第18話 アルテ・シフォン・レイリティ

 「ふっざけんなあああああああああああ」


 俺は全力で吠えた。


 自分の中の折れた心を修復するように虚勢を張った。


 必死に考えろ。生き残る術を。俺の後ろにはリディアとナツキがいる。考えろ。


 このまま時が流れたら間違いなく俺はこいつに殺される。


 どうにかしなければならない。


 時間を稼ぐか。


 いや時間を稼いだところでどうにかなる相手ではない。


 こいつは完全に人外だ。


 では・・・どうする。俺が、俺の後ろにいるリディアとナツキが生き残るためには。どうすればいい?


 考えろ。


 こいつは俺を殺すと言っている。もしかしたらリディアとナツキには手を出さないかもしれない。


 いや可能性は低い。


 どうせ一緒に殺される。


 こいつは必ず殺す。


 ならばどうする。あいつは俺を殺すといいながら余裕の声で俺を笑っていた。


 そう、楽しんでいる。楽しんでいるのだ。


 何故すぐに殺さない?


 俺はこいつにとってまだ価値があるのかもしれない。


 それとも気まぐれか。


 どっちでもいい。こいつなら俺を殺せるタイミングなんていくらでもあった。


 それなのに実行しなかった。出来なかったのかもしれない。


 こいつは気まぐれだ。


 ならばその気まぐれに賭けるしかない。


 こいつが気まぐれで俺を見逃し、リディアとナツキを見逃す。


 そんな可能性の低い未来に賭けるしかない。


 いつしか俺の折れた心は修復されていた。


 立ち向かうことはできないが、可能性を繋ぐことならできる。


 やる。


 こいつと話をして、気まぐれに俺達を殺さない未来を掴み取る。




 俺は震える喉から声を絞り出した。


 「なあ、アルス。お前はあのアルスなのか?」


 「そうだよ、『魔王』。僕は<始まりの魔術師>アルス。アルス・ベイ・メイグラッドだ。」


 ローブの奥の顔は見えないが、恐らく笑っている。声の調子から楽しそうなのが伝わって来る。


 こいつは俺と会話したいのだ。ならば話をして、その中で生き残る可能性を探ろう。


 「なるほど、アルス・ベイ・メイグラッドねえ。それでアルスメイ帝国か。恐れ入ったよ、アルス」


 「それはどーも。お褒めに預かり光栄だよ。『魔王』。君は聡明だねえ。自分が死ぬと分かっても必死に生き残る術を探している。いいねぇ。わるくないねぇ。楽しいねぇ」


 読まれている。


 こいつは間違いなく俺の心を読んでいる。


 まずいな。俺の魂胆もバレているはずだ。


 どうする。


 生き残る可能性なんてないのか・・・いや諦めるな。どこかにあるかも知れない。探すんだ。


 「その『魔王』ってのはなんなんだ?俺の事だと思うが?」


 「ああ、これね~。僕が付けた名前だよ。『鉄鎚』も『白士』も『光翼』も『耕王』も全部僕がつけたんだ。」


 こいつは、俺の心を読んだ上で話を楽しんでいる。


 勝者が敗者を嬲るように弄んでいるのだ。


 なら、構わない。俺だってやりたいようにさせてもらうさ。


 「フフフ。いいねえ。その強い心。悪くない。それでこそ救世主。それでこそ『魔王』だよ。

  でも、ここで一つ忠告するよ。君が何をやったとしても、君は殺す。これは確定事項だ。

  予言を変えることなんてできないんだよ。

  でも、そうだな~。その後ろの王女とアルテは君の頑張り次第で殺さないようにしてあげないこともないかなー。フフフ。


  さあ、僕を楽しませてくれよ。『魔王』」


 今、なんてこいつは言った?いや考えるな。読まれる。




 その時リディアが俺の手を握った。いつの間にか意識が戻っていた。


 「やー。アルティア王国の王女。やめてくれよ。興が削げるじゃないか。」


 <ユウさん。アルスの心を読む力は私が抑えます。そのまま続けてください。>


 リディアの手から強い意思が伝わって来る。


 なるほど。リディアの力ならこいつの読心力に対抗できるのか。


 ならば今出来ることは、考えることだ。どうする。


 こいつはナツキを見てアルテと言った。


 こいつの読心力はリディアのように過去には触れられない。こいつにできることは現在の思考を読むことだけだ。それならば頷ける。こいつはアルテの名前は知っているが現在の背格好はわからないことになる。そして今こいつの予言とやらは少しずれている事になる。


 ならばまだ可能性はある。こいつは全知全能の神ではない。


 神ならこんなズレは許容しないし、こんなことにならない。


 続けよう。どこかにもっと強い可能性があるはずだ。


 「わかった、アルス。俺はお前を楽しませるために努力する。だからリディアとアルテは助けてくれ。頼む。この通りだ。」


 俺はその場で頭を下げた。


 繋いで探る。それだけが俺にできることだった。


 「ヒヒヒヒヒ。ヒーーーーッヒッヒヒヒヒヒ。いいねえ。面白い。『魔王』の命乞い。楽しいねえええええええ。


  それに心が読めない相手というのも一興だねぇ。いいよ。楽しもう。


  王女も今回の事については大目にみよう。フフフフフ。」



 アルスはそんな事を言いながら笑っていた。何が楽しいのか分からないが、楽しんでくれている。ならそれを続けるしかない。


 「アルス。一つ聞きたいことがある。」


 「ど~ぞ好きに聞いていいよ。これから死にゆくものについては僕は寛容なんだよ。」


 ローブの奥の表情は分からない。分からないが楽しくて堪らない。そんな声だ。


 腹立たしいが俺はこいつに従わなければならない。殺されるにしてもリディアとナツキだけは助けてみせる。


 「その、予言ってのはなんなんだ?」


 「フフフ。いいところに目を付けたね~。いいでしょう。教えてあげますとも。

  これはこの世界の予言書なんだよ」


 そういってアルスはローブの中から白の表紙に金色の刺繍の本を取り出した。アルスが身に着けているローブと同じような装丁をしている本をアルスは俺の目の前に右手で晒して言った。


 「これには僕の全てが載っているんだ。僕はこの本があるから無敵なのさ。神なのさ。

  でもこの本は未完成なのだよ。この本には僕の全てが載っているけれど一つだけ書いてないことがあるんだ。


 それは僕の死についてだ。だから僕はこの本を完成させないといけない。この本が完成する時は僕が死んだときだ。」



 意味不明だった。何が言いたいのかわからない。


 こいつは本を完成させたい。それはなんとなくわかる。では何故こんな事をしているのだろうか。


 自分で自殺すればいいではないか。


 それで終わるではないか。何が悲しくて俺達はこんなに追い詰められているのか。


 「つまり、お前は殺されたいということか?」


 「フフフ。そうか。なるほど。そういう考え方もできるのか。そうかもしれないな。僕は殺されたいのかもしれない。そうか。そうだな。そうだよ。


  フフフフフフ。ヒーッヒヒヒヒ。


  でも違う。今は違う。俺は楽しみたい。僕が生み出した者たちを僕の手で壊してそれを楽しみたいんだ。」


 支離滅裂だった。


 予言書を完成させたい。そのためにはアルスは死なないといけない。だが、自殺はしない。今は楽しみたい。奴が生み出した救世主を自分の手で殺す。それを楽しみたい。

 理解が追いつかない。何がしたいのだこいつは。


 死にたいなら俺が殺してやるからそこで寝てろよと思うがそうはしてくれないだろう。


 こいつは狂っている。完全に狂っていた。


 「つまりお前は救世主の魔法をかけて、救世主を産みだして殺して回っているということだな?」


 「ああそうさ。僕は『鉄鎚』と『白士』と『光翼』と『耕王』を産みだしてこの手で殺したのさ。


  『鉄鎚』はゴミ屑以下だったよ。ヒーッヒヒヒ。

  力だけ強くてねぇ。僕に向かって突っ込んできた。僕はやつの首をへし折った。それで終わりだった。

  ゴミ屑だね。


  『白士』もゴミ屑だったよ。

  魔法を使って僕を攻撃しようとしたんだけど、僕はそれを打ち消した。それで終わり。

  でも『白士』の最後の顔は傑作だったよ。フフフフ。

  何故??ってそんな顔をしていたんだ。

  それに最高だったのは守り手のアルテの顔だよ。傑作だった。泣きながら僕を睨み付けて必ず殺すなんて言っちゃって。最高だった。雑魚の癖に。


  まあ、僕は面白すぎてそのアルテを付き人にしちゃったんだけどねええええええ。ヒーッヒヒヒヒ」




 今こいつはなんて言った?『白士』の守り手がアルテだって・・・。


 感情が薄いのも納得がいった。確かにそんなに長い事生きていたなら納得がいく。


 そしてアルスの付き人になった?だと・・・。ってことはアルテはアルス側の人間だというのか・・・。


 アルスだけならまだしもアルテも敵に回るのか。


 なんということだ。やばいな。どうにかしないと・・・。


 俺のそんな考えを無視してアルスは続けていた。


 「『光翼』と『耕王』なんて最低のゴミ屑だったよ。

  彼らは力はないけど、知識があった。それで僕を楽しませてくれると思ったんだけどね。

  彼らは僕を前にすると、何も語ることもなく自分で命を断ったんだ。


  ほんとゴミ屑。わざわざ僕が色々お膳立てしてこの世に呼び出したのにまさか僕を楽しませることなく自分で死ぬなんて許されざる暴挙だよ。君もそう思うだろ?『魔王』」



 お膳立てした?


 その時に俺の頭のなかである感情が芽生えた。


 「お前が裏で操っていたのか?」


 「そうだよ。僕が疫病を流して、土を痩せさせた。

  そうしてこの国を追い込んで救世主を呼んだんだ。

  僕のおかげで救世主が産まれたんだ。フフフフ」


 俺の頭のなかの感情が大きくなっていく。


 アルスはそんな俺の事を無視して話を続ける。


 「そして二人を殺した後に予言書が更新されたんだ。

  次の救世主は703年に産まれてそれが僕の最高傑作になると。そう君の事だよ『魔王』。

  竜を操る魔物の王。それを産みだすために僕も苦労したんだよ?


  僕が作った国をアルティア王国にけしかけて、大臣を裏切らせてこの国を追い込んだんだ。

  あ、大臣を裏切らせたのは僕の趣味だよ。その方が面白いことになると思ったからねぇ。

  ヒーッヒヒフフフフ。そして、全て予定通りに進み僕の最高傑作はここで完成したのさ。


  苦労した甲斐があったよ。君は完成されている。まさに『魔王』だった。

  2000人近くを殺したのに顔色一つ変えなかった。最高だよ君。まさに最高傑作だよ。」



 俺はもうこいつの声など聞いていないかった。


 記憶が蘇ってきた。


 悲しい悲しい記憶。




 御子からの苦悩に満ちた手紙。


 俺の事を本気で殺そうとしたナツキの涙と鼻水で濡れた顔。


 罪を背負い、それでも必死に耐えて、俺に縋り付くように泣いて助けてといったリディアの顔。



 俺の心は沸騰していた。


 こいつだけは許さない。


 許されない。


 人の心と人生を弄ぶこいつは、こいつだけは許してはいけない。許されてはいけない。


 己の娯楽の為に人を弄ぶこいつだけは、生きていてはいけない。



 「アルス。お前だけは必ず殺す。」


 俺の口からは無意識に言葉が出ていた。


 こいつを楽しませるなんてどうでもいい。


 こいつだけは殺さないといけない。


 こいつはこの世界の癌だ。こいつだけは殺さないと、取り除かないといけない。



 「お前だけは、必ず俺が殺す。


  必ず殺す。」


 



 その瞬間空間が吹き飛ばされた。


 それは教室の入口から突入し、アルスに向かって突進する。


 そして、エリスが鉄鎚をアルスに振り下ろした。


 石壁が吹き飛ばされるような突風が室内を暴れまわる。


 俺は体を低くして耐える。


 暴風が過ぎ去った時にはエリスがアルスと対峙していた。



 「フフフフフ。ヒーッヒヒヒッヒ。来たねエリス。

  君は、僕の隙をついた気になっているかもしれないが、それは間違いだよ。


  君の奇襲は僕の予言書に書いてあったからね。そう君は僕の手の上で踊っていたんだよ。


  全てが予言通り。


  そして君はこれから死ぬ。」



 そう言い切ると、アルスはエリスの腹に手を突き刺した。


 俺は固まって動けなかった。エリスの腹に手を突き刺した動作が見えなかった。


 気づいたら終わっていた。アルスの手はエリスの腹を貫通していた。


 アルスはその手を軽く振るった。


 それだけの動作なのに、エリスの体は宙を走った。


 そして俺の後ろの石壁に叩きつけられた。グチャリという湿っぽい音だけが空間に木霊していた。


 エリスを抱き起す。


 口から血を流しながら虚ろな目をしていた。


 「すまない。ユウ。届かなかった。すまない。」


 エリスはそう言って目を閉じた。


 俺はエリスの名前を何度も呼んだ、何度も何度も・・・。それでも彼女は動かない。もう動かない。


 俺はエリスを床に下すと、立ち上がっていた。



 立ち上がってアルスに向かい合っていた。


 エリスとは特段仲が良かったわけではない。それでも一緒に一カ月生活した。話もした。彼女の忠義を見ていた。だから・・・。だからもうこの頭の沸騰を抑えることなんてできない。


 怒りが怒りだけが俺を支配していた。


 こいつだけは必ず殺す。どうにかして殺す。



 

 気づいたら砦の中で唯一無事だった、スコープウルフをアルスへけしかけていた。


 アルスの首に向かって飛びかからせる。


 アルスの首にスコープウルフの牙が近づいていく。


 スコープウルフの牙はアルスの首へ肉薄していた。


 殺れる。殺れる。この牙はこいつの首をへし折る。


 そう思った。なんの根拠も無かったが。そう思った。



 しかし、現実は非情だった。


 スコープウルフは何の前触れもなく上下に真っ二つに解かれた。


 そして臓物をまき散らせながらその場にピチャリと落ちた。


 その血はアルスのローブを汚すことすらできなかった。


 アルスのローブは新品のように真っ白のままだった。





 「こんなもんかい?『魔王』。これで終わりなのかい?もう少し楽しませてくれるんだろう?なあ?」


 アルスは怒っていた。


 顔は見えないが声が怒っていた。


 今までの楽しそうな話し方ではない。相手を威圧するそんな声だった。


 「こんなもので僕をどうするつもりだったんだい?これでどうにかなると思ったのかい?


  見くびってもらっては困るよ。僕は神なんだよ?


  これはなんなのさ?時間稼ぎかい?それをしたところでどうにかなるのかい?


  笑わせないでくれないかな。」



 笑わせないでくれないかといいながら声は激怒していた。


 知ったものか。


 一矢報いたかっただけだが、それも叶わなかったか・・・。



 これで俺の持てる手は全て使い尽くした。もう終わりだ。



 アルスは俺に右手を向けていた。


 ああ、終わるんだ。そう思った。


 何も為せないまま終わるのだ。そう思った。


 俺は諦めて目を閉じた。




 声がした。







 「よく、耐えたユウ坊」


 その声と同時に俺は壁に叩きつけられていた。


 死んだと思った。このまま壁に叩きつけられて死ぬのだと思った。





 だが、そうはならなかった。



 俺は壁にもたれかかりながら座っていた。



 目を開けるとそこにはアルテがこちらに背を向けて立っていた。



 アルテのすぐ横には、エリスが転がっていた。力なく半目を開けて天井を眺めていた。



 アルテはそれを見ると空中に式を書いて魔力を通した。



 その魔法に応じてエリスの体の穴が消えた。その後には白い肌だけがあった。



 治癒魔法・・・?



 意味が解らなかった。アルテは治癒魔法を使えないのではなかったのか?



 アルテはエリスの体を治療したあとアルスに向き直った。


 「久しぶりじゃのうアルス。」



 「アルテ・・・お前がアルテなのか!!」



 「そうじゃ。見ればわかるだろう。フフフ面白い。お前のそんな顔を見れる日が来るとは思わなかったぞ。」


 アルテが喋っていた。口数の少ないアルテが喋っていた。楽しそうな声だった。


 頭が追いつかない。何が起きているんだ?



