一千年の時刻表チェック。責めない針。友達という訂正語句を耳に。
坂道の手前で荷物を一旦降ろす。一度深呼吸をしながら大きく伸びをした。
「あのおじさま、とてもいい人だったね」
ペットボトルを片手に、三ツ葉が言った。
「昔JRで働いてたみたいだよ。だから気仙沼線のこと詳しかったんだ」
「そうだね」
わたしは相変わらず考えごとをしていた。
「一千年語り継ぐって言ってた。すごいよね、千年。一瞬でも心のなかで冗談でしょって笑い飛ばしちゃった自分が恥ずかしいよ。……夢を語るような口調じゃなかった。運転士が次乗る電車の時刻表を確認するような言い方だった。もはや使命なんだなって。人は強く使命を抱くと、途方もないことですら業務的に見つめられるようになるのかもしれない」
「ねえ、三ツ葉」
「ん、なに」
「わたし、ここに来なかったほうがよかったのかもしれない」
「え」
三ツ葉は意外そうな顔をした。それがショックで、弱音を吐いてしまったことに後悔した。
「わたし、準備不足だった」
深く考えずに口走ってしまうの、本当にヤダ。でももう引き返せないので、思いの丈を吐くだけ吐いてしまいたかった。
「このまちのことや……石巻のことも、これからのまちのことも、なにも知らない。たくさんの人が犠牲になって、たくさんの人がまだ生活を取り戻せてない。苦しんでる。大勢仮設暮らししてるってことさえ知らなかった。せいぜい百人かなって。覚悟不足だった」
怖かった。
瓦礫とか、雑草とか、そういう怖さもあるけど、やっぱり人が怖い。わたしの発言を聞いてどういうふうに思われてるのかわからなくて、怖い。
ここで自白したかったけど、言えなかった。三ツ葉との関係が壊れてしまいそうな気がして、それがなにより怖い。
「わたし、ここにいちゃ失礼だよ。言うこと言うこと、全部失礼になっちゃう。わたしは三ツ葉みたいに話うまくないし、空気も読めない。無自覚であのおじさんを傷付けまくってたんじゃないかって」
「依利江」
三ツ葉はわたしの頭をそっと撫でた。
「大丈夫だよ」
そう言った。
「依利江は大丈夫。あの人も握手してくれたじゃないか。嬉しそうに答えてたの、私覚えてるよ。遊びに来てくれって、そう言ってくれたじゃないか。歓迎してくれたってことだよ」
「でも、わたし、覚悟が……」
「いいんだ、覚悟不足でさ。依利江は依利江の見たいように見ればいいんだよ。覚悟抜きの目で見たっていいし、目を瞑ったって、私は依利江を責めないよ。私がいるんだから。苦しかったら頼っていいんだから」
やさしい言葉がちくちく痛む。
大きなタンクローリーが仮設の橋を渡る音が聞こえる。バイクがエンジンを唸らせて坂をぐんぐん上っていく。
「三ツ葉はなんでそんなわたしにやさしくしてくれるの? こんな、なんの取り得のないわたしのこと」
「依利江はさ、ちゃんと、見てくれるから」
「えと、ちゃん……?」
その声は妙に小さかった。道路の音がうるさかった。大切な部分を聞き逃してしまった気がする。
「依利江は友達だからだよ」
訂正して返してきた。
三ツ葉は「ちゃんと」のあと、なんて言ったんだろう。「友達だから」って言葉じゃなかったはずだけど。
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