孔明の罠。関連する直線道路と津波。廃スナックの文字の跡。

「なんか、いたたまれないね」


 そんなふうにつぶやきながら、ちょっと考えをめぐらせた。


「マンガロードなんだから、マンガ喫茶みたいなのあったら、面白そうだよね。ネカフェじゃないよ。古典の名作が勢ぞろいなの。読みながらお茶を飲む感じ。石ノ森先生好きなら、手塚治虫とか赤塚不二夫とか、横山光輝よこやまみつてるとか」

「最後のは誰?」

「〈鉄人28号〉とか〈魔法使いサリー〉とか描いた人」


 ――待て 慌てるな これは孔明の罠だ

 三国志の武将を連想するとき、わたしは横山先生のコマを浮かべる。


「ほんと、詳しいな」

「いいじゃん。趣味なんだから。まあマンガ喫茶はたとえ話だったけど、サブカルに特化した商店街があってもいいよね」

「地方都市ってのがハンデだけど、阿佐ヶ谷あさがやの件を反面教師に、具合よく特色が出せたらコアな層は喜ぶかもしれないね」


「阿佐ヶ谷?」

「二年くらい前にできた、アニメをテーマにした高架下商店街だよ。リピーターがなかなか増えなくて苦労してるみたい」

「三ツ葉って、そういうのは詳しいよね。時事ネタ」

「いいでしょ、これも勉強のうちなんだから」


 勉強。その一言に言葉が詰まる。なんだって写真家になるための血肉になり得ると捉えられるのは、一種の才能だと思う。


「勉強熱心だなあ」


 三ツ葉の才能とわたしの現状を無意識的に比べてしまって、自分に嫌気がさす。でもそれを表に出す必要はないので、話を受けながら、流れに身をまかせた。


 アカレンジャーのいる十字路を右に曲がる。石ノ森先生が導く路をわたしたちは歩いていった。

 アーケード街からオシャレなレンガ調の小路になった。正式な名前は寿町通りというらしい。先程の道よりもこちらの方が賑わっている。今風の男性洋品店があったり、昔ながらの楽器屋があったり、おいしそうなカレー屋(本日定休日でなければ取っ手に手をかけていた)があったりした。


 寿町通りの途中に橋通りと分岐する丁字路がある。マンガロードは橋通りへ折れる。こちらもレンガ調の小路で一直線にずっと先まで続いている。空き地や空き店舗が目立っていた。


「津波の被害が大きかったのかもしれない」


 三ツ葉はそう分析する。


「橋通りって名前だから、きっとこの通りは川につながってるんだと思う。川を逆流した波はなんの障害もなくこの通りを進んだんだろう。さっきの寿町通りのとこ、丁字路だったと思うけど、きっとそこで波の勢いが弱まったんじゃないかな」


「そんなのもわかるの?」

「単なる想像だよ。もともと駐車場の多い通りだったのかもしれない。街灯の塗装が違うから、リニューアル過渡期なのかもしれないしね」


 三ツ葉はまちの変貌に関心を持っているみたいだった。建物のヒビの具合や街灯のデザイン、木製ベンチのくすみ具合などから、どこが変わったのか、どこが変わっていないのか、いつからそこにあるものなのか、自分なりに推測するのが面白いらしい。ちっとも面白いとは思えないけど。


 歩いて行くにつれ、どんどん通りは寂びれていく。廃スナックのひしゃげたシャッターを見て、初めて津波の跡らしいものを見つけた気持ちになった。

 この建物が廃スナックだとわかったのは、文字跡の霞む看板があったからだ。文字跡まできれいさっぱりなくなったとき、このスナックを覚えている人は幾人いるんだろう。

 そうでなくても近いうちに取り壊されて、新しいものに変わるんだと思う。


 石巻はまたたく間に姿を変えていく。変わらなくちゃいけない。その使命感をぴりぴり感じた。

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