3カラットの暴力。歩数を数える。ツタ絡まるトンネルに絶望。

「あのねえ、依利江は考えすぎなの」

 三ツ葉はそう慰めてくれた。


「過去のことは過去のこと。私たちは充分悲しんだ。そうでしょう? 今は楽しみで仕方ないよ。まちはどんどん変わってく。震災の教訓を糧にして、ゼロから生まれ変わってく。一ヶ月後、半年後、一年後……今の南三陸町を見られるのは、今しかないと思う。

 変化してくまちと、大昔からここに暮らす人たち。その関わりのなかでなにが生まれるのか。私は伝えることと見守ることくらいしかできないけど、その二つができることが嬉しくてたまらないんだ。

 だから事前の覚悟なんていらないよ。覚悟は、もう一度来たいと思ったときしようよ。負い目を感じる覚悟じゃない、願望を現実にする覚悟だ」


 その一言一言が輝いていた。


 わたしは三ツ葉を知ってる。うわべだけのきれいごとじゃないことを誰よりも知ってる。三ツ葉の言葉を笑い飛ばせる口調じゃない。三ツ葉の使命の表れだってわかるからこそ、わかってしまうからこそ、それは暴力だった。


 きらめきが重荷になってのしかかってくる。わたしを思いやってくれてるんだって心遣いとか、過去と今を割り切って考えられるとことか、「願望を現実にする覚悟」なんてキメ台詞を有り体のまま言えちゃうとことか。

 その一個一個がわたしの欠損部分であり、コンプレックスだ。三ツ葉の慰めを受け容れた分だけコンプレックスはらせん状に深まっていく。


「やっぱすごいなあ、三ツ葉」


 わたしは笑顔で答えることにした。

 たぶん三ツ葉はわたしが言うまで気付けない。彼女は自信の塊だから。


「歩ける?」

「うん」

「行こっか」


 時刻は六時半を過ぎていた。山に囲まれた国道は薄暗く、トラックはライトを点灯させている。



 何度目になるだろう。バッグをさげる肩を入れ替える。気が楽になったのも束の間、筋肉をえぐる痛みが襲いかかってくる。

 三ツ葉の赤いバックパックを追いかけ、機械的に足を動かす。頭は思考を停止させ、歩数をカウントしはじめた。二十歩、二十一、二十二……。


 ダイエット、始めてよかった、と思う。これ以上の重量をぶらさげていたら、さすがに立ち止まっていたことだろう。あわよくば食糧制限ダイエットではなく、エクササイズで体力増強を図っていれば御の字だった。八十八、八十九、九十……。


 ちょっとずつ距離が遠のく背中が恨めしいと感じつつも、痩せるキッカケになったという点でいえば、感謝しなくちゃいけない。三ツ葉の体型に憧れて痩せはじめたようなもんだ。目標までの道のりはいうまでもなく途方もないけど。百四十五、百四十六、百四十七……。


 この前体重を聞いてびっくりした。わたしより背が高いのに、体重は軽いのだ。ずっと軽い。百六十八、百六十九、百……十の位が繰り上がって、次は何歩目だっけ。もう数えるのはやめにしよう。


 目標体重とホテル観洋、どちらの道のりのほうがあるのだろうか。ひぐらしの声が遠くから近くから鳴り響いている。喉は焼けるほど暑いのに、汗が冷えてきて寒さを感じていた。服が汗を吸って重たい。肩が痛い。足の裏がしびれる。ひぐらしが薄気味悪い。

 どこまで歩いたのだろうか。ふと前を見ると、漆黒のトンネルがあった。青々と茂ったツタ植物が入口を彩る。それは気仙沼線のトンネルなのだけど、絶望に通じる釜にしか見えなかった。


「着いたよ」


 前から弾んだ声がする。その指の先に視線を移すと、白く広大なビルが建っていた。


「ホテル観洋、今日の宿泊地だ」


 それを認めると、どっと疲れが押し寄せてきた。一刻も早く眠りにつきたい。そう強く祈った。


 志津川駅を下車して60分。ぴったし、ほんとうにぴったし60分。わたしたちはホテル観洋に到着した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る