の冒険こそできなかったが、その少年によく似たエクスとその真似事を楽しめた。
そう、本当に楽しかったのだ。
4人の背中を映す金色の瞳が笑みの形に細められ、うっすらと猫の姿が消えていく。
そして世界が再構築される。
かつての荒れ果てた大地が幻であったかのように。
猫の存在が最初から無かったかのように。
「4人の旅人らよ」
その呼びかけは、彼らに届いていない。
しかし、それで良いと猫は思った。
世界が元の色を取り戻す。
「ありがとう」
満足げな言葉だけが残り、今度こそ猫の姿は溶け消えた。
★
「あれ?」
エクスは辺りをきょろきょろと見まわす。
「どうしたの?」
「猫、何処にいっちゃんたんだろう?」
「そう言えば、さっきまでそこに……」
シェインが振り返るがそこに猫の姿はない。
「きっと、元の飼い主のところじゃないかしら」
想区は正されたのだから、あるべき姿であるべき場所に何食わぬ顔で飼主の元に戻っている筈だ。カラバ侯爵になる筈の、粉ひき小屋の三男がいる家に。
何せ、あの猫はこの想区の
「しっかし、この国の王様も大変だよな、猫に身ぐるみ剥がされて池に突き落とされて、王様達の乗った馬車が通るまで水ん中だろ?気の毒だよな」
イヒヒ、と池に突き落とされたエクスを思い出したのか、タオが笑う。
「タオ兄、顔が全然気の毒がってませんよ」
そんな他愛ない会話を交わす中、想区を見下ろしながら、エクスが呟いた。
「また、会いたいね」
騒がしいやり取りがぴたりと止んだ。
「僕たちの事、覚えてなくてもさ」
「そうね」
レイナがくすり、と笑い、タオとシェインもそれに応える。
「さて、旅の準備が整ったら、次の想区へ向かうわよ!」
レイナはうーん、と伸びをひとつして3人の先頭を歩きだした。
★
猫が王を選ぶ想区がある。
王は決まって粉ひき小屋の三男で、父が亡くなる時、遺産として猫を一匹渡されて、家を追い出される。
そうして家を猫と共に追い出され、途方に暮れた粉ひき小屋の三男に自分専用の長靴と袋を用意させて、洒落た芝居がかった仕草で猫は彼にこう告げるのだ。
『あなたは今日からカラバ侯爵です』
と。
吾輩は猫(仮) かずほ @feiryacan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます