第17話 第5代救世主『魔王』
奴らが来た。
現在の時間は昼の12時を少し回ったぐらいだ。
砦が米粒サイズに見えるまで高度を上げたバルーンバットを俺の命令が届くぎりぎりの5km向こうに配置している。
俺は今バルーンバットと視界を共有して奴らの動きを観察している。
奴らはリステ砦までの道を取り囲む森の入口付近で野営をしている。
あそこに陣を張ってこちらの様子を伺うのだろうか。
俺は自分の体に意識を戻して、リディアの手を握る。
まあ、どう攻めてこようが構わない。
俺はもう覚悟を決めていた。
人を殺すという覚悟を決めていた。
俺は守りたい。ナツキをリディアをこの国を。守りたいものがある。
だから俺は殺す。この世界の人間がどのような生活を送っているのかはわからない。
それでも妻がいて、子供がいて、恋人がいて、両親がいるんだ。
そんな人間を容赦なく殺す。
そんな繋がりを断ち切る覚悟を俺は決める。
別にアルスメイ帝国の人間に恨みがあるわけではない。
敵だからだ。理由はそれだけだ。
俺のやらないといけないこと、やりたいこと。その障害となるならば全てを殺して俺は進む。
悪魔と言われようが進む。
構わない。人になんて思われようが、構わない。
ナツキが幸せになってくれればいい。リディアが贖罪して死んでいったものに顔向けできるようになればいい。
俺はそれだけでいい。そのための救世主で、そのための俺だ。
ここから始まる。これから始める。神聖アルティア王国の大陸統一国家への道。
まず、この初戦で圧倒的な勝利を掴む。
もう食料もほとんど残っていない。共鳴石を買うためにお金もほとんど使ってしまった。この砦でのんびりする生活は終わりだ。
ここからは領地を取り戻す戦いだ。領土を広げて、首都を奪還する。
南部を抑えているリステワード王国も追い払う。まずアルティア王国の領土を取り戻す。
この戦いが終わったら、次はケール領へ侵攻する。
ルードラゴンを街中に出現させ混乱させる。そしてケール領にいるアルティア王国の兵士を蜂起させる。同時にスコープウルフの大群を街に侵入させケール領内のアルスメイ軍を全て殺す。その後、逃げていく敵兵をルードラゴンで焼き殺す。ルードラゴンの餌には当分困らなさそうだな。死体などそこらじゅうに転がっているだろう。
ケール領を制圧した後、そこから近くの領地の兵士をケール領に集結させ、周りの領地を制圧する。
もし街中に籠もるなら街ごと焼き払う。なんとでも言えばいい。その責任すべてをアルスメイ帝国に背負わせる。歯向かう奴がいたら殺す。リディアやナツキは悲しい顔をするかもしれない。その責めは負う。俺はなんと思われても構わない。必ず成し遂げる。そう決めた。そう誓った。
ケール領の周りを制圧したらそこからが勝負だ。
恐らく奴らが来る。ドラゴンスレイヤーたちが来る。
各領地から共鳴石を集めてルードラゴンを召喚しまくる。いくらドラゴンスレイヤーといえとも、完璧な連携をしてくるドラゴンの群れに勝てるとは思わない。ドラゴンスレイヤーの3人さえ殺してしまえば、アルスメイ帝国など敵にもならんだろう。やれる。必ず。
そのあとは首都奪還だ。どれだけの兵士がこようがルードラゴンの大群で追い払う。余裕だ。街をできるだけ壊さないように注意しながら奴らを追い払う。居座るようなら殺す。容赦なく殺す。
それでこの国の再建はなる。
そのあとはアルテワード、キスカと連絡を取り属国にする。
アルテワードは救世主を恐れている。俺が本気で攻め込む動きをしたら降伏するだろう。しなければ殺す。それだけだ。
キスカは好きにすればいい。大した戦力もないのだ。優秀な召喚術師がいたとしても、だからなんだというのか。歯向かわなければそれでいい。
ベイス神王国は属国だったな。勝手に宗教を広げればいい。好きにしろ。
そしてアルスメイ帝国。首都は消し炭にする。民衆に対しては避難勧告くらいはしてやろう。王族は逃がさない皆殺しにする。裏切った大臣は殺して磔にしよう。二度と歯向かうものが出ないくらい徹底的に。それで終わりだ。
ほら簡単だ、この大陸くらい俺の今の力があれば十分制圧できる。
都合の良すぎる予定の話だが、出来ない話ではない。
これから殺す数を考えれば、たった2000人なぞ端数だ。そう考える。
それに俺は接近戦で殺すのではない。俺は砦の中からルードラゴンに指示を出して殺させるのだ。もはやゲームと一緒だ。その人の人生なぞ知ったことか。俺の敵に回った奴が悪い。運が悪い。自分を恨め。
