役所リサーチ済。帝王の戦士たち。ナシのふるい落とし。

「いや、そうなんだけどさ、にしては変な色じゃない?」


 わたしにとっての市役所は、コンクリート感丸出しで、上のほうが雨汚れでくすんでるイメージだ。新築だとしたら、もっとガラス張りでクリーンを全面に押し出したような、そんな具合のものだと思う。

 でもこの市役所は、役所っぽくない。ずんぐりとしていて、奥側は立体駐車場になっている。スロープを自動車がのぼっていく。

 なんだかまるで、駅前デパートみたいじゃない。


「デパートだったんだよ」

「え、デパート?」


 私の直喩は現実のものだった。


「元々さくら野百貨店ってデパートだったらしい。六階建て。数年前に閉店して、今は一階がエスタって商業スペースで、残りが市役所になってる」

「さくら野だから桜色の外観なのかな。よく調べたね」

「訪問先の役所をリサーチするのは当然でしょ?」


 そう、なのかな?


「気になったから、最初に行かせて」

 雰囲気で頷いたものの、なんとも言えない気持ちに襲われる。

「もしかして、旅の行程、できあがっちゃってる?」

 さすがに各役所巡礼の旅なんて、堅苦しすぎる。


「いや別に? 気になったから行くって、言わなかった? 時間が許す限り、気になったところを余すとこなく行く。おさんぽにはちょうどいいでしょ」

「まあ、たしかに」


 三ツ葉って、前からなんとなく思ってたけど、目の付け所がどこかズレているような気がする。訪問先を調べる場合、検索ワードは〈名所〉とか〈名物〉とか〈観光〉とかだと思う。〈市役所〉とか〈市庁舎〉で検索かけたりなんてしないな、わたしだったら。

 なにはともあれ、良くも悪くも白紙の行程なんだ。どこへ行くのか決定してるわけじゃない。少しくらいわたしの意見も取り入れてくれるだろう。


 改札まで百メートルもなかったと思うけど、重たすぎる荷物にちょっと息が上がる。

 改札口に真っ赤な像があった。

「あ、サイボーグ戦士!」


 その美しい姿に、思わず声が出てしまった。赤い服をまとった戦士たちだ。主人公009こと島村ジョー、紅一点003のフランソワーズ・アルヌールに、天才赤ちゃん001イワン・ウイスキーまでいる!


「お、仮面ライダーだ」

 三ツ葉が、サイボーグ戦士の隣に立つその姿を見つけた。銀色のブーツだから、一号だ。

「三ツ葉、仮面ライダー知ってるんだ」

「あんたほど詳しくはないけどね」


 あまり関心がないらしく、三ツ葉は青春18きっぷを駅員に出して改札を出てしまった。慌てて追いかける。きっぷを取り出すのに手間取っていたら、三ツ葉は既にロッカーに荷物を預けてしまっていた。



 石巻では宿泊しない。重たい荷物は次の目的地へ向かうまでここでお留守番だ。ロッカーの鍵を財布にしまって、うんと伸びをした。これからが本番だというのに疲労がたまっていた。


「マンガロードってのがあるらしいよ」

 駅のポスターやのぼり、横断幕、案内板、ツアーのビラ、その他諸々に〈マンガロード〉という語があった。それから石ノ森章太郎という名前もちらほら見かける。


「石ノ森章太郎……」

「へえ、依利江、知ってるんだ」

「そりゃ当然」


 マンガを愛する人であれば、知らぬ人はいないだろう。赤塚不二夫や藤子不二雄と、いやもしかするとマンガの神様手塚治虫と肩を並べるかもしれない。漫画界の帝王とでもいおうか。仮面ライダーシリーズなんて、先生が亡くなった今なお子供たちに影響を与えている。

 石巻は石ノ森章太郎ゆかりの地、ということなのだろうか。

 駅前には石ノ森作品のキャラクターで溢れていた。駅舎入口のひさしには002ことジェット・リンクが宙を舞う。ジョーたちと同じ、サイボーグ009の登場人物だ。駅舎の隅っこには、大昔再放送で観たことがあるロボコンのイラストが描かれている。

 そして、石巻市役所の入口には威風堂々たる仮面ライダーV3像がいた。


「すごいなあ、石ノ森章太郎のまちだ。マンガと特撮のまちだ」


 もうそれだけで石巻が好きになってしまえる。それくらい先生は魅力的だし、そのキャラクターで溢れるこのまちが素敵に思えた。


「もしかして、仮面ライダーも?」

「そうだよ! 秘密戦隊ゴレンジャーも! スーパーヒーロータイムは石ノ森タイムでもあってだね」

「あ、そうなの」


 詳しい説明は不要、とでも言いたげな口調だった。市役所をリサーチしておいて、その市の名物はノーチェックなのだろうか。

 いや三ツ葉のことだ、チェックした上で興味ナシのふるいに落としてるんだと思う。そいつは実に、実にもったいないじゃないか。

 ……まあ、それは自分にも言えることかもしれない。〈エスタ〉と書かれた役所入口を睨む。

 この自動扉の奥にこの旅のテーマが隠れているかもしれない。それを逃しちゃうことのほうが、実に、実にもったいないことだ。

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