6-13 優佳さんとの女子会


「ということで優佳さん、早く纏場と仲直りしてください」


「な、なんのこと? サトシとはいまも昔も仲良しだよ~?」


 今日は土曜日、予備校終わりに優佳さんと喫茶店で待ち合わせをしていた。

 いまは一年の中で陽が一番長い時期、少しくらい遅くなったって両親に怒られたりはしないだろう。


 だから時間に余裕をもって、優佳さんを説得することができる。


「誤魔化さないでください?大体のことは纏場から聞いてます」


「えっ!? サトシ、エーコちゃんに愚痴ってるの!?」


「ええ。でも纏場は悪くないですよ? だって彼氏が話をしたいって言ってるのに、聞く耳持たない彼女がいるなら、悪いのは誰ですか?」


「うっ……エーコちゃんはわたしの味方だと思ってたのにぃ~!」


「もちろん、私は優佳さんの味方でもありますよ? でも纏場から逃げて、この場でも誤魔化そうとするなら優佳さんの味方はできません」


「今日のエーコちゃん、怖い」


「なに子供みたいなこと言ってるんですか、そんなだから私の妹だと思われちゃうんですよ?」


「あ、あ~っ! 言っちゃいけないこと言った! それはいくらわたしでも、黙ってられないんだからね!?」


 先ほどの光景を思い出す。


 夏休みということもあって学生が立ち寄ることも多く、夜になると巡回の補導員が歩いている。私も背が高いとは言えないが、高校に入りようやく女子の平均身長に近づけた。


 けれど優佳さんは背は昔から変わらず、おまけに童顔。


 先ほど年齢確認をされた時に、私は高校の生徒手帳を見せて事なきを得た。けど優佳さんは逆に確認をされず、目線を膝まで折り曲げてこう言った。


「お姉ちゃんの言うことをよく聞いて遊んでね?」


 要は補導員の方は優佳さんを私の妹だと思ったということで……

 それに怒った優佳さんは、財布から免許証を取り出し「わたしは今年で十九歳です~!!」と涙目で訴えた。


「ふふっ、あれは痛快でしたね。それに私、優佳さんが免許持ってたなんて知りませんでした」


「もう~他人事だと思って! どこに行っても年齢聞かれるから、身分証明書がないと私は夜に買い物の一つもできないんだよ!?」


「やめてください、それ以上は笑い過ぎてお腹痛くなります」


「も~う! もうもう! 本当にみんな失礼なんだから!」


 優佳さんは頬を膨らませてプンスコ怒っている。その仕草がまた子供っぽくておかしい。昔に比べて髪は長くなって大人っぽくなったし、緩やかなクセっ毛も自然体で、オシャレな女子大生と言われればそう見えないこともない。


 ただ身長は未だに百四十センチほど。

 目はくりくりっとした可愛らしさがあるが、それは女性としての可愛いではなく、子供へ向ける可愛いと区別をするのが難しい。


「要は優佳さんがカワイイってことですよ」


「このタイミングで言われても、全然うれしくな~い!!」


 優佳さんは両手にコブシを掲げて、私の誉め言葉に抗議する。


「もう、そんなことばっかり言うんだったら帰っちゃうからね!」


「ごめんなさい、ごめんなさい。私が悪かったです、謝ります」


 優佳さんはさっきからずっと「もう!もう!」言ってて牛みたいだ。そんなこと言ったら本当に帰ってしまいそうだから言わないけど。


 しばらく優佳さんの可愛さについて議論はしたいけれど、ここらで一息ついて本題に戻す。


「……でも、優佳さんと纏場を心配してるのは本当です。だって纏場とはずっと上手く付き合ってきたんですよね? だからもしこのまま間違ったほうに進んでしまいそうなら、それを正すのは友達の役目だと思ってます」


 優佳さんは振り上げたコブシをゆるりと落とす。


「うん、そうだね……ごめんなさい」


 そう言って眉をハの字にさせ、寂しそうな笑みを口元に浮かべた。



 今日の目的は優佳さんと纏場の仲の修復。


 少しお節介が過ぎるような気もするが、纏場はともかく優佳さんは中学の時からずっと仲良くさせてもらっている。その優佳さんが長年付き添った恋人と破局の危機を迎えているのなら、それを心配するのはごく自然で、ごく当たり前のこと。