問題ない。やれる。いや。やる。
俺はそんな事を考えながら食堂にいた。
その他の人も大体食堂で座っている。
アルテは珍しくカバンを下げている。それ以外はいつも通りだ。目を閉じているのでスコープウルフに乗り移って巡回をしてくれているのかもしれない。
エリスは少し緊張している。鉄鎚を椅子の横に立てかけてその柄を顎に当てて考え事をしている。額に皺が寄りっぱなしだ。可愛い顔が台無しだ。
フォクシーさんとカースさんは静かに目を瞑っている。彼女達は隠し通路の先の馬車の護衛だ。そっち側から攻め込んでくることはまず無いだろうが一応保険はかけておく。そもそも接近戦しかできない彼らは今回出番はない。エリスと一緒に出陣させると死体になってしまうらしいからな。今回はお留守番してもらおう。
ナツキはガチガチに緊張している。手が震えている。唇が震えている。目が泳いでいる。緊張しすぎだ。戦わないんだからもう少し落ち着いていて欲しいものだ。
メイドさんたちは今は姿が見えない。きっと厨房でつまめるものでも作ってくれているのだろう。なんか肝が据わっているな。
リディアは俺の顔をみて悲しそうな顔をしていた。ついさっきまで俺の手を掴んで俺の考えを見ていたのだ。彼女はまだ俺の事を地獄の住人として誤解したままだ。そういえば解いてなかったなと今更ながらに思う。だが今回はそれで都合がいい。俺のこの考えが強がりだと思われたくない。俺は地獄からきた救世主でその戦い方は地獄流だ。それで彼女には納得してもらう。それでいい。
リディアは優しすぎる。どうにかして優しい手段で領地を広げられないか考えるだろう。俺はそんなこと出来る訳がないと考えている。当然だ、アルスメイ帝国は非情だ。大臣を裏切らせたり絡め手だろうがなんだろうが勝てるためならしてくるだろう。そんな相手に甘っちょろいことは言ってられない。リディアには悪いが、当分の間はお飾りの王女様をやっていてもらうしかない。
汚いことは全て俺がやる。終わった後の国を綺麗にリディアが治めればいい。
俺はもう一度バルーンバットに乗り移って奴らの監視に戻った。
奴らが動き出したのは日が落ちて少したってからだった。
奴らは野営地を残したままリステ砦に攻め込んでくるみたいだ。
お前たちはもうそこに戻ることはない。
そんな事を思いながら俺は自分の体に意識を戻した。
バルーンバットは屋上に戻るように指示をだす。
俺は食堂の椅子から立ち上がった。お昼からみんなここで座ったまんまだった。
俺が立ち上がると全員の視線が集まった。俺は少し笑いながら言った。
「動いた。もうすぐ来る。さあ、始めよう。」
そこからの動きはみんな早かった。
カースさんとフォクシーさんはメイドさん達を連れて書庫の方へ向かった。
エリスは真っ直ぐに砦の入口へ鉄槌を引っ提げて歩いていった。
アルテは階段を上がっていった。何をするつもりなのか・・・。まあアルテに関しては任せてもいいだろう。なんせ250歳オーバーだ。若造が口を挟むものではない。
さて、俺はリディアとナツキを連れて2階の教室へ向かった。
逃げることを考えると書庫でもよかったのだが、2階の教室の窓からは肉眼で戦場を見ることができる。屋上でもよかったのだが、ルードラゴンの流れ弾でも当たったらひとたまりもないだろうから教室に決めた。
俺たちは教室の窓の前に椅子を用意して3人並んで座った。
ナツキは俺の左でリディアは俺の右で手を握っている。リディアには思考を読み取らないように言った。
ナツキの手は震えていて少し湿っていた。そんなナツキの手を少し強めに握ってあげた。安心しろ大丈夫だ。
俺は二人に言った。
「じゃあ、いってくるよ」
二人とも俺の顔をみて神妙に頷いた。
俺は屋上付近に戻ってきていたバルーンバットに意識を飛ばした。
さあ、初陣だ。
バルーンバットと視界を共有した俺はまず、高さを調整する。ここ最近何度も何度も行ってきた高さ調整だ。ちょうど良い高さまで上げたら、先行して森の上空まで移動した。
アルスメイ軍は真っ直ぐに道を進んできていた。まあそれしか道はないのだが。
4列に並び長い長い列を作っている。剣を腰に射しているもの、弓を手に持っているもの、ローブを着ているもの、盾を持っているもの色々いた。中腹くらいに1人で列を作っている奴がいる。あれが指揮官だろうか。
4列ならんでいるから×500だろうか。かなりの長さになっている。森の中を進んでいる奴をサーモグラフィーアイで探したが動物しかいなかった。真っ直ぐ数で押し潰す気か。
