建御雷神ータケミカヅチースピンオフ

藤瀬大喜

行司ロボットのスーラック

捨てる神あれば拾う神あり。

東京某所の地下深く、かつて駅として利用されていた空間にそれはあった。

日本最大の闇賭博場「黒道門」

金持ち、ヤクザ、政治家、犯罪者、ワケアリな人間がどこからともなく集まり、巨大なカネが動く。それでいて表の世界には噂すら流れない、まさに社会の地下であった。

黒道門にはあらゆる賭博が取り揃えてある。ポーカーやルーレット、スロットのようなベーシックなものから、ロシアンルーレットのような命がけのゲームまで。中には黒道門独自のものまであった。

そんな黒道門の目玉になっている賭け事はスモウだ。

スモウによる対戦の勝敗に賭けるいたってシンプルな賭博。

戦う力士も当然表舞台で活躍しているような力士ではない。暴力沙汰、ドラッグ、ドーピング、八百長などの問題で角界を追われ、大相撲から縁が切れたはみ出し者や、同様の問題を起こした海外力士。他にも指名手配中の格闘家や荒くれ者が金のために土俵に上がっている。

そんな裏事情の坩堝である賭博相撲ではあるが、熱狂的な盛り上がりであることは本来の相撲となんら変わりない。

そして、賭博相撲を知る者は口をそろえてこう言った。

「黒道門の相撲はフェアだ」

フェア。勝負においての公平性は保証されているという意味だ。闇賭博という違法を扱う巣窟においてなぜかフェアという言葉が疑いもなく出てくる。それはなぜか?

その理由のひとつに行司ロボットの存在があった。

TSS-スーラックそれがロボットの名前だ。

その夜の対戦は梅近ばいこん飛矢鼠とびやねずみ。巨漢の力士として大相撲で活躍するも、ギャングとの癒着が発覚し除名され、ギャングの用心棒になった梅近。大きな背中に入った入墨と肉体に刻まれた傷跡に恐ろしい威圧感を感じる力士だ。対するは、細身の力士ながら攻撃的かつ俊敏性が売りの人気力士であったが、ドラッグの使用と密売で逮捕され懲役刑をくらった飛矢鼠。

重と軽、対照的な力士の対戦に地下賭博場が盛り上がる中、行司ロボットのスーラックが入ってきた。年代物で古びており、外装を修理した痕跡が残っているが、ひょこひょこと歩くずんぐりした姿が愛らしく、そのビジュアルから賭博相撲のマスコット的存在となり、非合法な金銭のやり取りというダーティーな場にあって似つかわしくない人気者であった。


TSS-スーラックは22世紀に日本で製造された、23世紀のこの時代から100年以上前に作られたロボットだ。

元々は汎用作業ロボットであり、人間のかわりに様々な雑務をこなした。

当時のブームであるレトロデザインを採用し、人気機種としてヒット。その年のプロダクトデザイン賞も獲得した。

その後、TSS-スーラックはSUMOU世界選手権など、公式試合の行司ロボットとして採用された。

(行司として使われるスーラックは「TSS-スーラックGカスタム」と呼ばれる)

SUMOUルールジャッジドメントソフト「KIMURA」をインストールしたTSS-スーラックは、行司ロボットとして高い評価を得たが、その後数年で機動性の高い最新のロボットと世代交代することになった。

この闇賭博場のスーラックは現存し稼働する貴重な1体といったところだろう。


スーラックがなぜ賭博相撲でフェアを担保するものとされるか。元々公式試合で使用されていたことも当然理由にあるが、100年以上前のロボットであるスーラックに、複雑な細工をして八百長に加担させるようにすることは不可能であると考えられた。

それ故か「黒道門の相撲はフェアだ」という言葉は黒道門を知る者に定着した。


梅近と飛矢鼠の対戦、単純なショーとしての盛り上がりは当然ながら、その年最大の賭け金が親の元に集まった。

スーラックは両者の中央に割って入り、合成音でルールを読み上げた。

この賭博相撲のルールは国際ルールであり、SUMOUの打撃ありルールだ。このふたりは大相撲からSUMOUへ転身したことになるが、観客が期待していることは大相撲から堕ちた者が相撲のプライドを持ってぶつかり合い、時にSUMOUルールの打撃を解禁する、そのせめぎ合いだ。

「ハッキヨーイ、ノコッタ!」

スーラックの合図とともに両者はぶつかり合う。

巨体の梅近を力技で倒すことは至難であるが、飛矢鼠は張り手からの回避で梅近の間合いには付き合わない。お互いに深く攻め込まなければ相手を攻略することは難しいといったところだが、お互いに大胆なようでいて慎重な相撲で相手を牽制する。

この対戦の賭け金も莫大だが、力士達の賞金も額が大きい。特にKO勝利であった場合その金額は跳ね上がる。ただ勝つだけより欲深くKOを狙いたい下心ももちろんある。慎重に相手の隙を伺うのも無理はない。

重量のある梅近の方に気持ちの余裕があるのは事実であり、飛矢鼠の攻撃を払う力も強い。ダメージとスタミナ消費が蓄積する飛矢鼠の勢いがわずかに衰える。

その隙を狙い、梅近は一気に攻め込んだ。巨体とはいえ、瞬発力のある動きに梅近は自信があった。低い姿勢から飛矢鼠の死角を突き、ぐるりと回りこむ。

梅近が飛矢鼠を捕らえたと確信したその時、まったく別の方向からぶつかるような衝撃を受けた。梅近が目をやると、土俵の外にスーラックが転がっている。行司ロボットとの接触事故だ。

だがそのまま取組は続く、梅近の隙をついて飛矢鼠のパンチが梅近の顔面をとらえた。1発2発3発、そのまま4発目が梅近の顎に直撃し、梅近の脳を揺らした。

どすんと大きな音を立てて梅近の巨体が土俵の土の上に倒れ込んだ。

「取組にアクシデントはあったものの、飛矢鼠は運を引き寄せKO勝ちをおさめた」

そう思う者は実はこの会場においては少ない。

「スーラックまたやったな」

これが誰もが頭に浮かぶ感想だ。


この黒道門において八百長は当然のようにあってしかりのもの。

元々この取組には八百長が仕組まれていた。KO勝ちの賞金に目が眩み、八百長を破ったのは梅近だ。

その梅近に意図的なアクシデントで割込みペースを乱したスーラックもまた、八百長を構成する一部。

そもそもスーラックには公平性はない。最初は公式戦用の行司ロボットではあったが、マカオで賭博相撲用の八百長ロボットに改造され、流れ流れて日本のブローカーに買い付けられた。とっくの昔に改造済みなのだ。

スーラックが取組に横槍を入れたり、難癖つけたような疑惑の判定をするのは日常茶飯事。コミカルな見た目に反し、ダーティーなジャッジ。それがスーラック。

「黒道門の相撲はフェアだ」

というのは「ここで出た結果に難癖をつけるな」ということだ。

八百長に不満を持って争いになれば結果的に損失の方が多くなる。八百長前提での賭けを楽しみ、結果を受け入れることがこの世界での暗黙のルールなのだ。

スーラックはその象徴として存在し、今日も八百長に加担し続ける。

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