7-3 私にそういうの、いらないから
ショッピングモールの一区画にある喫茶店、こそで私はソファに腰かけながらソーシャルゲームで時間を潰している。
今日は八月の一日。
色々あった七月も終わり、夏も折り返しに入っていた。
あれから傑さんにLINEをした後、トントン拍子に話がまとまり軽く夕食をご一緒することになった。
本当はモールの外で待ち合わせをしていたんだけど「仕事が押していて三十分以上遅れる、中で待っていて欲しい」と連絡があった。
仕方なく私は待ち合わせの喫茶店で、傑さんがハマってるゲームを触っていた。けど、しばらく起動していなかったせいで、なにがなんだかわからない。
そういえば初めてこのゲームをやった時も、遊び方説明が終わった途端、クエストとかマルチとかいろんなボタンが表示されて、ワケわかんなくてやめた記憶がある。
ゲーム会社の人たちは私みたいな、ものぐさにも出来るゲームを開発して欲しい。
画面を閉じて時刻を見ると十九時半になっていた。当初の申告通り三十分は見事にオーバー。ブラック企業め、潰れてしまえ。
せっかく今日は化粧までしてきたのに。
着ていく服も随分悩んだ。……いや、いまのはウソ。
本当は着ていきたい服は決まっていたけれど、自分が着ていく覚悟を決めるのに時間がかかっただけ。
といっても、そんなに恥ずかしい恰好をチョイスしたわけじゃない。前回、優佳さんとスイ-ツ食べ放題に行った時と同じ格好だ。
いや、本当は恥ずかしい恰好なのかもしれないけれど、前に優佳さんも褒めてくれたのでその感性を信じることにした。
自分の中で思い切って着た感もあって、いつも以上に緊張している。
近くのJK軍団も、通りすがりのカップルも、暇そうにしている店員も、みんな私を見ている気が……
って、なんか以前もおんなじ思考の迷路にハマりこんだ気がする。
そして、以前はそんなことを考えているときに……
――右肩をトントンと叩かれる。
私はもちろん、頬を突き差そうと狙っている細い指を押さえ――られなかった。
「あれ?」
「なにやってるんだ、映子?」
そこに立っているのは、傑さんだった。
私は架空の手を掴もうと、空中にグーを突き出したまま。
「……なんでもないです」
”頬ぷに”なんて幼稚なことをするのは優佳さんだけだった。
「まさか俺が”頬ぷに”でもやると思ったか? そんなことするわけないだろ。しかも後ろ見ないで指を掴もうなんて、君はかわいい生き物か?」
「か、かわいい言うなっ」
そう言って私の頭を撫でてくる。
「あ、頭を撫でるな!」
「本当に?」
「……然るべきとき、だったら構いません」
少し口元を、尖らす。
「素直な映子でよろしい」
傑さんがニコニコしている、なんか腹立つなぁ……
「あんまりからかうと、怒りますよっ?」
そう言って頭から手を避ける、少しばかり頭が物寂しい。
「遅れてゴメンな」
傑さんは対面のチェアに腰かけて、ネクタイを緩める。その仕草を横目で凝視しつつ、私は待たされたので腕を組んで怒ったポーズを取る。
「本当ですよ。社長さんにいいように使われてないですか?」
「そんなことはない、どちらかというと単純でハンドルが握りやすい」
「黒幕みたいなセリフですね」
「実際のところ、そんなもんだ。出来れば影の功労者って呼ばれたいものだけどね」
ネクタイをほどき、バッグを地面に置く姿を見て私はハッとする。
「席、変わりましょうか?」
仕事終わりの傑さんの前で、無神経にも壁際のソファに座ってる私……
「いや大丈夫」
「……バッグだけでも預かります」
「そうか、悪い」
そう言って私にバッグを預けてくれる。
「気が付かなくって、すみません」
「そんなことで謝らないでくれ。それより映子、今日はなんかすごく大人っぽくないか?」
私は少しばかり心を落ち着かせ、用意していた答えを口にする。
「そ、そうですか? 変じゃなければいいんですけど」
「いや、いいよ。大人しくしてると深窓の令嬢みたいだ」
「一言、余計な気がしますけど……ありがとうございます」
……無難な言葉だけど、そういうとこは見てくれるんだ。
「来て早々悪いが注文していいか? だいぶ腹が減っていてな」
「もちろんです、お仕事お疲れ様」
「ありがとう。映子は注文、決まってるか?」
「はい、って今日は私が!」
「いいから、ここは任せてくれ」
「でも……!」
傑さんはわたしとの会話を打ち切って、店員を呼びつけ注文を済ませてしまった。
私はわざとらしくため息を付きながらも、そんな男っぽい行動を見せられて心が弾んでしまう。
……私の前でそんな行動を取るということは、女の子扱いされている。そんな誰もが当たり前にされていることを、嬉しく感じてしまう自分が悔しくて仕方ない。私は世界で一番チョロいのではなかろうか?
