外回りのサラリーマン。塩のまち。商業地帯に関する二人の問答。
「依利江のそこらへんオタクっぽいよね」
「え、オタクじゃないよ。わたしなんてまだまだ」
「旅終わったら読んでみるよ」
三ツ葉は気のない返事をして先を行った。その先に006の像があって、その向こうに009が立っていた。その十字路を左(東方面)に折れるとアーケード街があった。看板に〈マンガロード〉と書かれており、隅にロボコンのイラストがあった。歩道に屋根のついた、昔ながらの駅前商店街だ。
車の通りは多いものの、人通りは少なかった。百メートル先に白いYシャツを着た男性が歩いている。外回りのサラリーマンなのだろう。黒い鞄を持つ手がだらんと下がっている。大抵のお店はシャッターが下りていた。
「前橋や沼津で見た光景に似てる」
三ツ葉が端的にマンガロードをたとえた。
「前橋って群馬の?」
「そう。県庁所在地」
「沼津は静岡にあるんだっけ」
「そう。伊豆の沼津。駿河湾で獲れる桜エビがおいしいんだよね。雰囲気が似てるんだ。まあ、その二都市に限った話じゃないんだろうけど、地方の駅前商店街特有のさびれた雰囲気がね」
カメラを取り出して、静まりかえった商店街を撮影した。撮影中、シャッター街とした通りを見ていた。なんだか全体が白骨化しているような印象だった。テナント募集の張り紙すらないビル群がどれも白い色をしていたからかもしれない。
わたしの地元にある駅前の商店街はいつも人で溢れている。うちのまちの七夕まつりはそれなりに有名なんだけど、その主催が商工会だから、さびれてる余裕はないのかもしれない。この旅の待ち合わせ場所だった藤沢も、駅周辺は繁華街として賑わっている。駅を利用するという感覚がこっちの人たちと根本的に違うのかもしれない。
商店街をじっと見ていたけれども、だんだんと白骨から違うイメージが湧いてきた。いうなれば、塩のまち。白いビルはどれも塩の結晶で、触れたらぽろぽろと剥がれてきそうな気がする。アーケードの柱や骨組みの赤錆は潮風に浸食されてできたではないだろうか。
「震災の跡なのかな」
車の往来が途絶えたマンガロードで、ぽつりとつぶやいた。
「どうだろう。現状言えるのは――」
カメラを仕舞いながら三ツ葉は答えた。
「多かれ少なかれ、影響はあったろうって推測だけだよ。依利江、これさ」
三ツ葉の指さす柱に津波到達を示す青い表示板が張られていた。それはかつてここに膝上程の波がやってきたことを物語っている。ここは駅から数分歩いたところで、海の姿はどこにもなかった。
もしわたしが商店街で働いていたら、きっと波のことなんてちっとも考えずに、地震でごちゃごちゃになった商品の整理をしていたに違いない。
そしてさらに驚いたのは、表示板より海側で和菓子を売っているお店があるということだった。のぼりもあるし、暖簾もかかっている。赤煉瓦で組まれた立派なお店だった。波がきたところは人の住めない場所になっているような先入観があったけど、そんなことはなかったのだ。そして津波というものの現実味がまったくないような気がした。同時に足下で息づいているようにも思えた。
「でも震災は第二撃、三撃目に過ぎないと思う。さくら野百貨店のことを思うと、第一撃は郊外のショッピングモールだったんじゃないかな」
「ああ、イオン恐るべしだね」
「ユーザーからすれば郊外の巨大商業施設のほうが都合がいいんだろうね。高速道路のインターが近くにあるから交通の便がいいし、駐車場も広い。なんでも揃ってて、いっぺんに買える。反面駅前は土地も道も狭いけど公共交通機関が機能してるから、役所があると便利だよね。しかもお年寄りが買い物するには、ただっぴろいモールよりも、むしろエスタくらいの大きさがありがたいだろう」
「それじゃあ、この商店街は」
「なかなか難しい立場だと思う。生き残る手段として観光客を狙う必要があった。そのためのマンガロードなのかもしれない。どこにでもある駅前商店街から、マンガロードとして生まれ変わる途中で震災がやってきたんだと思う。そうして今があるんじゃないかな」
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