撮影に関する依利江の考察。究極の淹れ方。思いもつかぬ構図。

「相変わらず、すごい角度から撮るね」


 お茶のバックにキャビネット、の構図を中心に三ツ葉は何度もシャッターを切る。


「そりゃね。おいしいお茶を撮るんじゃなくて、このカフェに訪れて飲みたいと思えるものを撮らなくちゃ」

「カメラマン志望はむつかしいねえ」


 そんなため息を洩らしながらわたしもスマホを構えた。斜めから、わたしのお茶と、三ツ葉のお茶が入るように。


 こういうの撮るとき毎度思うのだけど、ちょっとでも口にしてから撮ったほうがいいような気がする。

 ほら、人は第一印象が大事ってのと同じような意味で。食べ物飲み物は最初の一口が大事なんじゃないかなと。お店の人も最初は写真じゃなくて食べたり飲んだりしてほしいんじゃなかろうか。


 もちろん、見た目の趣向を凝らすものもあるわけだけど、わたしは三ツ葉と違っておいしいものを撮りたい。最初に味わってから写真を撮ったほうが、その味まるごと写せるんじゃないかって思ったりする。

 撮ってからそんなふうに思ってしまうあたり、三ツ葉のような確固たる信念にはなっていないけど。


 実際お茶はおいしかった。苦みがほとんどなくて、甘味をはらんだ旨味が喉を潤すのであった。


「お茶は低温で淹れたほうが旨味成分を壊すことなく抽出できるんだよ」

「テアニンだっけ?」

「あれ、詳しいね」

「なにそれ、まるでなにもかも詳しくないみたいな言い方。サイボーグ戦士のことだって詳しいよ、ちょっとは」

「それちょっと考えすぎ。依利江って緑茶飲むほうだっけ」

「紅茶より緑茶派かなあ。レポートに追われたときはカフェイン採りまくろうと、渋ッ渋の紅茶飲んでみたけど、次の日までトイレ止まんなかったし」

「自業自得」


 そんなくだらないお話をしていると、ポットを片手に持った男性の店員がやってきた。


「お冷いかがですか」


 その店員はアゴヒゲを数センチ伸ばしており、癖のある茶色い髪をしていた。高校生ではない。おそらくここの店主だろう。ずっと見かけなかったから、厨房にいたんだと思う。三ツ葉の積極的な質問があったから、あの高校生店員が話をして、出てきたんだと思う。


「あ、お願いします」


 三ツ葉は半分まで減ったコップをテーブルの端に寄せた。店主は水を注ぎ終えると、ほとんど飲んでなかったわたしの分も注いでくれた。

 ここぞとばかりに(そしていたって自然に)、三ツ葉が会話を始めた。


「おいしいですね、このお茶。甘味があって」

「ありがとうございます。このお茶、実は石巻産なんですよ」

「ここのなんですか?」

「そうです。桃生茶ものうちゃと言いまして、北限の茶、幻の茶とも呼ばれるんですよ」

「モノウチャ、初耳です」


 北限。たしかお茶は温かい場所で栽培される。東北で採れるとは思わなかった。


「はい、桃生茶です。桃に生きる、と書いて桃生。石巻は寒いですからね、その寒さに耐えたお茶は甘味があって、さらっと飲みやすくなるんです」

「へえ、だから甘く」

「それだけじゃないんですよ」


 店主は一度言葉を溜めた。


「お茶は低温で抽出するほど甘味が増すの、ご存知ですか?」

「旨味成分のテアニンがしっかり溶けだすんですよね」

「お詳しいですね」


 それわたしの知識だ。と不満を抱きながら、なぜか「へええ」と感心したふうな声を洩らしてしまった。


「最低温。甘味が武器の桃生茶を最大限引き出す究極の淹れ方。それが氷出しなんです。おいしいでしょう?」

「道理でおいしいわけですね!」


 ちょっと大げさに思えるリアクションで三ツ葉は驚いてみせた。

 店主とお客が話すという構図を眺めるのは、実に不思議な感覚だった。そもそもこの構図は店長に料理のいちゃもんをつけるクレーマーか、高級レストランの料理をシェフに褒める客くらいしか当てはまらない。


 まさか友達の三ツ葉が、このカフェについて詳しく訊きたいがために店主と話すなんて。わたしの貧相な想像力では到底思いも付かない構図なのだった。

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