復興プレハブ屋台横丁。寄せ書きハウス。世界中の手癖がここに。

 夕方の五時を過ぎた。ちょっと早いかもしれないけど、夕飯にすることにした。

 南気仙沼から漁港を通過する道路に沿って歩くと、復興屋台村気仙沼横丁に到着する。横丁とあるけどそういう通りになっているわけではなくて、空き地に建ち並ぶ仮設商店街だった。


 鉄パイプと赤提灯のオシャレな入口をくぐると、灰色のプレハブ商店が連なっている。居酒屋が多いようだけど、なかには今風の喫茶店やバーもある。


「どこも準備中みたいだ」

「ちょっと早すぎたかもね」


 五時半とか、六時に開くのかもしれない。と、一件だけ暖簾のかかったプレハブを発見した。

 木製イーゼルに立てかけられたボードには〈たすく〉と書かれている。


「開いてそうだ」

 そう言ってドアノブに手をかけた三ツ葉が止まった。

「どしたの?」

「いや……」


 その意味がわかった。ドアにびっしりと文字が書き綴られているのだ。

 ラクガキじみた文字群は、ここで食事をした人たちが書き残していったものらしかった。


 しかし、ドア部分の足跡はほんの序の口だった。


「いらっしゃい」

 暖簾をくぐると、壁の隅に取りつけられたテレビを観る女性が立ち上がった。他に人の気配はない。店主らしい。


「食事かしら?」

「はい、二人で」


 窓際のテーブル席に案内された。

 ここでようやく店の様子を見渡すことができたわけだけど、ちょっと唖然としてしまう。


 床から壁から、どこもかしこもサインペンのコメントが散らばっている! それは当然机も椅子も、およそ油性ペンを弾かない場所すべてに記念の書き込みがされていた。

 白い壁は黒字で書いた記念の一言の上に、赤字で応援メッセージが重ねられていて、さらにその空白に黒字のメッセージが添えられている。巨大な寄せ書き、しっくりくるたとえだ。


「これは……壮観だね」


 三ツ葉はシャッターを押して言った。

 プレハブの小屋なんてどこもおんなじように見えるけど、ここは違う。こんな特別なとこ……来た人にとっての特別な場所、きっと世界中でこのたすくにしかない。


「食事はここから選んでくださいね」

 店主の女性は壁にかけられたお品書きの板を指し示した。その木板が唯一黒インクの滲んでいない代物だった。天井にまで店の感想と日付がびっしり書き記されている。


「どうしよう。まかない丼にしよっかな。『気仙沼まかない丼、サイコー!』だって」

 三ツ葉は腕組みしてつぶやいた。


「わたしもそうしよっかな。なんか、みんなオススメしてるし。これとか『また来ます。まかない丼食べに』だって!」


 その脇に食パンマンのイラストが付いていた。どうして食パンマンなのか、それは描いた本人にしかわかんないけど、とってもチャーミングなイラストだった。日付は二〇一二年十月だった。


「依利江はお酒飲む? うち冷酒飲もうと思うけど」

「じゃ、付き合おっかな。一昨日飲まなかったし」

「オッケー」


 三ツ葉が注文する。そのあいだたくさんの人々の思いを読んでいた。調理場からトン、トンと食材を切る音が聞こえる。


 ――おいしいご飯をありがとう! 心があたたかくなりました! がんばってください! 二〇一二年六月


 ――初恋の味がする。 平成二四年一月


 ――おいしかったです。楽しい会話にカンパイ! 仙台 二〇一二年四月


 ――賄い丼いただきました。名古屋から応援しています! 二〇一二年二月


 ――二〇一三年七月 大好き。


 縦書き横書き、斜め書き、壁の仕切りに刺さった名刺、魚(これはカツオだ)のイラスト、もじゃもじゃヒゲのコックさん、丸文字、達筆、大判サイズの巨大文字から人差し指の爪程度のボールペン字、およそ考え得るすべての書体がここにあった。

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