注文を受けた店員さんは、なぜかしばらく私の方を見た後、少しにこっと笑った。
……? なんだろう?
「好きなもの頼んでくれ、デザートでもいいぞ」
「……そういうとこですよ」
「なんの話だ?」
「だからっ、本当にそういうとこですっ」
カッコつけすぎ!
「今日は私が傑さんを呼んだんですよ、少しでも楽をして欲しいからご馳走したかったのに!」
「俺は映子と会えただけでも嬉しいぞ?」
「だからだからっ、そういうとこです!」
私は一人で手に汗を握り、声を荒げてしまった。
辺りを見回すと、みんなが私の方を見て、そして不思議そうに見た後、クスクス笑っていた。
……え、なに? なんでみんな笑ってるの? もしかして、やっぱりなんか私の恰好、恥ずかしい?
そしてなぜか傑さんも少し笑いをかみ殺した表情をしていた。
「傑さん、もしかして私……なんかカッコおかしいですか?」
私は真面目に聞くと、傑さんは少し噴き出した。
「だ、だから、なにを笑ってるんです!?」
そう言うとますます耐えられないと言った様子で笑い出し、パンと手を合わせて謝り出した。
「すまん、映子! つい出来心だったんだ!」
「は? え? どういうことです??」
傑さんは、ずいと身を乗り出して、私の手に頭を伸ばす。
「え? なに? だ、だから撫でるのはタイミングを見てからって……」
また頭を撫でられると思った私は、首を縮こまらせる。
けど手のひらが頭に降ってくることはなく……プチっと、なにかが外れる音がする。
傑さんはその外したモノを、私に手渡す。
「……これ」
「ああ、ごめん。さっき付けた」
先日、お土産と称してもらったネタグッズ。
それを頭につけ、二人で自撮りした思い出のグッズ。豆芽花(ドゥーヤーファー)だった。
「映子が、映子がさ? それつけて辺りを見回したりするからさ? その芽が横にブルンブルン震えてさ……」
「す、傑サン……?」
「悪い悪い、つい出来心で」
「出来心じゃ、ないですよ! あなたって人はっ!」
「ゴメン、でもそれをブルンブルンしてる映子、かわいかっ……ぷっ」
「最後まで言えてないじゃないですか!」
「ははっ、悪い、本当にごめん」
私の怒る様子にまた笑い出す。まあ……本当に怒ってはいないけどさっ!
