農協おくりびと (50)南京錠と愛の橋
良寛記念館の見学は、20分ほどで終わる。
満足した男女8人が、ひとかたまりでぞろぞろと駐車場へ戻っていく。
ひとかたまりの中で、祐三と妙子の距離だけが妙に近い。
後ろを歩いていく4人は、それぞれの距離をお互いに守っている。
最後尾を歩いている松島と圭子の距離が、8人の男女の中で、もっとも遠い。
圭子と離れ、トボトボと歩いている松島が先頭を行く祐三を、「あのう~」
と呼んで、呼び止める。
「なんだ。もう腹が減ったのか?。
昼飯を予定している寺泊まで、車を飛ばせば10分でたどり着く。
我慢できるだろう、それくらいの時間なら」
「あ、いえ、そういうことじゃなくて・・・せっかくの美しい景色です。
もう少し時間をとって、海辺のあたりを散策したいのですが・・・。
できたら俺たち、2人きりで・・・」
「なんだ。まだ歩きたりないのか、お前たちは。
ん。ちょっと待て。俺たち2人だけで、海辺を歩きたいと言ったな。
何か特別なものでもあるのか。こんな辺鄙な海岸に?」
「いいえ。特に、何も有りません。
でも見るからに綺麗な海です。
できたら恋人気分でもう少し、2人で海辺を歩きたいと考えています」
「解せんなぁ・・・。何を考えているんだ、お前らは。
美しい海なら、丘の上から充分過ぎるほど満喫してきただろう。
ははぁ、さては何か隠しているな、お前たち。
美しい音色で鳴る、海に沈んだ鐘でも見つけ出す方法でも発見したか?」
「海に沈んだ鐘?。それはなんの話ですか、先輩。
俺たちはただ、南京錠をもって、海に突き出た橋を渡りたいだけです」
「南京錠をもって、海に突き出た橋を渡る?。
初耳だな。聞いていないぞ、そんな話は。
だが面白そうな話じゃないか、松島クン。では、詳しく説明してもらおうか。
ことと次第によっては俺たちも同行する。
白状しろ。何をたくらんでいるんだ、お前たち2人は?」
「あっ」余計なことを言いすぎたと、松島が手で口をふさぐ。
だが時すでに遅し。祐三は、松島がポロリとこぼしたひことを聞き逃さない。
祐三が、ぐるりと周囲を見回していく。
眼下に越後出雲崎天領の里が有るのを、見つけ出す。
「なんだ。道の駅じゃねぇか。道の駅なら珍しくはねぇ。何処にでもある・・・ん、
なんだぁ、海に突き出た橋が見えるな。なんだあれは?」
広場の突端から、木製の橋が海へ突き出している。
「あれか。あそこに見えている橋が、お前さんたちが行きたいという橋なのか?。
で、どこにでもあるような道の駅の、どこにでもあるような木の橋の先に、
いったい何が有るというんだ。松島クン」
「夕凪の橋と言って、恋人たちの橋と呼ばれている、恋愛の聖地です。
100mほどの橋を渡り、先端の欄干に南京錠の鎖をむすんで、鍵をかける。
そのあと、南京錠のカギを海に投げ捨てる。
そうすると、恋が叶うと言われています。
まいったなぁ。全部、白状しちゃったよ・・・。
隠し通すことが出来ねなぁ、やっぱり、祐三さんには・・・」
「まだ恋人同士でもねぇお前たちが、木の橋を渡って南京錠をかける。
面白そうな話じゃねえか。
実に偶然のことだが、ここに同数の男子と女子がいる。
そういうことなら全員で参加して、あの橋を渡ってみょうじゃねえか」
そういうことだから早速、お前らもカップルをつくれ、と4人を指さす。
「瓢箪から駒が出ることもある。嘘から出た誠ということわざも有る。
これがきっかけで、交際に発展するかもしれねぇ。
行き遅れているちひろも磯崎さんにも、願ってもないチャンスの到来だ。
みんなでいこうぜ。
どでっかい南京錠をぶらさげて、恋の成就をきっちりと祈願しようぜ!」
どうした早くカップルをつくれと祐三が、背後の4人をじろりと睨む。
(51)へつづく
農協おくりびと 46話から50話 落合順平 @vkd58788
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