南気仙沼駅/復興屋台村

地図にないまち。コンクリート片に立つ少女。一本の時間軸でかろうじて。



 バイパスと東浜街道を横断し、うっすら砂の堆積した橋を渡る。旧気仙沼線の鉄橋をくぐる。左手側に丘があるのを確認しながら走る。

 グーグルマップには信号のある丁字路に出るはずなんだけど、そんなものは見つからず、砂利の道が続いていくばかりだった。


 地図にないまちというのは、ここのことだ。


 私の脇をのろのろとダンプが走る。タイヤが砂で真っ白だ。それは金港館の自転車も同じだった。漕ぐのを諦め、砂利道は引いて歩くことにした。なんか、パンクしそうな気がした。


 ここら辺の平地は、戦後埋め立てられた土地だったと思う。だからなのか、道以外の部分は窪んでいて、ガマのような草が生えている。いや逆か。地盤沈下で湿地と化した土地に、仮の砂利道を無理矢理作ったのだ。


 ちくわみたいな穂がそこらじゅうぶらぶらしている。根元は大きな沼地状の物体に覆われていた。たぶんヘドロに緑色の苔が生えたものだと思う。昨晩降った雨のせいでたっぷりとドブみたいな臭いの漂う水の溜め釜になっていた。引きちぎられたトタンの破片がヘドロに突き刺さっている。


 細い路地に分かれる場所があったから、そっちを行くことにした。背の高いネットフェンスに囲まれた砂利道を進むと、真っ黒いアスファルトの道に出た。周囲には巨大なプレハブ(高さ八メートルくらいはある)の水産加工工場を除けば、更地というか、荒地同然だった。


 視線を落とすと家の土台が丸見えで、間取りがよく分かる。かつてお風呂場だった部分にタイルが張られている。そこだけ草が生えていない。居間も玄関もネコジャラシだらけなのに。


 よくわからない景色が、灰色の防潮堤に至るまで続いてる。そのど真ん中に――いた。カメラを構える茶髪の女性。三ツ葉だ。

 三ツ葉はブタクサに囲まれた巨大なコンクリートの塊の上に立っていた。

 ぬるまったい風が吹いて、草と三ツ葉の濃灰色のTシャツを揺らす。なにかの虫がカチカチ鳴いている。


「三ツ葉、なんてとこにいるの」

 草をかき分け、コンクリート片によじ登る。顔を上げると真剣にカメラのディスプレイを見つめるカメラマンの横顔があった。しばしその姿に見とれていた。コンクリートに触れてた手が熱くなった。


 点字ブロック?

 コンクリートには、ヒビ割れた点字ブロックが張りついていた。そのヒビからナズナが伸びていたから、近付かないと気付けなかったけど。そして不自然な〈3〉って文字が記されていた。

 その数字を見て、なんとなくこのコンクリート片の正体がわかったような気がした。


「ここ、駅?」

 そのつぶやきに三ツ葉はカメラを降ろした。

「当たり」


 ここはJR気仙沼線の、南気仙沼駅ホームだった。今やこの塊とすぐ隣にあるコンクリートの広場(きっとバスロータリー)以外に、ここが駅だと推測できるものはなかった。


 たしかリアスアークにも南気仙沼駅を捉えた写真はあった。印象的だったから覚えてる。

 被災物が満員乗車しているバスが広大な水たまりの上に並んでる写真だ。海水で錆びついて、窓は全部割れてる。ところどころひしゃげてバスの車高がどれも違っている。それが、まるでおびえた表情で肩を震わせ、身を寄せ合ってる子供みたいに見えた。

 今そのバスの姿も、駅舎の姿もない。


 あの日から変わったようでいて、変わってないようにも思える。一本の時間軸でかろうじて結ばれていた。

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