第2話 君と君以外



「はじめの、いーっぽ! なんちゃって」

 昇降口の仕切りを大股で通り過ぎる。中に足を踏み入れた瞬間、昔の記憶が一瞬蘇って眉間にしわが少し寄る。

「確かここで昔盛大に転んだんだっけ……うわぁ、恥ずかし」

 過去の自分の失態に苦笑しながら歩みを進める。カバンからスリッパを取り出し履き替えると、履いていた靴を下駄箱寄りに置く。

「さってとー、確か三年の時の教室に行けばいいんだよね」

 正面の階段を目指して少しスキップで歩きだした瞬間。視界の端に何か大きな塊が見え、なんだろうと横を振り向いた時にはもう遅かった。

「ったぁ…… あ、大丈夫かっ! いきなり悪い!」

「いったたた……大丈夫で……あっ」

 どうやら人にぶつかったらしく、謝罪の言葉を口に

 するその人物を見た時、私は目を見開いた。

「拓ちゃん!」

「えっ? ……ちょっと待って、もしかして智恵?」

「もしかしなくても智恵だよ! うわぁ、久しぶりぃ」

 彼とは家が隣同士だったためいわゆる幼馴染なのだが、いかんせんもうここを離れてもう六年。声も全然違うし全体的に大人びた顔つきになっていて最初は気付かなかったが、目元は当時の面影が残っていてすぐに拓ちゃんだと分かった。

「こんなに大きくなったんだねぇ……」

「何遠い親戚のおばちゃんみたいなこと言ってんだよ。それより、どこも怪我してないか?」

「だいじょーぶ!」

 自分が怪我をしていないことを示すために元気よく起き上がろうとする。だが、立ち上がろうと左足に力を入れた瞬間鋭い痛みが走った。

「……っ」

 痛みに耐え切れずに後ろへよろけそうになったが、拓が素早く私の手を掴み、引き寄せる。

「大丈夫か! やっぱりどこか挫いたのか、すまん。俺の不注意で怪我なんてさせてしまって本当……」

 私を支えながら謝罪の言葉を次々と投げかけてくる。それはいいのだが、向こうは気づいていないのか、只今彼の顔との距離は拳一個分くらい。

 一応私も今年でもう十八歳になる女の子です。幼馴染とはいえ男子とこの至近距離というのに戸惑うのは当然のことでして。

 なんて脳内で冷静に状況を説明してるけど、それとは正反対に自分の顔がどんどん熱を帯びていくのを感じる。

「だだだ大丈夫! 大丈夫、なので……その」

「その?」

「少し、離れて貰えると嬉しいかなぁ……なんて」

 その言葉によってようやく距離感に気付いたらしく、慌てて手を離して距離を取る。

「…………」

 お互いの間に静寂が流れた。あー、と拓が頭を掻きながら呟くとおもむろに立ち上がり、手を差し出してきた。

「手ぇ貸すから、とりあえず上に行こう。他のやついるし」

「……ありがとう」

 素直に手を取り、教室へと向かう。聞きたいことは山ほどあったので、道中は絶えず私が質問してた気がする。その度に拓ちゃんが昔と同じ、ひまわりのような笑顔を向けてくるのがすごくキラキラと感じて。

