終 章

『混沌の渦に飲まれし語り部よ、我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし…』


朗々と響き渡る巫女の祝詞が風に乗って想区全体に響き渡り、想区せかいが書き換えられて行く様を猫は視界に収める。


嗚呼、これで……。


猫が、己の意志で決めた果たすべき役割のぞみを終えたのだ。


猫の手に、もはや運命の書はない。


当然だ。


猫の「運命の書」は、役割を果たさぬまま無力な子猫と共にその役目を終えたのだから。


より、吾輩の手に「運命の書」などなかったのだ。

「運命のアレ」は、吾輩が吾輩の意志で作り、吾輩の望みが記された偽りの書。


かつての無力な吾輩が、吾輩自身に与えた役割。


旅人が、何を思って命潰えた吾輩に仮初ヴィランの身体を与えたのかは知らぬ。


それこそあの者らが言うように、気まぐれであったか、企みあっての事かも今は知れぬ。ひょっとすると、新たな混乱の火種となる事を望んでの事かもしれぬ。




「それでも……」


猫は虚空へ向けてポツリとこぼした。


「吾輩は、吾輩の意志で生きる事ができた。感謝する。旅人よ」


彼らの話を聞くに、恐らく彼らの敵であろう旅人に。

この想区を滅ぼそうとしたのがあの時の旅人だとしても、猫に命を与えたのも彼だ。


自分を救ってくれたあの少年をカラバ侯爵に据える為の冒険こそできなかったが、その少年によく似たエクスとその真似事を楽しめた。


そう、本当に楽しかったのだ。


4人の背中を映す金色の瞳が笑みの形に細められ、うっすらと猫の姿が消えていく。

そして世界が再構築される。


かつての荒れ果てた大地が幻であったかのように。


猫の存在が最初から無かったかのように。


「4人の旅人らよ」


その呼びかけは、彼らに届いていない。

しかし、それで良いと猫は思った。


世界が元の色を取り戻す。


「ありがとう」


満足げな言葉だけが残り、今度こそ猫の姿は溶け消えた。




「あれ?」


エクスは辺りをきょろきょろと見まわす。


「どうしたの?」


「猫、何処にいっちゃんたんだろう?」


「そう言えば、さっきまでそこに……」


シェインが振り返るがそこに猫の姿はない。


「きっと、元の飼い主のところじゃないかしら」


想区は正されたのだから、あるべき姿であるべき場所に何食わぬ顔で飼主の元に戻っている筈だ。カラバ侯爵になる筈の、粉ひき小屋の三男がいる家に。

何せ、あの猫はこの想区の主人公ヒーローなのだから。


「しっかし、この国の王様も大変だよな、猫に身ぐるみ剥がされて池に突き落とされて、王様達の乗った馬車が通るまで水ん中だろ?気の毒だよな」


イヒヒ、と池に突き落とされたエクスを思い出したのか、タオが笑う。


「タオ兄、顔が全然気の毒がってませんよ」


そんな他愛ない会話を交わす中、想区を見下ろしながら、エクスが呟いた。


「また、会いたいね」


騒がしいやり取りがぴたりと止んだ。


「僕たちの事、覚えてなくてもさ」


「そうね」


レイナがくすり、と笑い、タオとシェインもそれに応える。


「さて、旅の準備が整ったら、次の想区へ向かうわよ!」


レイナはうーん、と伸びをひとつして3人の先頭を歩きだした。




猫が王を選ぶ想区がある。


王は決まって粉ひき小屋の三男で、父が亡くなる時、遺産として猫を一匹渡されて、家を追い出される。


そうして家を猫と共に追い出され、途方に暮れた粉ひき小屋の三男に自分専用の長靴と袋を用意させて、洒落た芝居がかった仕草で猫は彼にこう告げるのだ。


『あなたは今日からカラバ侯爵です』


と。





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吾輩は猫(仮) かずほ @feiryacan

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