 それに二人はいまも好き合っているはずだ。それなのに別れるなんて、理不尽だ。納得がいかない。


「纏場のこと、いまも好きなんですよね?」


「……どうなのかな」


「はぐらかさないでください」


「本当に、少しわからなくなっちゃってるの」


「え?」


「私が帰ってきたときに、サトシとレイカがなにしてたか知ってる?」


「……一応聞いてもいいですか」


「キスしてたの」


 強めの口調で言った。


 拒絶のような、言い捨てるような。


 優佳さんには最も似合わない、負の感情に満ちた声だった。


「それは、その本当に……してたんですか?」


 纏場の言うことも、優佳さんの言うことも、どちらかを鵜呑みにするわけにはいかない。だってどちらかが自分の都合のいいように嘘をついてる可能性もゼロじゃないんだから。


 話を聞く側として、私はそれをはっきりさせておく必要がある。


「本当に、ってどういうこと?」


 優佳さんが疑われたことに怒ったのか、少し眉をひそめた。


「それはその、なんて言うんですか、ええと」


「……」


 優佳さんの視線が細められる。


「ええと、だからその、こう……」


「なに、ハッキリ言って?」


「く、くちびるが、引っ付いてるところを……見たんですか?」


「ぷっ」


「……え?」


「なに、唇がひっついてるって。もうエーコちゃん、言い方オジサンみたい~」


 優佳さんは私の言い方が面白かったのか、くすくすと笑いだす。


「だだ、だって、そのキスしてるとこを見たっていうから、その、ええと、纏場は、その……」


 私は自分が恥ずかしい説明していたことに気付き、呂律と思考回路が回らなくなった。


「ふふ、ごめん。キスしてたかどうかはわかんない、ただいまにもしそうなとこを見ちゃった」


「だ、だったら、セーフじゃないですか! 纏場はいまだって優佳さんのこと……」


 優佳さんはその先は言わせず、私の言葉に被せてこう言った。


「ううん、でもあのままだったらきっとキスしてただろうなって。もしそうでなかったとしても、そこにキスしようって意思が生まれたなら、それは同じことじゃない?」


「……優佳さん」


「私はいまでもサトシが好き。けれどサトシが想っているわたしへの好きとは、同じじゃないのかな?って思っちゃったの」


「そんなの、まったく同じなんてありえないですよ」


「うん。それでもね? 疑問に思ったり足を止めちゃうとね? そのことが気になって気持ちが真っ直ぐじゃなくなっちゃうの」


 それは、少しわかるような気がした。

 相手のことを好きっていう気持ちは、深く考えて答えを出した感情ではない。ただ好きという感情そのものなんだ。


 彼が私のことを保健室に運んでくれた、容姿が私のタイプだった、プレゼントを用意してくれた。それらが足し算された上で好きになったわけじゃないし、それが無かったとしても好きという気持ちが無くなるわけでもない。


 そして熱が冷やされてしまったからといって、温め直せばいいという問題でもない。

 いや、その言い方も生温い。冷やされたのではなく”無くなってしまった”のなら温め直そうとすることすらできないんだ。


「サトシのことを考えるとね? あのシーンが思い出されちゃって、気持ちにストッパーがかかるの……もう、ダメなのかな」


 優佳さんは視線を落とし、マドラーで手元のカップをくるくると回し続ける。


「でも、そんなの、こんなこと言いたくないですけど、元はと言えば優佳さんがいなくなったのが原因じゃないですか」


「ほんとにね、自分勝手だよね。わたしもそう思う。でもその疑問を持ってしまってからのわたしには、サトシを好きって本心で言えるか自信が持てないの」


「でも、それでも纏場と話をすることはできるじゃないですか」


「会って、どうしたらいいかわからない。いまは少し落ち着いて考えたいの、一人で」


「そんな……」


 優佳さんの口からこんな言葉が出てくるなんて信じられなかった。


 初めて顔を合わせた時から、纏場のことをずっと気に掛けていて、傍から見ても嫌になるくらい好きなオーラを発していて。それでもその純粋さに自然と笑みが浮かんでしまう、それが私の見ていた二人の関係だった。けどその暖かさはかつてないほどに冷え切ってしまっている。


「だから、ごめんね。いまわたしにできる話はここまで。なにか変わったことがあったら必ずエーコちゃんにも言うから、だから少しばかり時間をちょうだい?」


「……」


「わたしだって出来ることならサトシと関係を続けていきたい。でもいまは出来ない。逆に関係を見直すいい機会かなって、思うの」


「……ぜったいですよ、ぜったい仲直りしてくださいよぉ?」


「うん、心配かけて、ごめんね?」


 そうして優佳さんは私にハンカチを渡してきた。


「大丈夫です、自分の持ってますから」


 そうして私は勝手に昂った感情を抑えるため、目尻に湧いてきたものを拭き取る。


 なにやってんだろ、私……


 優佳さんの気持ちを動かしたくて、励ましたくてこうして会いに来たのに、逆に感情を溢れさせてしまっている。こんなんじゃ弱っている優佳さんの助けになれない、頼ってもらえない。そんな自分がひどく惨めだった。


