スーラック開発史

汎用作業ロボット「TSS-スーラック」

2102年発売。第一次レトロデザインロボットブームの終わり頃に作られた名作ロボットのひとつである。


スーラックが開発された背景を説明する上で重要になってくるのは、まずロボットの歴史そのものだろう。

2050年代、産業用ロボットの開発が活発になり、人間が可能な手仕事はすべてロボットがまかなえるようになる。2070年代にもなると世界中でロボットが労働の代行をするようになり、ロボットの台頭が顕著になる。

2080年代、ロボットに仕事を奪われた者、職にあぶれた者による不満が爆発する。ロボットによる労働は雇用主のみが儲かり、人間の労働者は職を失う。それだけでなく仕事という生きがいそのものを手に入れることができない者が急増した。

人々の怒りは国や開発者でなく、ロボットに向かった。毎日のようにデモが起こり、物理的にロボットを襲撃する者、労働を阻害する嫌がらせをする者、ロボット用のコンピューターウイルスを作り拡散する者などが後を絶たず、「ワーキングボット・シンドローム」という名称の世界的社会現象となった。

(この時期にロボットを排斥すべきとする反ロボット主義と、ロボットにも生物同様に慈しむべきとするロボット愛護主義の対立構造が始まる)

当然ロボットを破壊すれば器物損壊罪が成立するが、損害賠償が追いつかず倒産する会社が多発し、ロボットを雇うことが不利益に繋がるようになる。

頭を悩ませたのはロボットを開発した企業だ。

ロボットが高性能で高価であるほど人の恨みを買い破壊され、ロボットは売れなくなっていく。

試行錯誤の末、それまで人間に似せてシンプルな生物的曲線のフォルムを追求したデザインは廃される。新たに主流になったのは、執拗なまでに産業機械の雑多なディテールを貼り付け、全体のフォルムもスマートな人体曲線を削ぎ落とし、私は愚鈍な機械であると主張するかのようなボディを持つ「レトロデザイン」のロボットたちだ。

人に似た姿をし、スマートに仕事をこなすロボットは、それに劣る人間に恨まれる。だが、人とはあきらかに違う姿をし、奴隷のように労働をする機械には、人は劣等感を抱き難かった。むしろ同情的な気持ちが湧き、見た目のみっともなさに愛くるしさも感じる者もいた。

レトロデザインブームが到来し、労働ロボットの出荷台数は増加、反ロボット主義の活動は衰える。


そんなレトロデザインブーム後期、2102年に日本のロボット開発の大手企業ジューロビ・メカニカルから発売されたのが、労働ロボットACシリーズ「TSS-スーラック」である。

汎用作業ロボットとして労働環境への対応の幅が広く、多方面で採用された。

同時に正規・非正規を問わず豊富なバリエーションのカスタム機も多く存在し、世界中のあらゆる場面で活動した。


そんなスーラックを含む第一次レトロデザインブームではあったが、2120年代に入るとブームは終焉を迎える。

理由はふたつある。


ひとつは戦争が関係した。

2112年まで続いた人類史最後の戦争、その戦争で破壊工作活動に使われたのがレトロデザインのロボットたちだった。

プログラム上、人間を殺めることはできないロボットではあるが、それ以外のことはなんでもできる。人間にできることは非道な行いも含めなんでもできる。それがロボット。ロボットとは人の現身。

ロボットのイメージ、それは人の業そのものであった。


その後、戦争の後始末を引き受けたスーパーコンピューターHEAVEN。

そしてHEAVENの末端であるインターフェイス・アンドロイドロボットの「エンジェル」

エンジェルはそれまで人の業を背負って働くロボットのイメージを覆す、流線型のフォルムで作られていた。

人々の価値観は大きく変わり、レトロデザインよりも流線型が好まれるようになる。


もうひとつの理由。それはある科学者の論文に関係する。

人工知能の研究者ヒーロ・シグが「HEAVENに人間と同等の自我が存在する」と発表。後にノーベル賞を受賞する。

論文発表に触発され、ロボット愛護主義の活動が一気に強まることになり、ロボット先進国から順に「ロボットの権利」をロボットが持つようになる。

ロボットには休息とメンテナンスをする権利が与えられ、危害を加えれば人間に対する傷害罪、殺人罪と同等の罰を受けるようになり、ロボットに安息の時代が訪れた。

同時に「機能としてのレトロデザイン」は不要になる。


ふたつの理由で第一次レトロデザインブームは終わりを告げるのだが、2200年代に入ると、人類の負の印象があったレトロデザインのイメージも当事者である人々から世代交代したためにリバイバルブームがおきる。第二次レトロデザインブームである。

TSS-スーラックも中身の部品やOSが入れ替えられた復刻版が少数ではあるが限定生産されている。

迫害や戦争のない時代でのスーラックの活躍に期待したい。

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