カツオ革命。プリティジョーズ。あれがまちのシンボル。

「日付、ほとんど二〇一二年だね」

 わたしの発見に、三ツ葉は大きく頷いた。


「この復興屋台村は二〇一一年十一月頃から始まったっていうから、お客の多くは始まって間もない頃にメッセージを書き残したんだろうね。最初のメッセージはどこにあるんだろう。ひとつひとつ辿ってみるのも、また面白そうだ」


「はい、お待たせ」

 まかない丼は、カツオとビンチョウマグロ、ネギトロ、それに蒸しウニが載っていた。お新香とわかめの味噌汁もセットで千円だ。まさかウニをここで食べるとは思わなかった。


「旅の三日目、お疲れさまでした」

 日本酒の入ったグラスをカチリと合わせた。


 早速醤油を加える。でもちょびっとだけだ。このテクニックはホテル観洋で食べた刺身から学んだ。多すぎると海鮮の味が台無しになるからいけない。

 うおの臭みはわさびで調える感覚で。わさびが食べられる大人になれてよかったと、心の底から感謝する。


 まずカツオから食べることにする。カツオ、気仙沼の顔だ。

 二度噛んで、三度噛みしめたときだった。カツオは口内で突如として溶けてしまった。

 ほのかな脂の甘味が余韻として残る。まるで中トロみたいだ。いや、味の濃さでいえば中トロ以上ともいえる。これが気仙沼のカツオなのか。


 マグロも同様に、口に含んで数度の咀嚼ののち、消えてなくなった。

 ふんだんに盛られた蒸しウニは一度ばらばらにほぐし、全体にまぶしてご飯やカツオと一緒に頬張った。

 ウニのふりかけ。これぞ至高。大昔の気仙沼人も、きっとこうして黄金の身を食していたに違いない。


 鼻から息を洩らし、至福に酔いしれる。グラスを傾け、辛口の冷酒を舌に染み渡らす。香りが変わって鼻孔がひくひくした。

 ここはなにを食べてもはずれがないように思えた。


「おいしいね」

「この蒸しウニ、ほんのり塩味があって絶品だ」


 しばしまかない丼を称賛し合った。そのうち、これが〈まかない〉なのが信じられなくなる。このまちの人間は、こんなおいしいものを常食しているというのか……!


「春のカツオは初鰹、秋のカツオは戻り鰹と言うらしいよ。一般に初鰹は脂のないさっぱりとした味なんだって」

「わたしがよく食べるのは、それかも」


「〈目には青葉 山ほととぎす 初鰹〉ってね。私もカツオはさっぱりしたもんだと思ってたよ。ただ、三陸のカツオは春でも秋でも、脂がのってておいしいんだって。今まで、もったいないことしてたかもね」

「あ、それもしかして、シャークミュージアムの知識?」

「まあね」

 三ツ葉は日本酒を一口飲んで答えた。


「シャークミュージアム、サメへの情熱が深かったよ。いや、サメそのものが奥深いものだった。ホオジロザメみたいな獰猛なサメもいるけど、ジンベエザメみたいなプランクトンを食べる大人しいサメもいるし、よく見ると呆けた顔でかわいいやつだったりするわけよ。それに、メガマウスみたいに太古から生きてるけど生態が掴めない種類もいてさ。私は無理だけど、きっと歯の形だけで一時間語れる人もいるんじゃないかな。それくらい、興味深いよ。〈ジョーズ〉に惑わされちゃいけないなって。

 ただ、シャークミュージアムはサメだけじゃなかったんだよ。半分は震災と気仙沼漁港に関わる内容だった。気仙沼港と関わり深いカツオもちゃんと紹介されてたし、震災後の漁港がどういう経緯を辿ってきたのかも、具体的な数値を用いて解説がされてたよ。据え置きのタブレットで被災者の体験談を聴くこともできたし」


「体験談?」

「津波に呑まれながらも、助かった人の話とか、消防士や漁師の語りだよ。第十八共徳丸きょうとくまるは解体されたけど、これからはあの施設がまちの震災シンボルになるんだろうな」

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