それならそれでいい。
そうこうしているうちに最前線は兵の詰め所の分岐点に差し掛かっていた。ちなみに詰め所にいた兵士はもう全員各領地へ向かわせている。俺がその領地に近づくまで各領地の兵には息を殺して待っていろと伝令を送る。そのために使っていた。
だから俺の手元の戦力はルードラゴン3体と砦内に仕込んでいるスコープウルフ4匹とバルーンバットとエリス、アルテだ。これで2000の兵を殲滅する。
最前線の兵士がリスト砦までの道に設置してある鉄柵を押し倒した。
よし計画通りだ。
そのまま引き付ける。俺は一度バルーンバットを砦の方へ戻した。その途中、門の下に仁王立ちするエリスを見つけた。
彼女は鉄鎚を地面に突き刺し腕を組んで仁王立ちしていた。顔に緊張の色はもう見えなかった。純粋に殺すという意思だけが伝わってきた。アップで見た時にバルーンバットと目が合った。視線だけで背筋が凍る思いだった。
エリスが敵でなくてよかったと思う。今の彼女ならルードラゴンぐらい殺してしまいそうな気迫があった。
仲間にいる分には頼もしい限りだ。
さて、そろそろか。
俺は眼下のルードラゴン3体に命令だした。
それに従って赤黒い鱗のドラゴンが3体飛び上がり滞空した。
作戦は簡単だ。
まず3体の炎球で周りの森を燃やす。その後、道上にドラゴンをブレスを吐かせながら3体で走らせて燃やし尽くす。それだけだ。それだけで2000人の兵士が消し炭になる。飛ぶドラゴンに奴らの悲鳴など届かない。何も怖くない。残るのは2000人を殺したという事実だけが俺の心に残る。それだけだ。
俺はもう一度決意をし、奴らに向き合う。
何故か夜になって仕掛けてくれて助かった。夜襲の方がこちらの視界を奪えるとでも思ったのだろうか。
こちらとしても夜で良かった。日が高いうちに来られていたら、ルードラゴンを見られてしまうからな。こっちは砦から5kmまでしか命令できない。ここで2000人を確実に始末しないと後々面倒だからな。
そう思い、敵陣の一番先頭がしっかり砦を目視できる距離まで近づくのを待つ。
待つ。
待つ。
来た。
俺の心は驚くほど冷静だった。アースクラフトの決勝戦の時のように冷静に敵を殲滅するための手段を実行する。
その瞬間3体のルードラゴンは炎球を三つそれぞれの木の群れに打ち込んだ。
ルードラゴンから放たれた炎球は彗星のように炎の尾を引いて地面に向かって突進する。
バルーンバットから見るその景色は幻想的だった。
その数瞬後、3つの炎球は地面を抉りとり爆散した。爆散しながら森を赤く染めた。その赤は瞬く間に森すべてに広がり奴らの退路を断ったのだった。
俺はすぐさま敵の最前列の前にルードラゴンを移動させる。
そして驚き喚く兵士に向かって3体でブレスを吐かせた。
その後の光景はまさしく地獄だった。
3体のルードラゴンは道に合わせて上空を走りながらブレスを吐き続けた。逃げ場を失った兵士はただただルードラゴンを仰ぎ見て呆然としていた。それでも容赦なく俺は奴らにブレスを浴びせた。
時間にして数分もかからなかっただろう。
ルードラゴンにブレスを吐かせながら2往復させただけだ。
それだけでそこからは人の音が無くなった。そこにあるのは木が燃える音だけだった。
そんな光景を見ても俺の心は平静を保っていた。自分でもよくわからない。これが人を殺す感触なのだろうか。俺にはゲームの光景と何が違うのか全くわからない。
この時に気づいた。リディアは俺が地獄から来たと言った。その言葉の通りだった。
俺はこの視点から見る死に慣れてしまっている。この視点から見る世界は常に死の世界だったのだ。俺はこの視点から世界を見るとき人の感情を失っている。そういうことだ。俺は本当に地獄の世界からやってきたのだ。
俺は決心がついた。
もう壊れていたのだ。何を恐れることがあろうか。この大陸を血で染める。己の欲のためにこの大陸を血で染める決心がついた。
その時だった。
燃やし終わった3体のルードラゴンはバルーンバットの下で滞空していた。
その一番右にいたルードラゴンの首が音もなく胴体と離れた。
理解できなかった。知覚できなかった。それでも時は動いていた。
俺の視界のなかで首と胴体が墜落していった。
一瞬の出来事だった。
俺は瞬間的にルードラゴンの高度を落として燃える森の中に着陸させた。
―――――何だ―――何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何が起こった??