 なんだかまたさっきの熱がやってきて頬が赤くなったのは、残暑のせいにしておこうと思います。



 教室で待っていたのはいつも遊んでいた二人だった。

 いつも明るくてクラスの中心で笑っていた芽衣ちゃんと、頭がいいけどどこか抜けていて面白い森くん。

 二人とは三年からずっとクラスが一緒だったのだが、五年の時に拓が加わっていつも四人で遊んでいたっけ。

「いやぁ、それにしても芽衣ちゃん、すっかり女の子らしくなっちゃって」

「もー! さっきから智恵そればっかか! あたしだってもう花の女子高生なんですぅー」

「ごめんごめん、いつも男子と一緒に泥だらけになって遊んでた姿が印象深くって」

 私達のやりとりに二人は笑いながら、確かに、と同意の言葉を発した。

 すると芽衣が拗ねたように頬を膨らませてプイっ、と顔を背ける。

 そういえば、と森くんが可笑しそうに話出す。

「中学の制服のスカートですら最初めっちゃ拒んでたもんなー」

「そうそう、スカートがあんまり嫌だからって下にジャージ穿いたりして先生から怒られてたっけ」

「うっせ! 今はこうしてレディーらしく振舞ってんだろ!」

「格好だけな」

「全く芽衣ちゃんったら」


 その後は何気ない世間話や近況などを話して、その流れで芽衣がさらりと何気ない口調で衝撃的なことを話す。

「そうそー、言い忘れてたけどさ。今日屋上で泊まるから、この後各自で家から荷物取ってきて。テントとか大体必要なものはもう用意してあっから心配ご無用」

 少し前までは笑い声が響いていたはずの教室に一瞬静寂が訪れる。



「「「……はい?」」」



 ***



 人の目が怖い。笑い声が怖い。

 本当は何も楽しくなんてなかった。



 ***



「はぁい、ちゃっちゃと運ぶ! あ、テントは右に。食材は横のレジャーシートの上によろしくー」

 小学校の屋上で着々と泊まる準備が進められ、もうおおかた必要なものは揃った、ということで休憩が入った。

 ふぅ、と息を吐くと数時間前のことを思いだす。

 突然のお泊まり発言の後こちらがいくら質問や戸惑いを投げかけても、ただ涼しい顔で反論は認めぬ、の一点張りで私達はとにかく家へ返された。

 三人とも口でこそ芽衣の無茶に文句を垂れ流して苦笑いしていたが、気心の知れたメンバーでのお泊まり会に内心楽しみであることは皆一緒だった。


「なぁに一人でにやけてんだ」

 どっこらせ、とジジくさい掛け声をかけながら拓は私の隣に腰をかける。

「うへへー。だって皆と久しぶりに会えただけでも嬉しいのに、その上お泊まりだなんて嬉しすぎてどうにかなっちゃいそうだよ」

「にやけ顔気持ち悪っ」

「失礼な! 拓ちゃんは楽しくないのか、このっ」

 軽く拓の脇腹を人差し指で突く。すると予想通り、くすぐったいと言って身体を仰け反って笑いながら抵抗する。 

 最初はじゃれあいのような様子だったのだが段々とそれがヒートアップし、お互い軽く息を上げるまでの攻防へとなってしまっていた。ぜぇはぁ言いながら二人は屋上の床を背に倒れる。

「なんか、こーいうの久しぶりだな」

「昔はよぉく、こんなことしたねぇ」

「つかお前、まだその赤いリボンしてんの? 小さい頃ずっと付けてたよなー」

「えへへ、今日皆に会うし、久しぶりに付けてみようと思って」

 懐かしいよねぇ、と呟くと拓がこちらを向き、真面目な顔でこちらを見つめる。視線を感じた私は拓の方へ顔を向けるが、目が合うと何故か慌てて顔を逸らされた。

 拓の様子がおかしいことを不思議に思い、どうしたの、と口を開こうとした時、その私の声を遮るように芽衣の大きな声が響いた。

「おーい! そろそろ再開すんぞーそこに寝っ転がってる体力馬鹿はこっちに来い!」

「……ういー」

 拓は何もなかったかのように起き上がる。

 彼が起き上がるその瞬間、茜色に染まった空に照らされて拓の顔も赤く染まっているかのように見えた。

 



 ***

 


 時々、モヤがかかって先がうまく見えなくなる。

 そんな時はもう一度。



 ***




「寝床は出来た。食料もあるし人間も揃った。これからやることといったらなんだ! ヒント、そこの白黒で細長くて遠くのものがよぉく見えそうな機材!」

 芽衣はふんぞり返り、レジャーシートの上で仁王立ちをしながらする。それを見上げる形で各々好き勝手に座っていた。彼女はびしっ、と自分の斜め後ろにある望遠鏡を指差し、こちらに反応を求める。

