無力な雑学王。隣の席の女性。おいおいを蘇らせる。
「栄村のこと思い出したの、あれから四年後だったんだ。高校三年の夏。家族旅行で十日町まで行ったのさ。十日町、新潟奥地にある温泉のまち。わざわざ鈍行電車で。途中、栄村を通り過ぎるんだけど、そのときやっと、ここで地震があったことを思い出したんだ。情報がなきゃ、なにもできない自分ってのも透けて見えちゃってさ」
三ツ葉はかき氷を二三口スプーンですくった。なにか考え事をしているようにぼんやりと窓の向こうの山を見つめていた。
「無力な高校生だったよ」
三ツ葉はにやっと笑った。
「私さ、高校はあんましいいとこには行かなかったんだよ。中の下ってところのさ。卒業したら働くか専門行くような連中ばっかのとこさ。そんなかでひたすら勉強したんだ。……人付き合いを避けてたわけじゃないよ。要は、勉強を趣味にしちゃったんだよ。みんなと同じ道を歩みたくないって思ってたのかもしれない。ま、あの学年じゃ一番物知りだったって誇れる程度にゃ勉強したね。奴らが訊けばなんだって答えられたし、先生と対等に張り合えるくらいには自信もあった。ハウツー本も雑学の本も読んだし、クイズ番組の問題もたくさん覚えた。一目置かれる快感――要するに自分に酔ってたんだ。栄村のこと、知るまではね。
むしろ自分の無知さに気付けたのが高校時代最大の収穫だったと思う。知識ばっかり増えてたくせに、間近で起きていた大事件について、これっぽっちも知らなかった。ネットで書かれていることも、テレビで放映してるものも、世の中を切り取った一部分にすぎない。そのどちらにも描かれないものが世の中には溢れている。小惑星のなかを漂ってるような気持ちになったよ。知らないものはなにもないと思ってたけど、それは誰かが発信したものを知っているに過ぎない。それから私は、私の見たものを伝えたいと思うようになったんだ」
私の見たものを伝える。
先生に反論するために、三ツ葉は諏訪まで行ってたんだっけ。
今の三ツ葉は、高校時代に固まったんだ。
隣の席に三人の女性グループがやってきた。ゴレンジャーのかき氷を見て、ひとりが驚いて固まった。やっぱりこいつのインパクトはデカい。
昼過ぎになってBULE ZONEは混みだしていた。テーブル席は全部埋まっている。
「三ツ葉のそういう話、初めて聞いたよ」
「どういう話?」
「過去話」
「わざわざ話さないよ。だってアズ高のルーミンとかマルやん先生とか、知らないでしょ?」
「そりゃ知らないけど」
「知らない人たちの話なんて、しても面白くない」
「でも三ツ葉の昔話、面白かったけどな」
「そりゃ震災ネタだったからでしょ。基本自分語りなんて自己完結だよ。相手は反応に困るもん。反応に困るから、相手も自分語りしなくちゃいけない気がして誤魔化すんだよ」
「わたしはそれでも面白いと思うな、自分語り。なんて言えばいいのかな。あんな饒舌になれるってことは、それだけ強い気持ちがあるってことでしょ?」
「私、饒舌だった?」
「とっても饒舌だった。それに、話したネタは次のおしゃべりのネタになると思う。今度雑学教えてくれたとき『それなんていう雑学本に書いてあったの?』って言えるわけじゃん」
「くだらないな」
「くだらないくらいでいいんだよ。他人が見たら暗号交わしてると思われるくらいワケわかんなくていいんだよ。二人だけしか伝わらない会話であればあるほど充実感感じるな。その為の基礎作りに、過去語りは必修だよ」
「そこまで言うんなら……ま、おいおいね」
観念したふうに息を吐いた三ツ葉を見て、わたしはなんだか嬉しかった。
おいおい。三ツ葉が昔の話を切りだしたら、その言葉をわたしは思い出すだろう。わざわざ言葉にすることじゃないから三ツ葉には言わないけど、三ツ葉が話してる最中きっとこの特大かき氷を目に浮かべるだろうし、のんびり流れる川となだらかな丘の光景を蘇らせるだろう。
フラッシュバックはほんの一瞬のことで、それからは話を聞くことに集中すると思うけど、そのほんの一瞬が大切なのだ。
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