 「ふん、お前が来たところで何がかわるというんだい?僕の呪いは自力で解いたみたいだけどそれで予言を変えることができるのかい?」



 「できるともさ。お前も薄々感じているだろう。ユウ坊はもうお前の手の平の上ではない。

  ユウ坊はお前の予言からは外れている。お前にとっての特異点になったのじゃ。」


 「そんなことはありえない。予言は絶対だ。」



 アルスは狼狽していた。アルテの存在のせいだろうか、うろたえていた。



 「わしも初めは予言通りになると思って諦めていた。だが、このユウ坊はそれを打ち破った。

  そうだろう?お前の予言ではわしとリディアの力がないと『魔王』の力が使えないはずなのじゃから。」


 「そうだ。なんでお前は一人でその力を使うことができるのだ!!」


 アルスが激昂して俺を睨み付ける。アルスのフードはいつの間にか脱げていた。その下から狐のようなつり上がった目と透き通るような銀色の髪が見えていた。



 「ユウ坊。お前も分からないだろうから、わしが教えてやろう。

  ユウ坊、お前はこいつの予言の中では今と違う力の使い方をしていたんじゃよ。


  こいつの予言では、わしの頭とユウ坊の頭をリディアの力で繋いで召喚術を行使するはずだったのじゃ。そうすることで今と全く同じ事ができるようになっていたのじゃ。


  だが、ユウ坊はそうしなかった。自分で召喚術を学び、自分一人でその力を使える用になった。


  わしも驚いた。ユウ坊は意識していなかったじゃろうがその行動でアルスの予言から外れた。


  だからわしも抗うことにした。こいつの予言の中では、わしもここで一緒に殺されることになっていたのじゃがな。だが、予言から外れた今ならやれることがある。そのためにわしはここにいる。」


 なるほど、理屈は理解できた。


 確かにアルテの頭と俺の頭をリディアで繋げばアルテの頭から召喚術を使えただろう。そんな裏技が使えたのか。


 だが、俺は自分一人で召喚術を使える用になった。


 それがアルスの予言から外れたということか。


 だからか。


 アルスがこの部屋に入ってきた時に、ナツキをアルテと呼んだ理由。


 アルスの中ではアルテとリディアの力が無ければ俺は召喚術を使えない。だからナツキをアルテと読んだんだ。



 そしてさっき、スコープウルフの牙はアルスの首ギリギリまで肉薄することができた。


 それはアルスが俺単独では召喚術を使えないと思っていたからだ。あれは完全な不意打ちだった。


 そう考えると、あの時に殺せなかったのは痛手だ。最後のチャンスだった。


 そして、アルスは怒っていた。今までの余裕は消え激怒していた。


 予言が外れたから。




 「バカな・・・いや。構わないさ。そんな小さな予言のズレがあったとして、それがどうだというのかな?


  ここにいるもの全てを殺せば、それでおしまいじゃないか。それでズレなんてなかった。この予言書はズレない。そんな事実は無かったことになる。そうだよね?アルス。フフフフフ」