「え、寝る?」

 それにいち早く反応したのは森だった。

「おっまっえっは! なんのために泊まったと思ってんだよぉぉ」

「星! 星の観察だよね? 夜空好きだもんね、芽衣ちゃん!」

 森くんに関節技を決め始めた彼女を慌てて止める。私の言葉を聞くとパァっという効果音が聞こえそう

 なくらいの笑顔を向けて芽衣は飛びついてきた。

「そうだよなぁ! うんうん、やっぱり智恵はいい子!」

「ちょ、くすぐったいよぉ」

 芽衣は私の頭をすごい勢いで撫で始める。拓はその様子を見て一つ溜息をつくと何やら思い出したらしく、手を軽く叩いた。

「あ、そういえば今日ってオリオン座流星群の極大日だっけ?」

「なんで馬鹿拓が知ってんだよ」

「何この対応の差、俺泣いちゃう」

 依然私に抱きついたまま芽衣は意気揚々と語りだす。

「この辺はそんなに大きな光源も無いし、視界を遮るものもなし! 望遠鏡を理科室から持ってこれたのはただの偶然だったけど」

 得意げに話す芽衣に向けて鼻で笑った人物(ゆうしゃ)がいた。

「全く、計画性あるのかないのかわかんねぇよな」

「なにか」

「イエ、ナニモ」

 蛇に睨まれた蛙のようになっている拓の反応にまた笑いが起こる。ふと空を仰ぎ見ると、夕焼けの色残りも消えてすっかり深い群青色の空が広がっていた。

「……だいぶ、暗くなったね」

「そうね、んじゃそろそろ天体観測始めますかぁ。森はこっちで機材の調節手伝ってー」

「ほぉい」

 そう言うと二人は機材に方へ向かった。残された拓と私はなんとなく気まずい空気になりかけたが、そんな空気を吹き飛ばすように拓は笑った。

 そして私の手を引きフェンスまで連れ、一つ大きな咳払いをすると芝居がかったように話始めた。

「今宵は霜ノ草小開催、天体観測会にようこそおいでくださいました。どうぞ、ごゆっくりお楽しみくださいませ」

「ぷっ、拓ちゃん似合わないなぁ」

「んだと! これでも高校で放送委員ずっとやってんだぞ」

「へぇ、そうなんだ。……ねぇ、教えて? 皆の思い出を」

 拓は少し考える素振りをみせたが、にっ、と笑うと楽しそうに今までのことを語りだした。

 自分の知っている人の楽しかった記憶を聞くのは自分も楽しい。でもそこに私は含まれていないという事実が、どうしても胸に突き刺さる。

 そんな私の内心を察したのか、拓は少し声量を落とすと今度はぽつりぽつりと話しだした。

「……ほら、俺らって家隣同士だったじゃんか。ずっと一緒にいて、笑いあってたのに、それがいきなり消えたらさ。……あー、もう。どんどん言いにくくなるな」

 そこで一旦言葉を切ると大きく息を吸い、意を決したように口を開いた。

「何が言いたいかというと、俺だって寂しかったんだよ馬鹿! 以上!」

 言い終わると横を向き、何故か不貞腐れたようにフェンスに寄りかかった。

 当の私はというと、最初は彼の勢いに唖然としていたが、徐々に笑いがこみ上げてきて、ついに抑えきれずに噴き出してしまった。

 そんな私の反応に彼は勢いよくこちらを向くと少し怒った様子で食いかかってくる。

「な! 何が可笑しいんだよ」

「だってぇ、何言い出すのかと思ったら」

「あー、もう言わなきゃ良かった」

「……ごめんごめん、ありがとう。すごく、嬉しい」

 拓の手を取り、正面から見つめる。すると案の定彼はすぐに目を逸らし、手を離せと言ってきたため、言われた通り手を離す。

「ふふ、拓ちゃんは昔からにらめっこ苦手だねぇ」

「……別に」

「うん?」

「別に、俺はにらめっこ苦手じゃねぇよ」

「嘘つけー」

 もういい、と乱暴に話を切り上げると自然に二人は空を見上げた。芽衣ちゃんの言っていた通り、この辺にパチンコ屋やデパートなどの光源は無いため、街の方よりは星がよく見える。

「秋ってさ、中秋の名月ーとかいって月見はよくするけど、星にはあんま目を向けないよな。夏の大三角! とか、一等星が多い冬の夜空とかと比べちまうとなんとも寂しい夜空だ」

