第1話

「…え?」

唖然としつつ声を漏らした。

周りを見渡し、何度も目を擦る。

しかし、見える景色は変わらない。何百回と見たことのある見慣れた景色がそこにはあった。

「僕の部屋…だよな?」

机もベッドも本棚も、全て見覚えのあるものばかり。見間違う筈が無い。だが、何故?僕は死んだ筈なのに、何故ここにいる?

今までのことを思い出そうと頭を回転させる。

歯車は左に回った。右に回る筈の歯車が、左側へ。まさか、そのせいで時が巻き戻ったとでもいうのか。あり得ない、と自嘲気味に笑う。が、現実は変わらない。僕は今、実体を持ってここにいるのだ。

しかし、そう考えないと辻褄が合わない。歯車の音も新品のような音になっていたし、本当に時が巻き戻ったのかもしれない。

だとしたら、僕は死ななくて済むかもしれない。事故が起こった場所を通らなければ良いのだ。生きていても何一つ得をするようなことは無いだろうが、死ぬよりはマシだろう。

何より、あの痛みはもう二度と味わいたくない。実を言うと、こっちが本音だったりする。

チラと時計を見た。青色の置き時計が差している今の時間は、午前6時。母さんがもうすぐ起こしにくる時間帯だ。稲嶺家の朝は早い。

「冬夜、いつまで寝てるの!早く起きなさい!」

あぁ、嘘だろう?と溜息をついた。いつも通りの朝だ。母さんのこの怒鳴り声も全く変わっていない。いつもはうざったいだけのこの声が、何故かとても心地よいものに聞こえた。

制服に着替え、階段を駆け下りる。焼けたトーストの良い匂いがした。

「おはよう、母さん」

「おはよう、冬夜。朝ご飯出来てるわよ。今日はパン」

キッチンで忙しく動いている母さんが背を向けて言う。テーブルには朝ご飯が並べられていた。父さんのものは無い。もう会社に行ったのだろう。

黙々と食べ進め、空になった皿を持ってキッチンへ向かう。

「美味しかった。ご馳走様」

「…学校、遅刻しないようにね。お弁当、そこに置いてあるから」

皿を受け取ると同時に母さんはそう言った。

黒い布に包まれた弁当箱。それを取り、鞄に入れる。

「…いってきます、母さん」

玄関の扉を閉める。いってらっしゃい、という声は聞こえなかった。

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天上の歯車 @saika4869

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