 「ハッ。そうさね。ここで全部殺されてしまえばそれで終わりじゃ。だがな、アルスよ。わしがそれに対して何も策を講じないとでも思ったのかの?」



 アルテはそう言って、カバンから布を取り出した。


 そしてアルテはその布に手を当てた。


 その瞬間部屋が光に覆われた。



 光が収まった時、アルテの前にはぎっしりと式が詰まった魔法陣が存在していた。


 ゲームで見たことのある六芒星の魔法陣。その空白の部分を埋め尽くすように式がひしめき合っていた。



 そして、アルテから離れた布はその空間に定着している魔法陣と全く同じものが書かれていた。



 版画みたいな感じだろうか。体の節々は痛かったが、思ったより頭は冷静になっていた。



 「のう、アルスよ。これが何かわかるかの?」


 「封印術・・・」


 「そう、私の得意分野じゃ。わしの力ならお前を15年は抑え込むことができる。


  これだけならお前を15年静かにさせるくらいしか恩恵はなかったのじゃながな。


  今はユウ坊がいる。そしてユウ坊はお前の特異点じゃ。


  その特異点が15年後に必ずお前を殺すじゃろう。


  わしはその可能性にかける。


  覚悟しておくのじゃなアルスよ。」



 アルテはそう言って、両手でその魔法陣に魔力を通した。





 その魔法陣に反応して、アルスの後ろに黒の世界が出現した。



 それは、召喚術で魔物が出てくるゲートに似ていた。


 ただ、その黒の世界からは真っ黒の手が生えていた。


 その手はアルスに絡みつき黒の世界へと引きずりこんでいく。


 アルスは必死に抵抗していた。魔法のようなもので、黒の手を切り裂いた。


 だが、黒の手は直ぐに再生してアルスに再び絡みつく。


 「無駄な抵抗じゃとお前もわかっているだろう。なんせこれはお前とわしが二人で開発したものじゃ、その力はお前が一番わかっておろう。」



 アルスは激昂していた。



 「貴様。こんなことが・・・許されると思うなよ。お前も道ずれに殺してやる。」


 そういうとアルスは右手を強引に黒の手から引き剥がして天へ向けた。


 それを見てアルテが舌打ちをした。


 俺はそんな景色をただ呆然とみていた。




 アルスの手は式を書き魔法を発動させていた。


 その発動を見届けた後、アルスは黒の世界に飲み込まれていった。


 アルスが飲み込まれた後、その世界は元から何もなかったと思うくらい綺麗に消えた。




 アルテはその後アルスと同じように式を天に向かって書き魔法を発動させた。



 そして、こちらを向いた。


 アルテが笑っていた。嬉しそうな笑みだ。前の様な不気味な笑みではない。


 凄く魅力的な笑みだった。



 そして頭を下げた。


 「ユウ坊。すまない」


 「ああ」


 俺は何がすまないのか分からなかったがとりあえず返事をした。


 「アルスはこれより後15年後に復活するじゃろう。それまでに力を蓄えてアルスを殺してくれ。


  過酷な道になるだろう。でもお前にしかできないことじゃ。だから頼まれてくれないかの?」


 「ああ」


 わかっていた。俺しかアルスを・・・あの神様気取りのクソ野郎を殺すことができないのだろう。


 アルテの言う特異点である俺しかできないことなんだろう。わかっていた。


 俺としてもアルスは殺したい。今更この状況で嫌だと喚く気なんてさらさらなかった。


 「ユウ坊よ、まずこの大陸を纏めよ。お前が特異点じゃ。だからお前が纏めたこの大陸すべてが特異点になる。そして、力を求めよ。この世界にはユウ坊がまだ知らない力が無数にある。その力を組み合わせてアルスを殺せる力を産みだすのじゃ。予言から外れたお前ならできる。」


 「ああ」



 「ならば、早く行け。救世主ユウ。お前がこの大陸をあやつから守るのじゃ。行け!!」



 俺はアルテのその言葉に頷き意識のないナツキを叩いて無理やり起こした。


 そして起こしたナツキとリディアにエリスを書庫の隠し通路へ運ぶように指示する。



 そして俺はアルテに向き直った。


 「お前は、一緒には来てくれないのか?」


 「薄々わかっておるじゃろう?わしは今動くことができぬ。アルスが残した最後の一撃は今、わしが防いでおる。ここから一歩でも動けば力のバランスが崩れてこの砦ごとユウ坊たちを吹き飛ばすじゃろう。」


 わかっていた。


 「俺に・・・できるかな?」


 「ああ、できるともさ。わしも最近までは諦めておったのじゃよ。でもユウ坊を見て思ったのじゃ。こやつなら予言を打ち破れると。そして打ち破った。

  だからユウ坊ならできる。わしはここまでじゃが、わしの希望もお主に預ける。

  勝手な話で悪いがのう。




  ここまでじゃ。いけ、救世主。そして頼む。ユウ坊。あやつを殺してやってくれ。」



 それはとても悲しい笑顔だった。


 泣いているような笑っているようないろんな感情が入り混じっている顔だった。


 俺はアルテとアルスの関係はしらない。それでも知らない関係ではなかったようだ。


 俺はアルテに背を向けて走り出した。


 書庫の隠し通路へ向けて。


 必死に走った。


 頭の中はグチャグチャだったが、やることは決まっていた。


 アルスを殺す。ナツキを幸せにする。リディアと共に大陸を制圧する。


 いつの間にか俺の肩には色々な人の思いが乗っかっていた。


 それでも俺は走り続けなければならない。


 それが俺が生き延びた意味。


 それが俺がこの世界にきた意味。


 投げ捨てることもできた。でもそうしなかった。


 俺はそうしたかったのかもしれない。


 だから俺は走った。


 書庫の隠し通路を走った。


 後ろから轟音が聞こえた。砦の崩壊する音だろう。


 アルテ・・・。


 その音は俺の背中を祝福しているような気がした。


 だから俺は振り返ることなく走った。


 隠し通路の先へ向けて走った。



 そして俺は隠し通路を走り抜けた。



 そしてこれから始まる15年間の苦悩の日々を走りはじめた。


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