三陸海岸の玄関口。「 」。すごくいいね。
一階の商業スペースの床はフローリングで、和やかな雰囲気があった。柱もラワン調の壁紙が張られていて、外観みたいな古めかしさを感じない。駅前デパートと聞いて黄ばんだ内装を勝手に想像していたから驚いた。
お客もたくさんいる。大半はおばあちゃんだったけど、テナントのカフェにはジャージ姿の高校生や中学生がたむろしている。わたしたちくらいの年齢層はいないけれど、活気があるように思えた。
「宮城県第二の都市なだけあるね」
「そうなんだ」
「一次、二次、三次産業がひしめくまちさ。旧北上川東部に、日本有数の規模を誇る石巻漁港、西部に日本製紙の工場と、それを取り巻く工業地帯。三陸自動車道のインターにはイオンをはじめ巨大な
エスタを歩くと、たしかにそんな感じがする。地方都市の駅前デパート。神奈川で言えば秦野のジャスコとか伊勢原とうきゅうを歩いてる感じだ。三ツ葉曰く、新潟県の柏崎駅や東京都の青梅駅辺りと似ているらしい。
「とはいえ、市役所の一部分だからこその特徴があるみたいだ」
意味深長なことを言う。
「それどういうこと?」
「テナントを見てごらんよ」
テナント……一階の各専門店を見る。
「喫茶店、洋服屋、コーヒー屋、和菓子屋……普通じゃない? しいて言えば、軽食屋が多い?」
「そうなんだけどさ、個人経営のお店ばかりだと思わない?」
「あ、本当だ!」
言われてみれば、である。風月堂、いしのまきカフェ「」(なんて読むんだろう?)、いしのま☆キッチン、珈琲工房いしかわ……。あまり聞かない店舗名ばかりだ。
「市の所有する施設だからこそ、個人経営のお店が入りやすいんだろうね。地産地消とはまた違うけど、地域のなかでお金を回すことは地域振興に効果的だよ」
「地域振興……」
それは、復興とはまた違う話なのだろうか。
「石巻にしかないものが、市役所に行けば簡単に味わえる。なかなか面白い試みだと思うな。依利江、ちょっと味わってみようよ」
三ツ葉が吸い込まれるように間近にあったカフェに吸い込まれていく。黒板にチョークで描かれた看板には〈いしのまきカフェ「」〉とある。〈「」〉に振り仮名がない、と思いつつ、三ツ葉の背に引っ付くようにしてカフェに入った。
「いらっしゃいませ」
にこやかな男性の店員に迎えられる。いや、男性という表現は違うな。男の子と言ったほうが正しいかもしれない。わたしより三、四歳若い。あどけない顔に、白いYシャツと黒い蝶ネクタイ、えんじ色のギャルソンエプロン(腰から下を覆うエプロン)から覗く黒パンツ。にこやかな笑顔がとてもかわいい。
「二名様ですね、ご案内いたします」
初々しくてぎこちない感じがオバサン心をくすぐる。誘われるまま席に向かう。中央の四角い二人掛けの席に座った。
店の人は男の子だけじゃない。女の子もいる。こちらはえんじのベレー帽とロングエプロン、黒色のスリム・タイ。三歳若かったら着てみたいと思えた。厨房でも女の子が働いている。
すごく、若々しい。
「なんか、いいね、すごくいいね!」
「そうだね。洗練された今風なカフェだ。特に時計のデザインが凝ってて、絵になるよ。あのキャビネットとか」
わたしの感じたよさとはまた違うところに着眼してるみたいだった。三ツ葉の言う通り、若々しい店員とは対照的に店内は大人びている。ピアノの心地いいジャスが流れていた。
お客は高齢者から四十代前後の母親世代、高校生(おそらく店員の友人だろう)と幅広い層が集まっている。
「こちら、メニューとなっております。ご注文お決まりになりましたら、伺います」
お冷とラミネートされたメニューを渡される。ドーナツと緑茶がメインのようであった。ランチの時間帯はパスタも食べられる。
「ご飯にはまだ早いかな」
あと数十分で、腕時計の針はてっぺんで重なる。今朝は遅い朝食だったから、お腹はもうちょっと減らしておきたい。
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