「……じゃあ正直に一つ応えてください」
「ああ、なんでも応えるよ」
「笑い涙を拭きながら、言わないでください」
「任せろ」
急にキリッとした顔つきになる優男。
「まったく……」
私は立ち上がって傑さんの傍まで寄っていく。
「おおう……どうした?」
叩かれるとでも思ったのか、傑さんが少し首をすぼめる。失礼な。
「私のカッコ、ほんっと~に、おかしくないですか?」
その場で私は一回りして見せる。
そして腰に手を当てて、彼の反応を待つ。
「全然おかしくないよ。いつにも増してかわいい、似合ってる」
肘に手をつきながら、さも当たり前のように言ってのけるチャラ男。
なんて人だ。
今日はデートだっていうのに、相手の頭にオモチャをつけて遊ぶデリカシーの無い男。
そんなことしても私が怒らないなんて、勝手な確信をしてるんだ。
あなたが私のなにを知っているって言うの? 所詮あなたとの仲なんて……キスをした程度の仲なのに。
全く腹立たしいことこの上ない。それにさっきからなにかと言えば「かわいい」しか口にしない。
ボキャブラリーが少ないのよ、もっと色んな言葉を使って……褒めてくれたっていいじゃない!?
ああ、頭にくる。要はなにが言いたいかって言うと……
「……ばか」
そして単純な私は軽快な足取りでソファに戻った。
---
各々の注文が届き、それを食べ終わる頃には私たち以外の客はいなくなっていた。
天井で回るシーリングファンの羽、暖色のライトに包まれたひっそりとした空間。そして耳に入り過ぎない程度に流れるジャズミュージック。
そんな心安らぐ空間で容姿端麗な男が、コーヒーカップを傾けながらぼそりと……いや空気を読まずに口を開く。
「さっきは本当に悪かった。映像で見ればこの面白さはみんなに伝わるのに、文章だけじゃ上手く伝わらなかっただろう?」
「傑さん、誰に向かって謝ってるんですか。あと、またその話を持ち出すなら私も怒りますよ?」
「いいじゃないか、存分にかわいいぞ、これ?」
そう言う傑さんの頭には先ほどから豆芽花が設置されていた。
私に勝手につけた仕返しに、今日一日発芽させ続ける罰ゲームを与えた。けれど本人がまったく恥ずかしがらないのであまり効果が無い。
「俺としてはこれをぴょこらせた映子の姿を見たくて持ってきたのだが」
「だまらっしゃい」
確かに頭を動かすとぴょこぴょこ動く様はかわいげがある。
でも私としては恥ずかしがらなくても、ある意味作戦は成功していた。
それは発芽した状態でどんなにカッコつけようとしても、間抜けにしか見えなくなることだ。
そう、それはいまみたいにふっと優しそうな笑みを向けて来ても……
「映子、それちゃんとつけてくれてるんだな」
彼が指差したのは私の左手首に巻いてある腕時計。
「はい、私のお気に入りですから」
「そう言ってもらえると送った甲斐があるよ」
彼は屈託のない笑顔を見せる。……急にそんな表情しないでよ。
でも実際のところデザイン的にもかなり私の好みであったし、好きなものをつけてそれで相手が喜んでくれるのであれば、そんな嬉しいことってないと思う。
それに纏場に聞いたところによると、腕時計を選ぶ際に彼はわざわざ時間を取ってくれたようだった。
私が傑さんと電話した時に、冗談(……でも半ばなかったけど)で言ったワガママ。
いま思い出しても顔から火が出るような、恥ずかしい言葉。
『傑さんは纏場の付き添いでそっちに行ったんです、だから用事が終わるまでそのことだけ考えててくれればいいです。……でも全部終わって、空港で、お土産コーナーにいる時だけは、せめて私のご機嫌取れるように、いっぱい、悩んでくださいね』
それを彼が実践してくれていたようなのだ。
『お土産買う時に急に集中したい、とか、じっくり考えたいとかで別行動だったんだよ』
思い出すたびに胸が締め付けられるような気持ちになる。そんな気持ちで彼に見られると、どうにかなってしまいそうだった。
「この時計、すごいんですよ? 光の反射でいろんな色に変わるんです」
左手を宙に掲げると、時計は店内の暖色の光を浴びてオレンジや薄金色に輝いた。
私はその変化に満足して、傑さんに聞こうと思っていたことを訊ねる。
