建国編

第19話 無気力救世主

鬱蒼と茂った森の中、葉が奏でる音だけが空間を覆っていた。


 その空間を月の明かりだけが照らしていた。


 俺は体育座りをして目を閉じていた。


 そして意識は上空にあった。



 上空にバルーンバットを呼び寄せ、そこで周囲を警戒している。



 眼下には白色のテントの以外はなにもない。せいぜいたき火の後があるくらいだった。


 あの日から1日立っていた。


 リステ砦が崩壊し、アルスが封印され、アルテが消えてから1日立っていた。


 隠し通路から脱出した俺達はそこからほとんど動かずにテントを張って夜をしのいだ、俺はその間にリステ砦にバルーンバットを飛ばして状況を確認しに行った。


 色々と絶望的だった。


 リステ砦はパルテノン神殿のようにボロボロでスカスカだった。そこに建物らしき物があったことしかわからなかった。


 リステ砦を囲んでいた山は砦の建材などが突き刺さっていたり、山肌を木ごと抉り取られていたりと、アルスの残した最後っ屁の威力の高さを物語っていた。


 俺は直ぐにサーモグラフィーアイを起動しアルテの姿を探したが、そこには動くものなど何もなかった。死んだかもしれないし、アルテの力なら生き延びている可能性もあるなとそんな事を思った。


 そして、このリステ砦の崩壊をもって神聖アルティア王国は滅亡した。


 それが俺の心を強く抉った。


 これでリディアの贖罪は終わった。失敗に終わった。


 彼女は一生消えない罪を背負ったまま生きていくしかないのだ。彼女はきっとそのことを忘れないだろう。そう思えば思うほどアルスが憎くて憎くて堪らなくなった。



 リステ砦の状況をナツキとリディアに伝えた。


 ナツキとリディアは耐えていた。


 泣かないように耐えていた。下唇を血が出そうなほど噛んで泣かなかった。


 二人は失った。


 ナツキは6年間過ごした御子との思い出を。


 リディアは贖罪するための手段だった国を。


 それでも必死に耐えていた。


 といっても涙は目に溜まっていた。零れないように、崩れ落ちないように必死に必死に……。


 それは間違いなく俺への配慮だろう。


 心が痛い。辛い。


 そんな彼女達の優しさが辛かった。


 責めて欲しかった。何が救世主だ。何も救えなかったじゃないかと。


 俺の心をボコボコに責め立てて欲しかった。




 でも彼女たちは俺の手を握った。優しく、でも力強く。


 気がついたら俺の目からは一粒涙が零れ落ちていた。


 守れなかった。何も、誰も守れなかった。


 俺は無力だ。あの場にアルテが居なかったら、ここにいる全員死んでいた。


 アルテの言葉が蘇ってきた。


 アルスを殺すことが出来るのは俺だけだ。そのためにこの大陸を纏め上げろと、そして力を求めよと。


 言われた時は俺もそう思った。俺はアルスにとっての特異点だと、俺しかできないのだと。


 だが、今は何もする気が起きなかった。


 何をしていいのかも分からないし、何が出来るとも思わなかった。


 だから、眠らせてもらった。朝起きたら気力が戻っているかもしれないとも思った。



 だがそんな事は無かった。


 眠れなかった。


 ナツキをどうしようか、リディアはこれからどうする気なのか、大陸を纏めるってどうやって?力を求めよってなんだよ。アルスのあの力に抵抗できるだけのものがこの大陸にあるというのか?


 頭の中はグチャグチャだった。


 ふとテントの外に目を向ければ、朝になっていた。一睡もできなかった。



 それから、俺は夜のうちに一つだけ決着のついた事について実行することにした。


 それはメイドさん3人組を家に帰すことだった。


 彼女達はまだ帰れるところがあるのだ。まだどうにでもなる。やり直せる。そう思った。正直なところ俺は彼女達の人生まで背負える自信は無かった。だから少しでも身軽になりたかったというのも少なからずはあった。アルスメイ帝国に領地の支配権が移ったところで彼女達の生活には大きく影響はしないだろう。だから帰すことにした。



 彼女達は必死に抵抗した。ニナさん、アイルさん、ラニアさんそれぞれ目に涙を溜めて訴えてきた。


 私達はまだ役に立つと。壁にでもなんにでもなると訴えてきた。必死だった。


 そんな彼女達の気持ちは嬉しかった。でも、今の俺には彼女達を守ることはできない。そう思った。


 それを彼女達に伝えれば、守ってもらう必要なんてない。そう言っただろう。でもそれではダメなんだ。


 俺は近くにいるもの全てを守りたくなってしまう。彼女達にだって俺は好意を抱いている。一カ月もの間、優しく見守り世話をしてもらった。一カ月の恩でも彼女達には何かしらの形でその恩に報いたかった。そして、俺の選んだのはこの形だったというわけだ。


 俺は彼女達の表情に心を揺さぶられないようにしっかりと気を持ち直した。


 そして、出来るだけ冷たく言い放った。


 お前たち3人はもう必要無いと、足手まといだとそう伝えた。


 もっと器用に説得することも出来たかもしれない。でも俺は限界だった。


 俺の心にはそこまでの余裕は無かった。



 彼女達は嗚咽を漏らして泣いていた。当然だ。それだけの事を言ったのだ。


 心が揺れ動かされるのを必死に耐えた。耐えて耐えた。


 彼女達は諦めてくれた。


 どう思ったのか分からなかったが彼女達は分かったといった。


 彼女達には俺の心の中などお見通しだったのかもしれない。最後には少し笑いかけてくれた。


 酷い言葉を言ったつもりだったのに、そう決めたのに、彼女達の笑顔に救われてしまった。


 情けなかった。


 彼女達には馬車を与えた。ニナさんは馬車の御者も出来るそうだ。


 俺はニナさんにアイルさんとラニアさんを送ってもらうよう言った。


 ニナさんは笑顔で俺の事を抱きしめて言った。


 ありがとう。と。


 涙を堪えるので必死だった。


 そんなことも彼女は分かっているようだった。


 すぐに俺を離し、馬車の御者席についた。


 それから、リディアやナツキ、カースさんとフォクシーさんと話をしていた。


 ナツキは凄く悲しそうだったが、俺へ批判の視線は向けなかった。


 寧ろ俺の事を心配しているようなそんな視線だった。


 最後にニナさんは俺の方を向いて言った。


 リディア様とナツキさんをお願いします。と強い意思の篭った目で見つめてそれだけ言った。


 それだけ言って、彼女達は出発した。




 俺はそれを見届けると、テントに戻って寝た。


 今度は眠れた。夢など見なかった。




 起きると夜になっていた。そして特にすることも思いつかなかったので、俺はテントの外に出てバルーンバットに乗り移り夜の森を監視している。


 無気力状態は少しはましになっていた。


 ニナさんの最後の言葉と目が効いたのかもしれない。


 それでもアルスメイ帝国と戦う前の気力には到底及ばなかった。


 俺はその夜ひたすらに何もない夜の森を監視し続けた。

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神域のミクロN~RTSで大陸制圧~ 浅山ウヲリ @asayamauwori

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