「そうだねぇ……」

「昼間は色とりどりの木の葉の色彩に目がくらみ、夜は明るすぎる月の光が星を覆い被せてしまう」

 そう呟く彼の横顔があまりにも寂しそうに見えて、声をかけることを躊躇ってしまった。

 拓は小さく息を吐く。すると、今まで見たことの無いような優しげな微笑みを向けてきた。その笑顔になんだか胸が痛くなり、今度はこちらから目を逸らす。

 そんな私の様子とは真逆に、彼はどこか晴れ晴れとした顔で背伸びをする。

「さて、そろそろ向こう戻るかー。望遠鏡使えるといいけど」

「……そう、だねぇ」

 弾むように芽衣達の元に行く拓の姿が、まるでどこか吹っ切れたように思えた。


 私は何を知らないのだろう。





 ***



 自分の存在を否定される言葉を吐かれ続けているうちに、その言葉が自らの安定剤になってしまったいた。

 もうなんだっていいよ。

 この存在をどうか記憶のどこかに留めていて。



 ***




 結局望遠鏡を扱うことが出来ず、普通に肉眼で眺めることとなった。

「お! 智恵、今星流れた」

「え、見てなかったよぉ」

「まぁまぁ、このあとも見えるって……あ、また」

「うそ、うわぁ……また見逃したぁ……」

 四人でフェンスに寄りかかりながら流れる星を指差す。思い出したように森が、あっ、っと叫ぶ。

「どうしたの、森」

「流れ星といったら願い事だよ、皆。願い込めなきゃ」

「……あ、忘れてた」

 クスクスと笑ってそれぞれあーだこーだと願い事を呟く。

「口に出したら叶わないんじゃないー?」

「それは初詣とかのお参りの時のアレだけじゃねぇの?」

「拓ちゃん適当だなぁ」


 私のお願いはもう決まっていた。

『ずっと、このまま皆と笑い合って過ごしていたい』

 もちろんずっと、なんてないことは分かってる。けど、星に願うくらいはどうか許して欲しいな。

「芽衣ちゃんはどんなお願いにしたの?」

「あたしか? もちろん、今年こそは優勝する!」

 芽衣ちゃんは小さい頃からずっとバスケが大好きで、今も続けているらしい。

「あはは、バスケ部なんだっけ? 芽衣ちゃんなら星に願わなくとも叶うよ。応援してる」

 そう言うと、照れたようにはにかんで礼を言ってきた。

「あ、森くんはー? 何願ったの」

「あー、この前通信販売の番組で『女神の枕』ってのをやってたんだけどさ、それがまあ安眠出来そうなやつで。あれ欲しいなぁと」

「いや普通に買えよ……んで? 拓は」

 芽衣が何気なく拓に話かけるとビクッと反応し、ぎこちない様子で話しだす。

「えっ、なにこれ全員話す系? いや、俺? お、れは、うーん。うん、決まってないな!」

「嘘つけ! ……ははぁ、人前では話にくいような願い事なんですかぁ拓さーん」

 にやにやと笑いながら楽しそうな顔で芽衣は彼に迫る。その視線から逃れようと拓が視線を泳がせていたその時、彼とばっちり目があった。だが見つめ合ってまばたき一つしたかと思った瞬間、すごい勢いで目を逸らされる。

 そんな彼の挙動を芽衣が見逃すわけがなかった。まるで面白いおもちゃを見つけたかのように拓をいじりだす。

 普段ならそれにうまく返す拓なのだが、今回は何故か歯切れの悪い口調で、とにかく芽衣から逃げようとしていた。

「なぁんだよー、いっそ吐いちまえよゴラァ」

「っせー! 別になんだっていいだろ、それより星見ろ星!」

 しばらく芽衣は不満そうに拓のことを見ていたが、大げさにため息を吐くとまた空を見上げた。

 つられて私達も黙って夜空を眺める。

「……今日は、よく星が見えるね」

「新月なのか月も無いしなぁ」

 夜風が静かに四人の間をすり抜けていく。

 笑い声に包まれているのもいいけれど、こうして皆と静かに過ごすのも悪くないなぁ。



 夜空を見上げ始めてからどのくらい経ったのだろうか。誰かが口を開く。

「……そろそろ寝ようぜ」

「そーだね、また明日見よう」

 各自テントへと戻り、床に就く。どうやら皆疲れていたのか、会話も無くすぐに寝息が聞こえてきた。自分も久しぶりの再会ではしゃいでいたせいか、横になるとすぐに睡魔が襲ってきた。そのまま眠気に身を任せてゆっくりを目を閉じる。



