マンガロード

とんでもなく大きな缶詰。依利江の熱弁。三ツ葉の歩幅。

「次はマンガロードだね、マンガロード!」

「やけにテンション高いね」


 三ツ葉が苦笑いを浮かべた。エスタを出たわたしたちは、駅前の大通りに沿って歩いていた。


「むしろどうしてテンション上がらないのかなあ」


 なにがあるのか知らないまちに、実はわたしの知ってる人の所縁がある。そんなの興奮するに決まってる。石巻が石ノ森章太郎のまちだというイメージが組み上がった瞬間の喜び。単なる被災地というレッテルで散策するより、よっぽど親しげに歩ける。


「その答えは簡単だよ、依利江。イシノマキショータローについて、なにも知らないからです」

「石巻じゃないよ! 石ノ森!」

「なんか似てるんだよね」


 駅で009ゼロゼロナイン像を見るまで抱いていた石巻は、巨大ドラム缶だった。その正体は鯨大和煮の缶詰を模したタンクだ。高さ10.8メートル、直径9メートル、それが波で押し流され、横倒しになって、ぺしゃんこになって、道をふさぐ。自動車や電信柱や屋根……そこにないはずのものが、ありえない姿で山積みになっている。

 生中継の映像を見ればまるで「映画の世界」「ジオラマのなか」……もはや言い古されてしまった比喩表現がいくらでも浮かぶ。


 訪れてみるまで灰色の世界しか想像できなかったけど、実際の石巻には色があった。いわゆるイメージカラーというやつだけど、石巻は赤色がよく似合う。淡赤色の石巻市役所もそうだけど、なにより009率いるサイボーグ戦士の真赤な服装だ。


「あ、見て見て、005がいる! あ、001も!」


 スーツを売る小さな店舗の前に、その赤い姿があった。


「そのゼロゼロなんとかは、何人いるの?」

「なかなか難しい質問をするね」

「え、難しい質問だったの?」

「まあ、普通は001から009の九人だね。009が主人公。なんだけど、敵キャラにもゼロゼロナンバーサイボーグがいてさ。……ってか、三ツ葉、009知らんの?」

「まあ、そりゃね。ゼロゼロナインって、面白い?」


 思わぬ一言に、わたしは立ち尽くした。005の黒く鋭い目が突き刺さる。


「なんですと」


 009が面白いか否か? そんなことをこの地で問うていいのだろうか。三ツ葉はなに食わぬ顔をしていた(あるいは豹変したわたしの態度を不思議がっているようにも見えた)。


「『ジョー! きみはどこにおちたい?』知らない?」


 知らないらしかった。


「三ツ葉、そりゃ人生損してんよ。009たちは人々の平和のために戦うんだ。サイボーグゆえの強力なパワーのせいで、人々から恐れられている。でも009たちは元々人間だから、その恐怖がよくわかるんだよね。だから、どんなに嫌われたって戦い続けるんだ。

 最終決戦、成層圏での戦いに勝利したのち、009と002は大気圏に突入する。もう助かる見込みはない。それで002は抱きしめるんだ。親友として、死ぬときは一緒に……。002は009を本名で呼び、こう言うんだ。『ジョー! きみはどこにおちたい?』そして二人は流れ星になる。すっと場面が変わって、その流星を見上げる姉妹が描かれる。二人は消えゆく流れ星を見て、世界の平和を願うんだよ。これが人に嫌われたサイボーグ戦士のさいご。それがまた美しいんだ」


 三ツ葉ははじめ感心したふうにわたしのことを見ていたけど、成層圏での戦い辺りで飽きが到来したようで、歩幅が広くなった。それを追いかけながら熱弁を続けた。

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