石巻市篇

石巻駅周辺

しゃべり通しのおばあちゃん。重いため息。淡い桃色の建造物。

 ――まもなく、終点石巻、石巻です。お出口は右側です。石巻線はお乗り換えです。お忘れ物、落とし物のないようご注意ください。今日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございました。



 仙台駅から石巻駅まで約一時間半。仙石線の終点だ。

 四両編成の四号車には、スーツを着たサラリーマン、おじいさんおばあさんらが乗っている。私たちを含めて十二人。最年少は私たちだった。


「ハァ、着いた着いた」

 三人のおばあちゃんグループが最初に降りた。

「そうねえ。よっこいしょ。ああ、やっとだよ」

「まア暑い暑い。出たらすぐ暑いよ」


 おばあちゃんたちは終始しゃべり通しだった。

 サラリーマンの後ろについて、わたしと三ツ葉もホームに出る。わたしがしんがりだ。肩から斜めに掛けたトラベルバッグを振り子のようにして一歩踏み出す。

 むっ、と魚のにおいが立ち込める。しかめっ面をした顔を風が撫でた。じっとりとした南風。後ろで結わえた髪が揺れる。


 石巻駅。海に、近いのかな。

 駅の周辺を見渡しても、海の面影はなかった。三、四階建てのビルがたくさん建っている。

 被災地感がない。不謹慎ながらそんなことを考えてしまった。


「なんかピリピリしてたね、電車のなか」

「眠かったんじゃない? 朝だし」

「朝って、もう11時45分だよ」

「私は、眠かった」

 三ツ葉はワケのわからないことを言いながらあくびを一つして伸びをした。首を軽く回して、背中のバックパックを背負いなおす。



 実は昨日の移動中から、絶賛後悔中だった。

 荷物が重い。

 苦痛を伴うくらいには。


 このトラベルバッグには三日分の着替え、三日分のタオル、いつものシャンプー、コンディショナー、あんずのヘアオイル、あとハミガキセットや化粧品その他諸々が入っている。

 出発前に一度担いだときは全然平気だったのに、少し歩くともう駄目だった。容量六五リットルの重みが右肩にのしかかってくる。肩がこるってレベルじゃない。肩の筋肉が石になったような痛みが襲う。

 加えて散策用の茶革製のポーチ(高校時代からお世話になってる代物)を反対の肩に掛けている。見た目小さいけどたくさんものを入れられるから、高校時代から愛用してる。


 一方三ツ葉の装備はというと、バックパックとウエストポーチだ。バックパックは小ぶりで、容量は三〇リットルと言っていた。わたしのバッグの半分以下! ワインレッドベースの生地に、ベージュ色のポケットが付いていて、ものすごくオシャレだ。

 旅慣れてるんだ。靴はコロンビア(スポーツウェアのブランドだ。わたしも知ってる有名ブランド)の黒いローカットブーツ。底縁と紐がイエローで、防水透湿という機能が備わっているらしい。よく見るとリュックもウエストポーチもコロンビアのロゴが付いていた。


 このくらい詳しいんなら、もうちょっとレクチャーしてくれたらよかったのに。履き慣れた靴がベストって言うから、一年半履いてる合皮の茶色いハイカットブーツ(しかも踵部分が指三本分高くなってる)で臨んだんだ。それが昨日のうちにふくらはぎと足の裏辺りがしびれるように痛くなった。


 トラベルバッグの容量をふたまわり抑えて、浮いたお金でスポーツシューズを新調するのが正解だったんだ。一週間でも二週間でもそれ履いて毎晩ウォーキングすれば足腰鍛えられるし、靴ずれしない程度に履き慣れたことだろう。

 後悔しても遅い。昨晩遠回しに装備と三ツ葉の指示不足について指摘した。その返答を要約すると、ちょっと調べればわかるだろ、とのことだった。インドアで面倒くさがりで指示待ち女の私には盲点だったよ。



 そんなことを胸に秘めつつ、三ツ葉のあとをついていく。

 ホームから淡い桃色の建造物が見えた。巨大な図体の脇腹に、〈石巻市役所〉と書かれた青地の看板が取り付けられている。


「三ツ葉、あれ、なに?」

「あれ?」

 パックパックの重量感なんてちっとも感じさせない、可憐な振り返りだった。


「市役所、だけど? 看板書いてあるでしょ」

 いや、そうなんだけどさ。

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