切り離し不可。終わった震災。才能を見出す才能に哀。

「この目で見て正解だったと思う。もはや切り離せないんだなって。津波とか、地震とか。当たり前のことだけど」


「東北の話?」

「いいや、石巻の話。なんかさ、マンガロード歩いてたとき思ったんだ。ほとんどキレイになってたけど、そのままのものもあってさ。建物とか、街灯とかさ。ここも一階が浸水したって話だよ」

「え、そうなの?」

「あんたが009の展示をじっと見てたときに、係員に聞いてみたんだよ」


 うわ、いつの間に……。


「浸水したって言っても、大きな損傷もなかったし土台ごと流れることもなかったけど。津波を想定した設計だったから大事にはならなかったんだってさ。修繕工事を経て二〇一三年三月にリニューアルオープンしたんだって」

「二年で再開って、早いのかな」

「早いんじゃないのかな。かなり優先的に予算が回ったんじゃないかと思うよ」


 かき氷は随分少なくなっている。三ツ葉のペースが早いのだ。


「さっきの話に戻るよ。石巻を語るとき、もはや津波は切り離せないんだなって。うん、当然だよ。当然だけど、頭の隅っこでは、切り離して観ることもできるんじゃないかって、想像してたんだ。だって、私たちお互い被災者としての体験を持ってる。依利江は家で、私は学校で。そのときの私たちは当事者だった。たしかに被災者だった。でも今はどう?」


「ごくごく一般の大学生だと思う」


「私もそう思う。普通の人。被災者だとは思えない。私たちにとっての震災はいつの間にか終わってたんだと思う。栄村のことを簡単に忘れて、それからもう一度思い出すくらいには、震災は終わってしまっていた。一瞬たりともそう感じてしまった以上、私は当事者には戻れない。でも、石巻はどんなふうに見ても終わったとは言えない。石巻の人と〈かぎかっこ〉で話して、こっちでも話してみて心に来たよ。まるで昨晩の出来事みたいに話すんだ。現在進行形」


「ギャップがあるんだね」


「そう、ギャップ。私は震災は終わってないと言うことはできるけど、震災の被災者と同じ視線で見ようとするのは、もはやできないんだよ。で、仮説を立てたんだ。震災の当事者になり得ない人間なら、もしかすると震災と石巻を切り離して見ることができるんじゃないかって。

 できっこなかったね。結局ここにあるものがすべて。ここに根付いたものを感じれば感じるほど、考えざるを得なくなる。震災は終わってないよ。言い換えれば、震災から始まったとも考えられる。論理的な道理に基づいても言えるし、率直な体感としても断言できる。人からすれば今更なことなんだろうけど、私は当たり前な事柄も実体験がないと確信を持てないんだ。経験主義をこじらせてるんだな」


 ほとんど割り込む間もなく三ツ葉は話した。それから最後に自嘲的な笑いを浮かべた。額に汗まで滴らせている。


「なんか、わたしにとっては発見だな。なんにでも疑問を持てるのってなかなかできないよ」

「そう?」

「疑問なんてなくたって、生きていけるもん。流されるまま生活してるわたしが保証する」

「はは、説得力がある。話を膨らませたいけど、ごめん、ちょっと――ゴレンジャーが戦ってる」


 三ツ葉がお腹をさすりながら席を立った。


「あっ、うん、ごゆっくり」


 なぜか手を振って見送ってしまった。

 この十数分で半分以上も平らげては、お腹も冷えるだろう。

 ひとりになったわたしは、溶けかかったかき氷を見て、三ツ葉の話を思った。

 当たり前な事柄も実体験がないと確信を持てないんだ。……


 世の中の当たり前に疑問を持つってとんでもなく難しい。当たり前なんて言うけど、当たり前のことにわざわざ〈当たり前〉なんて名前は与えない。

 疑問を持つには、まず発掘することから出発しなくちゃダメだ。その発掘が手間なんだけど、三ツ葉は息するように〈当たり前〉にやってのける。疑問点を見出す三ツ葉の才能を本人は才能として見てないだろう。


 逆に言えば、三ツ葉の才能を発見できたってことは、わたしに三ツ葉と同じ才能はないってことになる。その事実が、悔しいでもなく、憧れるでもなく、憎らしいわけでもなく、ただ哀しい。

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