第7話

「コンナ想区ナド……、消エテシマエバ良カッタノダ!!」


「じゃあ、どうして君は戻ってきたんだい?」


「何ヲ?」


「この想区を、創造主を憎むなら、戻って来なければ良かったんだ。この島と共に滅びたければ、僕らの前に姿を現さなければ良かった。

そうすれば、僕らに打つ手は無く、この想区は君の望んだとおりに滅びただろう。

なのに、どうして君はこの想区を救う事に手を貸すような真似をしたんだい」


爪と剣の鍔迫り合いの中、猫の身体がわずかに揺れた。

ジャックは己の剣を更に相手に向かって押し込んだ。


猫はぎりりっと歯を食いしばる。


「君は本当は救いたいんじゃないのか?」


猫の赤い眼が大きく開く。


「この想区に居る大切な人を」


「黙レ……」


「君を救った、粉ひき小屋の男の子を!」


「黙レ黙レ黙レ黙レダマレーーーー!!!!!」


叫び、激昂した猫は勢いでジャックの剣をはじき返す。


「吾輩ハ、吾輩ハ、吾輩ハぁーーーー!!!」


猫が地面を蹴って再びジャックに肉薄し、その黒く太く、そして鋭い爪を闇雲に振り下ろすした。


ガキィツ


済んでのところでその爪を剣で受け止めたジャックはその場で踏ん張って耐えた。


「憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イノダ!!コノ想区ハ、吾輩カラ全テヲ奪イ、支配シタ!喜ビモ!悲シミモ!選ブ事スラ全テ!!!全テダ!!!!!!!」


「でも!!!」


そんな猫の叫びをジャックは大きく遮った。


「確かに、そうかもしれない。それでも、この世界に君が生まれたからこそ!他の誰でもない君だけの喜びや、悲しみはあった筈だ。それは、たとえ創造主でも奪ったり、支配したりできないものの筈だろう!?」


「オ前ニ何ガ……!!」


「だって!!君はそのせいで苦しんでる!!」


「!!」


ギィン!!


鈍い金属音と共に猫の爪が跳ね上げられ、その拍子に猫の胴ががら空きになるのをジャックは見逃さなかった。


ジャックは剣を大きく振りかぶる。


「いい加減、目を覚ませよ!!!!!」


叫びと共に猫の胴へ剣の腹を力いっぱい叩きつけた。


「がはっ!」


その衝撃で部屋の壁まで吹き飛ばされた猫が立ち上がる気配がないのを確認し、ジャックはようやく剣を鞘に納めた。




『ミャウ』


幼いその鳴き声に朦朧とした意識の中、猫は顔を上げた。

そこには小さな子猫がちょこん、と座っている。


目があった子猫はトテトテと、猫へと近づいていく。

手を伸ばし、その子猫に触れた瞬間、じんわりと暖かい何かが体の中を温めた。

それはとても懐かしく、馴染み深い、まるで欠けて無くしたものが帰ってきた安堵を感じた。


息遣いが聞こえた。


目を開けば、油断なく剣を構え、けれど、今にも泣きそうな顔でこちらを見据える少年の姿があった。その強い眼差しに、嘗ての少年の目を思い出した。

迫りくる闇の恐怖に耐えながら、せめてこの子猫だけでも逃そうという想いのこもった強い眼差しだ。


ああ、そうか。


猫は思う。


アレは信念を持ったものの眼差しだ。


そして猫はふと、気づいた。


はあの子を助けたかったのだ。


報いたかったのだ。

助けてくれたその恩に。


だからこそ記し、残したのだ。

あの少年を救い、恩に報いる為の運命しんねんを。


たとえが今は無き運命を呪おうと、この想区せかいを憎もうと。


そんな己よりも、あの少年が大事だったのだと、猫は知ったのだ。


そうして猫はかつての己の願いと少年の為に敗北を受け入れた。





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