空白の中には。問いかけ超上級テクニック。向けられたレンズ。

「夏だから氷出し冷茶やってるみたいだね」

「わたしもそれにしよっかな」


 三ツ葉は顔をあげると、店員に視線を合わせた。先程の男の子がやってくる。


「ご注文お伺いします」

「氷出し冷茶、二つ」

「氷出し冷茶、ふたっつ。……」

「以上で」

「はい。かしこまりました。確認させていただきます――」


 紋切り型の返答に、顔が綻びそうになるのを頬杖して隠す。復唱してお辞儀をした。


「あ、それでさ」


 立ち去りかけた店員を、三ツ葉が呼び止めた。店員は慌てた様子で席の前に立った。


「このお店の名前、なんていうの?」

 メニュー上部に記された店名を指す。

「はい。当店は〈いしのまきカフェ かぎかっこ〉と読みます」

 と言って、両手の親指と人差し指で〈かぎかっこ〉をつくる。


「かぎかっこ、へえ」

「はい。ええと、元々、私たち高校生が、ゼロからスタートしたんです。店名すらないところからスタートしまして……。かぎかっこのなかには、なんでも入るんです。可能性、個性……あと、楽しさ、とか、いろいろ。そういう、いろんなものが入る、枠に縛られない、自由な感じ、発想を大事にしていきたくて、そのまんま、かぎかっこって、えー、名前になったんです」

「高校生がやってるんだ」


 さらにツッコミを入れる。店員はさらにおどおどし、見てるこちらも可哀相になってきた。


「あ、それは。はい。もともと、高校生の……職業体験みたいな、そういうプロジェクト、みたいのがありまして。僕も気になって、参加したんです。今は大人のサポートスタッフもいまして、僕たちは月に一回だけ参加なんですけど……ええと、でも発端は高校生です」

「面白いプロジェクトだね」


 店員はありがとうございますとはにかんでお辞儀をした。

 三ツ葉は息するようにお冷を一口飲んだ。それから店内の風景や小物をカメラとスマホで交互に撮った。

 三ツ葉のカメラはオリンパス製の一眼レフで、EM‐10という名前のものだった。銀色のフレームがおしゃれで、手にすっぽり収まるコンパクトなものだった。


「すごいね」

「なにが?」

 時計にカメラを向けたまま三ツ葉は返事をした。

「お店の人に話しかけられるの」

「良くも悪くも、人が地域の顔だからね」

 と言って視線をこちらに向ける。


「地域のことを知るには、地域の人とお話するのが一番だし、そいつが旅の醍醐味ってもんでしょ。話すのに一番気を遣わなくていいのがお店の人だ。向こうはどうしたって話さなくちゃいけないわけだし、その道のプロフェッショナルでもある。たとえ高校生だとしてもね」


 三ツ葉にとって、他人に話しかけることができる、ということは大前提にあるみたいだった。

 到底及ばないステップから平然と高度な哲学を論じられても、わたしはどう反応すればいいのだろうか。このままではうまい切り返しができずに場を白けさせてしまう。


「わたしはさ、おいしかったですーくらいしか言えないよ。三ツ葉みたいにさ、お店の由来を訊くなんて超上級テクニック、ムリだな。そもそも個人経営のお店なんて、三ツ葉と一緒じゃないと入れないか」


 取り繕った笑い顔をして、話を切り上げた。

「次どこ行くとか決めてある?」

 それからしれっと話の流れを変える。

 せっかくの二人旅なのだ。気まずい思いは、させたくない。


「予定は未定だし、今んとこ気になるのはマンガロードだね。その途中でも終着点でも、気になったところ寄って昼食って感じかな」

「そうだね」


 と言ったところで冷茶がやってきた。三ツ葉のレンズがすかさず結露したコップに向けられた。

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