第5話

翌日、少し遅めの食事を摂った4人と一匹は、想区の外れにある城を目指して出立した。


「あーー。まだ身体が痛ぇ」


「タオ兄、大活躍でしたもんね。猫さんから投げられ、蹴られ、放られたヴィランを片っ端からバッサバッサと」


「本当、お疲れ様」


「後はあの城に行ってヴィランを倒せば終わりってことかしら?」


「ふむ、その前にやるべきことがある」


猫はぐるりと周囲を見渡して、すん、と鼻をひとつならす。


「エクスと言ったか」


「何?」


「吾輩と一緒に着てもらおう。この先に水場がある。ぬしらは後から来てくれ」


猫はエクスを連れ、首を傾げ、訝しむ3人を置いて先に進んだ。


いくらか進んだ先に、猫の言葉通りに水場はあった。

かつては湖ほどもあったのであろうそれは、エクスの眼には池程に見える。


「ふむ、ここか。エクスよ」


「何?」


猫が池の傍に立ち、エクスを振り返る。その眼がきらりと光った。


「脱げ」


「え?」


エクスは完全に意表をつかれた。



ばしゃーん!!



盛大な水音にレイナ達は咄嗟に足を止めた。


「何だ!?」


「きっと猫さんが言ってた水場でしょうね」


「とにかく、行きましょう!」


何かが水に落ちる音に、3人は走り出した。


「小僧!猫!無事か!?」


水場に飛び出したタオたちは、そこで目にした光景に呆気にとられた。


「何するの!猫ってば、ひどいよ!?」


「すまぬな、これも必要な事でな」


何食わぬ顔でエクスに謝り、3人を振り返る。


「早かったな」


「いや、そもそも俺たち、そんなに距離は離れてねーから。それよりも、これは一体どういう事だ?」


が水浴びをしている間に盗賊に身ぐるみを全て盗まれたのだ」


猫はそう言って、エクスの服をタオに渡す。


「そう言えば、そんな下りもあったわね」


「んで、王様が家来に言って、助けさせるんだっけか?」


「この場合の家来って……」


その眼が一斉に一人の少女に向けられる。


「わかりました。シェインが新入りさんをあそこから引っ張り上げればいいんですね」


ふふふ、と目を座らせ、両手をゴキゴキ鳴らして笑うシェインに思わず全員が慄いた。


「覚悟してください、新入りさん」


「ちょ、ちょっと、シェイン!、待っ!!」


その場にエクスの悲鳴が響き渡った。





「さて、ここからがいよいよ大詰めね」


「村人さんを脅して、オーガの領地をカラバ侯爵の領地として詐称させるのは、無理でしょうね」


シェインが溜息をつく。


「ふむ、そもそも村人がおらぬ故」


「あとは、オーガの城に行って、カオステラーがいてくれたら色々な手間が省けるんでしょうけどね」


「そう都合よくいくかねえ」


「なんせ、行き当たりばったりの出たとこ勝負ですからね」


「とにかく、行くしかないよ」





かちり、かちり、と音がする。


これは、何の音だったか、と猫は思考をめぐらす。


粉ひき小屋の歯車が噛み合う音ともまた違う。


子供たちの遊びで石を弾き合う音ともまた違う。


等間隔に規則正しく響く音。


そう、これは。時計の音だと思い至る。


滅びへ向かう音であり、再生へ向かう音でもある。


想区セカイが息を吹き返そうとしている。


よもや、このような茶番が想区の一助となろうとは。


猫は己の「運命の書」にそっと触れる。


『間に合うのだろうか……』


はすぐそこまで迫ってきていた。






「猫、大丈夫?」


呼ばれて猫ははっと我に返った。

どうやら一瞬意識が飛んでいたらしいと、辺りに目をやる。


ここはオーガの城の中で、大広間の扉の陰から敵の待ち伏せがないのか様子を窺っているその最中だ。


「こんな所でぼーっとしてっと危ねーぞ。冗談抜きで」


そう言ってこちらを覗き込んで来る青年に猫はやや驚き苦笑する。

表情の読めない猫の様子を伺う青年のその様は、嘗ての見知った少年の様子と重なった。


「どうだ?お嬢」


タオに促され、レイナも倣って中の様子を伺う。


「どうやら、アタリのようね」


レイナが頷きを返した。


「自分の故郷が滅ぶかどうかの瀬戸際です。猫さんも結構疲れてきているんじゃないですか?」


猫に囁く黒髪の少女の眼にこちらへの気遣いの色を見て、目が開いて間もない頃の小さな己を見る瞳の色と重なる。


猫と共に旅をしたこの旅人らはあまりにもお人好しが過ぎる。

お陰で思い出さなくても良いものを思い出し、己の裡に重たいものを落としてゆく。

それは焦りであり、怒りであり、後悔でもある。

そして同時に成し遂げたいという思い。


猫は目を閉じ、再び開く。


「問題ない。何せ吾輩は……」



このモノガタリの主役であるのだから。



猫は4人に笑ってみせた。



「その調子だ。カオステラーは大型の竜か。準備はいいか?」


扉の隙間から中を窺いながら、背後の猫らに声をかけると、皆が一斉に頷いた。


「んじゃ、いっちょ行くとすっか!!」


タオの声を合図に扉が勢いよく開かれ、全員が一斉に飛び込んだ。






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