知覚できない何かの攻撃を受けてルードラゴンが一匹殺された。
どこからやられた?
誰だ?ドラゴンスレイヤーか?いや、違う。そんなレベルではない。知覚すら許されなかった。
あんなもの人ができるものではない。
ではなんだ?
あっ
気づいた時にはもう一体のルードラゴンの首が地面に落ちていた。胴体からは血が噴出している。
どこからだ・・・。どこからやられた・・・。
森全体に視界を移した。そこに異常があった。
砦からみて右側の森の一部が円形状に燃えていなかった。
明らかにそこだけおかしい。そこにはまだ緑色の葉が残っていた。
そこか!!
俺はすぐに残った一体のルードラゴンに炎球を打たせた。
しかしそれは円形状のエリアに到達する直前に霧消した。
そんな・・・ことが・・・・・・・・・・・・。
俺の頭がフリーズする。
どういうことだ。こんな物理法則全てを無視したような事がありうると言うのだろうか。
やばいやばいやばいやばいやばい。
どうする。
こんな時どうすればいい?
どうすればいい?
そして最後のルードラゴンの首も胴体から離れた。
終わった。俺はそう思った。
ルードラゴンを3匹も殺せる奴がいる。この事実だけが俺の頭に残っていた。
そしてその事実は俺の心をへし折っていた。
初めてだった。どれだけゲームで負けても折れなかった心が折れた。
そんな俺の気持ちをあざ笑うかのように奴はそこに立っていた。
そう、バルーンバットの目の前に立っていた。
そして、それは口を開いた。
「やぁ、救世主。君は生を楽しんだかい?」
真っ白に金色の刺繍が入ったフード付きのローブを着た人間が高さ30m近くの空中に立って俺に聞いてきた。
「君は生を楽しんだかい?」
もう一度聞いてきた。何か言い返そうとしたけど、声にならなかった。そうだバルーンバットは喋れない。
「そうかい、喋れないのかい」
白いローブの男はそれだけ言うと左手を砦に向けた。
その向けた先は丁度俺の居る部屋のあたりだった。
やばい。
そう判断した俺はすぐに自分の体に戻って、ナツキとリディアを部屋の角に押し込みその上に覆いかぶさった。
その一瞬後、雷が落ちたような轟音が響き渡り突風が部屋の中を吹き荒れていた。壁の石が飛び回り石と石がぶつかり合う音だけが聞こえる。
俺にはそれがこの二人に当たらないように祈ることしか出来なかった。
音がやんだ。
もう大丈夫なのか。
俺は顔を上げてリディアとナツキの無事を確認する。
二人とも土が顔に付いてはいるが大丈夫そうだ。意識は無さそうだが息はある。
やばいな・・・。
アイツはなんなのだ。
とりあえず振り返って部屋の状況を確認した。
俺は硬直していた。
目の前の景色が信じられなかった。
部屋の石壁は抉り取られて外の景色が見えていた。
その外の景色にあるはずの山も削り取られていた。
目の前に広がるのは廃墟のようになってしまった教室とその外に見える抉れた斜面。
そして、白ローブが廃墟の切れ目ギリギリに立ってこっちを見ていた。
心が捕まれる。動けない。動いたら殺される。脳をリディアに鷲掴みされたあの感触に似ている。
こいつは誰だ?誰なんだ。
「フフフ。僕の名前はアルス。聞いたことあるよね?救世主君」
心を読まれた。
「そんなに驚かなくてもいいよ。君の行動は全て私の予言通りなのだからね。」
「なにを・・・言ってるんだ?」
かろうじて声が出た。
「君は僕の予言通り誕生して、僕の予言通りここで死ぬんだよ。そう、だって君は第5代救世主『魔王』なんだからねぇ。」
そいつは言い終わると奇妙で不快な笑い声で俺の事を見て笑っていた。
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