 まだ外は暗い真夜中、テントを開け閉めするような物音で目が覚めた。芽衣が目覚めたのだろうか、横を振り返ってみるが幸せそうな寝顔を見て物音の主は別だと知る。

「うーん……」

 別にこのまま寝ても良かったのだが、音の正体が気になるのと、何よりこもったテント内の空気に少し息がつまりそうだったため、夜風に当たりに外へ出ることにした。

 這い出るように外へ出ると、そのままテントのほうへ向き直りチャックを閉めた。

 ゆっくりと立ち上がるが、まだ目が暗闇に慣れていないせいで歩くことを躊躇う。ああ、枕元に置いてある懐中電灯をなんで持ってこなかったんだろう。

 すると一筋の光が私を照らした。正面から向けられたそれに思わず眩しさから目をつぶる。だが、そんな私の様子に気付いたのかすぐに光は斜め下を向き、謝る声が聞こえた。

「ああ、わりぃ。誰かと思って」

 声の主は拓ちゃんだった。向こうの端へ行こう、と道を照らして私を促した。それに素直に従って歩き出す。

「拓ちゃんも外の空気が吸いたかったの?」

「そんなとこ」

 フェンスへ辿りつくと、拓は電気を消した。

 拓の様子が若干気になったのだが、電気を消してしまったため表情を伺うことは出来ない。諦めてフェンスに寄りかかり空でも見ることにした。

 二人の間に沈黙が流れる。だが、それを破ったのは拓の方だった。

「なあ、お前に言いたいことがあるんだ」

「……うん」

 いつもとは違う、真剣な声に思わず背筋が伸びる。

「俺、智恵のことがす」









 ぱちん。




 いつものように映像がぶつりと切れた。

 


「またここまでなんだ」


「いつもそう。その言葉の先が聞けない」


「やだな、またどこか間違えちゃったのかな。でもこういう時は、もう一度寝れば元に戻るから、大丈夫」


「次は、そうだなぁ。拓ちゃんからお食事のお誘いのシーンとか入れて考えてみようか。うっかり間接キスなんてしちゃってさ、慌てる拓ちゃんなんて面白いよねぇ」




 なんでも無いことで笑い合えて、優しい君が居て、皆私を見てくれる。

 私は今、とても楽しいよ。










 ***



 小さい私が一人砂場で山を作っている姿が見える。

 何が楽しいのか、ただ黙々と砂を集めて、それを山に盛って、また砂を集めて。

 周りには確かに他の子が遊んでいる姿はあるはずなのに、一切喧騒は感じない。まるでここだけ囲いでもあるように周りから切り離されているような感覚だ。

 ――いっぽんみぃちを、あーるいてぇ、いちょーさぁんと、こんにちはぁ

 ざくざくと地面を堀りながら校歌を口ずさむ。スコップをまた地面へと向けようとした時、小さな影が映る。

「まぁた、校歌歌ってんのかよ。好きだなぁお前」

 顔を上げると、そこにはまだ私よりも背が小さい拓ちゃんがいた。

「こんな所でいつもひとり、つまんなくねぇの?」

 ――だって私、他の人と話すの苦手で。

「他に一緒に遊んでくれるやつ、誰もいないのかよ」

 ――いないよ。砂いじりなんて、楽しくない。

「そうだよなぁ。楽しくないよなぁ。智恵は仕方ないからここにいるだけだもんなぁ」

 そう言うと積み上げた山の前に立ち、おもむろに足を上げる。次の動作が簡単に想像がついた私は叫んでいたんだと思う。

 やめて、それでも残したかったんだよ。ねぇ、やめてよ。壊さないで、蹴らないで。

 場面はいきなり切り替わって、教室の中へと変わる。教室のちょうど真ん中に私が座り、他のみんなは立って笑ってる。女子の甲高い声、くぐもったように控えめに笑う声、男子のでかい声。

 あはは、あはは。はは、あは。は。

 どんどん私に被さってくるように声が重なる。

 もうやだよ、こわい、こわい。






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