「私も今度なにかお返ししたいです、そういえば傑さんの誕生日っていつですか?」
「八月十五日、ちょうどお盆のド真ん中だ」
「傑さんの会社って、お盆休みは……」
「ああ、派遣される人間はその職場次第だが、俺たち内勤の人間は基本的に休みだ」
「じゃあ、その日……!」
「どこか、遊びにでも行こうか?」
私の心臓が体の中で跳ね回る。
「遠出でも、いいんですか?」
「構わないよ。行きたいところある?」
「どこでも……いえ、あの……海に行ってみたいです」
ダメだ、いろいろ溢れ出すのが止まらない。
「いいね、海。その日は海なし県とはおさらばしよう」
「車、出してくれるんですか?」
「もちろん、でもお盆だし渋滞で退屈させるかもしれないぞ? 電車でも俺は構わないが」
「いえ、車がいいです」
渋滞に捕まったら傑さんといられる時間が長くなる。
そこで私は少しばかり跳ねすぎている気持ちにブレーキを踏む。
「って、私からの要求が多すぎますよね、傑さんの誕生日なのに」
「そんなこと気にするな。いまみたいに身を乗り出す映子を見ていると俺も楽しい」
「……もう、本当にそんなことばかり」
そこでイジられて頬なんて膨らませてしまう。いまの私、おかしい、キャラ崩壊してる。
「やっぱり、それ禁止です」
「それって?」
私は立ち上がって傑さんの頭についたヘアピンを外す。
「罰ゲーム終わりか?」
「はい、せっかくお話してるのに、頭にこれが付いてると、視線がどうしてもそっちに寄っちゃうし、それに……」
「それに?」
「傑さんに預けておくと、いつまた勝手に頭で遊ばれるか分からないですからっ」
そう言って笑いあう。
……幸せな、空間。
数年前の私がこの光景を見たら驚くだろう。
昔の私は年上の、それも男の人に、こんなに無遠慮に話しかけるなんて出来なかった。
遠くから傑さんを見て、結局なにも縮まらないまま過ごした生徒会での生活。
その中で得られたものは纏場と言う友人と、優佳さんと言う素敵な先輩。
でもそれは必要なことだった。
きっと二人との出会いが私をここまで変えてくれたし、その変化があったからこそ、私はこうして傑さんと言葉を交わすことができるのだと。
やっぱり、私は傑さんのことが好き。
きっと、彼も少なからず……私のことを思ってくれているはず。
そう思うといてもたってもいられなくなった。震えそうになる声を抑えて、私は覚悟を決めて……
「楽しい日になりそうだな」
「っ……そう、ですね」
言葉を遮られて、私は心がつんのめった。
「――転勤前の、いい思い出になりそうだ」
え?
「映子には先に伝えておかないと、と思って」
……なにを言ってるの?
「関西にうちの支社を構えようって話が合ってな、いままでは人もお金もノウハウも足りなかったけど、どうやらそのあたりが……」
傑さんがなにかを喋ってるけれど、全然頭に入って来ない。
転、勤……?
なんで?
いや、だから今それを説明しているじゃない。
彼の言葉なんだ、なにひとつ聞き逃さないようにしないと。
けどなんだろう、全然頭がその内容を受け付けない、受け入れられない。
彼がそんなに難しい専門用語を使ってるから、わからないんだろうか?
違う、違う、彼は頭がいいから私にわかりやすいように話すはず、ってそういうことでもない。
違うんだ、私が言いたいのは……
「イヤ、です」
わがまま。
「転勤なんて、しちゃ嫌です」
納得できない。
「どうして……? いまのところで頑張ればいいじゃないですか?」
「映子?」
「無理に会社を大きくしなくたっていいじゃないですか。ううん、それにしたって傑さんが行かなくてもいいじゃない!」
「映子、落ち着け」
そういう彼は振り返って厨房の方を見ていた。
私が大きな声を上げるので、店員さんたちが何事かと注目していたようだった。
「少し、外に出ようか」
その言葉に少し落ち着きを取り戻させられ、私は二人分のバッグを持ち席から立ち上がる。
結局、お代は傑さんが全部支払ってくれていた。
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