第6話

4人と一匹は激闘の末にカオステラーを打ち倒した。


「やった、のかな……」


肩で息するエクスの声に声に、誰かが頷く気配がした。

それと同時に全員が安堵の息を吐いた。


そんな空気が流れた中、頭を上げた猫の視界を黒い何かが掠め、猫は咄嗟にを捕まえた。


それは黒い、小さな塊だった。


「それって……」


レイナが震える声で猫の捕まえた、限りなく希薄な禍々しい気配を携えた黒い塊を指さす。

鋭い齧歯に細長い尻尾。真っ黒な影を塗り固めたようなそれは限りなく鼠のようだった。


「何者かは知らぬが、中々粋な計らいをするものだな」


猫は細長い尻尾をつまみ上げ、己の頭上高くに持ち上げ、口を大きく開けた。


「猫!」


「猫さん!」


「おい、よせ!!」


制止の声を他所に鼠の尻尾を手放すと、その口の中にするり、と入っていった。


ごくり、と猫の喉が鳴った。


皆が見つめる中、猫は静かに嗤った。


「猫、どうして……」


「白紙の書を持つ旅人らよ、吾輩は運命を持たぬ、ぬしらが羨ましい」


「猫さん……?」


「吾輩の書が白紙であれば、吾輩は、あの子の傍でただの猫として暮らしていけただろう」


「お前、何を言って……」


「吾輩が、主役でさえなければ、に攫われる事はなかっただろう」


じわり、と影が猫の長靴を舐め、這い上がる。


「あの子も『粉ひき小屋の三男』であった。【猫が王を選ぶ】事ができるなら、なぜ吾輩にあの子を選ぶ権利がなかったのか」


這い上がる影は猫の毛皮を黒く染め上げる。


「ナゼ、吾輩を身を挺して救った少年ではなく、己が為に逃がした少年がカラバ侯爵なのか」


「ナゼダ……、吾輩ハ、憎い。この想区のスベテが!!」


叫んだ瞬間、影が広がり、猫自身を覆いつくした。





「どうなってんだよ、こりゃあ!!」


「多分、猫が飲み込んだのがカオステラーだわ」


「竜は倒したじゃねーか!」


「竜じゃない、私達が倒したのは竜に化けた『オーガ』よ!」


「ややこしいな!!」


「でも、倒した事には変わりないんじゃ……」


「だから、倒し切れてなかったのよ!オーガは何にでも姿を変えられる。猫の話を思い出して」


「確か、最後は猫の口車に乗せられて」


「鼠に化けて猫に食べられ……ましたね。今」


エクスの言葉尻を拾い、そのまま続けたシェインの声がげんなりとしたものになる。


「本来ならそれでめでたしめでたしってなるところが」


「そうはならせてはくれなさそうですね」


シェインの言葉を皮切りに、猫を包んだ影が爆発した。




猫は何もない空間にぽつん、と佇んでいた。


その両手には、「運命の書」が載せられていた。


猫は一文のみが記された白い頁に目を落とす。

猫がこの想区から離れてから記されたその一文に。


ぽつり


音と共にそのシミは唐突に現れた。


一滴のインクが落ちたようなそのシミは徐々に広がりを見せ、その文字を、頁を侵食していく。


見開き全てを侵食し終えたシミは「運命の書」全てを覆い尽くした。


ただ、その成り行きを見る事しかできなかった猫は、しばらく呆然と滴るインクに付け込んだような有様の運命の書を眺める。


「ふ…」


吐息のようなそれを皮切りに惚けたその口元が不意に歪み、。


「ふふ、ふふふ……」


口から漏れたその笑いとは裏腹に、その目が苦悩に歪む。


「これが真実か運命の書よ」


猫は感情の見えなくなった金色の瞳で黒く染まったその書を見つめる。


「「運命の書」とはよくぞ言った。怒りも悲しみさえもただ、書の記す文字の付随に過ぎぬか」


「書に対する疑問を持つ事も許されず、ただ……」



滑稽に演じるのみ





4人は茫然と猫の変貌したその様を見ていた。


毛並みは闇に濡れ、金色の瞳は禍々しい深紅に染まったヴィランの姿を。



『なあああああああぁぁぁぁぁぁおおおおおおおぉぉぉっぉおぅ』



猫の叫びが大広間に響いた。


4人が再び光に包まれ、全く異なった姿を現す。


それぞれが『コネクト』した英雄の姿に変じたその眼前に猫が迫り、鋭い爪が振り下ろされる。


四人がそれぞれ爪を掻い潜り、白雪姫シェインは距離を取って杖を構え、ハインリヒ《タオ》はシンデレラ《レイナ》を背後に庇い、盾で攻撃を防ぎきる。そしてなおも振り下ろされる爪を掻い潜り、ジャック《エクス》が猫へと肉薄する。


「憎イ……」


振り下ろされた剣を爪で防ぎ切った猫の口から怨嗟が漏れる。


「憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ!!!!!!」


叫びと共に3人が一斉に弾き飛ばされる。


その隙に襲い掛かろうとした猫の顔に白雪姫の攻撃命中する。

猫はぎゃん!と鳴いて飛びのいた。


痛みに猫が転がっている間に3人は態勢を立て直す。


顔を抑えながらも起き上がった猫の指の隙間から赤い瞳がぎょろりと光る。


「オ前モ……、オ前達モ邪魔ヲスルノカ!!」


シャーーーッツと威嚇音を走らせ猫は叫び、再び襲い掛かる。


そこへ、身体ごとぶつかる様に前へと踏み出した影があった。


「おい!」


ハインリヒタオの制止の声も聴かず、ジャックエクスが前へと躍り出る。


ギャリイイイイイン!!


反響音と共に剣と爪が交差した。










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