第3話 羊は君だよ
昇降口に入ると、白の膝丈くらいのスカートからすらりと綺麗な足をのぞかせた女の子が下駄箱に背を預けて立っていた。ただ立っているだけなのに、どこか存在感のあるその立ち姿にほんの少し目を奪われる。
彼女は自分への視線に気付いたのか、小走りで笑いながらこちらへ声をかけてきた。
「おー? 拓か」
「ういーす。もう皆ぼちぼち集まってる感じ?」
頭を掻きながら片方の手であくびをおさえる。すると呆れたように芽衣は笑い軽く小突く。
「お前以外の六年のクラスの奴らはもう全員いるっつーの。森もさっきまでここに居たんだけど、ちょうど便所行ってるわ」
「いて。つか、俺以外ってまじで? てことはあいつもいるわけ?」
「うーん? 誰のこと」
「ほら、あいつだよ」
「あいつじゃ分かんな……あ、もしかして智恵のこと?」
「そうそ」
「ちょっと、ちょっとー。拓忘れたの? あいつは六年前に死んだじゃん。つか生きてても呼ぶわけないけどさぁ、あんなやつ」
「やっべ、そうだったわ。なんか死んだ気しなくて」
「あ、何なにそんなに会いたかったの? 多分お前の為なら何がなんでも飛んでくるぞ。なんたって初恋の相手なんだもんなぁ」
「やめろよ、吐き気がする。毎日毎日ストーカーまがいのことをされつづけた俺の身にもなれよ。この六年間どれだけ平和だったか」
思い出しただけで鳥肌が立つ。
「きゃー、いたいけで一途な乙女になんてことを言うんですかぁ」
「黙れ。散々あいつのこといじめてたお前が、よく言うよ」
「はは、いやぁだってさ。単純にうざいじゃん? まるで自分がお姫様か何かだと思ってる感じが特に。まあ、見事姫の王子役に選ばれた人間がここにいるんだけど」
芽衣は豪快にがはははと笑いながら俺の背をバンバンと叩く。
「くそ、痛てぇよ」
つられて俺もけらけら笑いながら芽衣の方を向く。
向いたはずだった。
細めた視界の端に見覚えのある赤いリボンが目に入る。
俺はそのリボンのことを、よく知っていた。
芽衣にあいつの存在を伝えたいのに身動きは取れず、視線は彼女の口元から離せない。
少女は少しずつ口角を上げながら弧を描いたような微笑みを浮かべる。芽衣の笑い声も、外の音も、気温も何も感じない。
彼女が行うすべての動作がまるでスローモーションかのように思えて、さっきから身体中から嫌な汗が吹き出てくるのを感じる。
そんな俺の様子をどう思っているのかは全く分からないが、少女はゆっくりと焦らすように口を広げる。
口が開き、次に息を吸い、それを音へと変えるために喉が動く。
「拓ちゃん」
雲はいくらでも続いていく。
鰯雲 やかん @yakan_
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