鰯雲

やかん

第1話 おやすみ

 お気に入りの赤いリボンも今日は付けてきた。なんて言ったって今日は久しぶりに大好きな人達に会うのだもの。心無しか身体が少し軽いような気にすらなってくる。

 外を見渡せば辺りはそれぞれ色づいているけれど、紅葉はまだ色にムラがあるかな。イチョウはすっかり黄色へと姿を変えて、葉を少しづつ落とし始めていた。

 いつまでも終わらない暑さのせいで流れた汗をタオルでぬぐいながら、イチョウ並木の影の下を歩く。

 今はまだ下のコンクリートがよく見えているけれど、そのうち葉で見事に埋めつくされてしまって、この道はイチョウの絨毯と化すのだ。

「でも、雨の日はよく滑って転んでたっけ」

 クスクスと一人思い出し笑いをしながら歩みを進める。

 この先を行けば自分が昔通っていた小学校がある。今の私の向かっている先はまさにその小学校で、その先で私を待っているのは、その小学校時代の級友だ。

 彼女らに会うのは何年ぶりなんだろう。今私は高校三年生だから、約六年ぶりかな。

 小学校を卒業してすぐに家を引っ越してしまったため、本当にかつてのクラスメイトとは疎遠になってしまった。だからこうしてまた昔の知人に会えるなんて、まるで夢のようだ。

「いっぽん道を歩いて、イチョウさんとこんにちは」

 小さく校歌を口ずさみながら軽くスキップ気味に学校へと向かう。会ったら何を話そうか。

「明るいあいさつに、みどりきらきら。えがおでいっぱいお友達」

 あの頃はまるで悩み事なんて無くて、いつも皆笑いあってたっけ。今考えたらなんて無意味で無邪気で残酷な時間の中にいたんだろうね。

「ひょっこりころがる、どんくり、しいのみ。どれもみんなおいしいな」

 あとはこの長い坂を上がれば私達が過ごしていた校舎が見えてくる。そう、この坂の途中にあの子の家があったっけ。近いから羨ましかったなぁ。

 なだらかな坂を焦らすようにゆっくりと登る。

「うさぎもことりもこんにちは、さあ今日も元気に」

 後少し、と少し大股で坂を登りきる。

 長い坂を越えるとそこには見慣れた校舎と遊具が見えてきた。


「大好きみんなの、霜ノ草しものくさ小」




 さあ、皆が待ってる。





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