「それは、そーと!」


「?」


 急に優佳さんが手を合わせ、満面の笑みを浮かべる。


「その時計、どうしたの~?絶対にエーコちゃんのセンスじゃないでしょう?」


 優佳さんはニヤニヤしながら私の左手首に巻いている腕時計を指さす。


「これは……」


「なに? もらったの?」


「ええと、ハイ……」


「男の人?」


「ハイ……」


「なになに、誰~? いつの間にそんなことになってたの?」


 急に攻守逆転。先ほどの憂いなんかなかったように優佳さんが前のめりに聞いてくる。


「わ、私も高三ですし、そのいろいろとあるんです」


「そっかぁ、わたしたちも結構な付き合いになるもんね」


「はい、だいぶ長いこと優佳さんにはよくしてもらってます」


「そんな他人行儀なこと言わないでよっ、それで、その彼とはどこまで行ったの?A?B?C?」


「優佳さん、なんかその聞き方こそオジサンくさい……」


「わたしのかわいいエーコちゃんがお嫁にもらわれようとしてるんだから、ユウカパパになることはやぶさかじゃないわよ? 娘はやらんっ!」


 優佳さんが両手を腰に当ててドヤ顔をして見せる。とてもパパには見えない、どちらかというと小学生だ。


「嫁にもらわれるなんてまだまだですよ」


「でも、お付き合いはしてるんだ?」


「……いえ、まだです」


「そっかあ、じゃあいまが一番どきどきして楽しい時期だ!」


「楽しくなんかないですよ。本当に相手が私のこと好いてくれてるか、その、分からないですし……」


「でもプレゼントもらうってことは相当仲良しでしょ? デートとかはしたの?」


「う~ん、デートはしてないですね……でも」


「でも?」


「……なんでもないです」


「なんでもないことないでしょ! ねぇ? 言っちゃえ言っちゃえ!」


「うう……」


 なんで私は”でも”なんて言っちゃったんだ……その代わりなにかあるって言ってるようなもんじゃないか。


「……き」


「ん?」


「キス、しちゃいました」


「うそ~!? やる~!!」


「優佳さん、声大きいですよ!」


「エーコちゃんが顔真っ赤! すごくギュウってしたい!!」


「も、もう! あまりからかうと怒りますよ!」


「だってびっくりだよ~あのエーコちゃんがね。へえ、へえへえへえ~! なんかわたしまで嬉しくなってきた!」


 恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだった。

 でも優佳さんが私のことでこんなに喜んでくれるなんて嬉しい。


「でもっ、そこまでしてもらって付き合ってないってどういうこと!?」


「私からは好きって言いました。けどその時に相手は私のことなんか好きじゃないって分かってましたから、いつか返事を下さいって」


「でもそれでキスまでしたのに、返事がないっておかしいでしょ? もしかしてエーコちゃん変なのに捕まってないでしょうね?」


「はは、どうでしょうか……」


 微妙だ、そこまでは庇ってあげられない。あなたの素行が悪いんですよ、傑さん?


「わたし、ちょっと文句言ってこようか?」


「あああ、余計なことしないでください。私がなんとかしますから」


「そう? 言ったわね? じゃぁ進展あったらちゃんと教えてね」


 優佳さんはそう言うとわざとらしく笑う、ちょっと怖い。


 そうして私たちは少し真面目っぽい話をしたり、笑いあったりしながら近況を話し合って解散した。纏場たちの関係改善に一石を投じられなかったのは残念だが、優佳さんの心にも大きな傷があった。だから深入りしすぎるのは二人のためにならないのかもしれない。


 優佳さんがどういった結論を出すのかは気になる。それに見ていないところで最悪の答えを出したりしないかが不安だった。


 だから私は少なくとも優佳さんの動向には目を配っておこう。


 ――先日、華暖が纏場に言っていた言葉を思い出す。


『馬鹿言うなっ!親友だから間違った選択をしようとする、アンタを止めてるんじゃないの!』


 私が感じているのはこれだ。優佳さんが間違った選択だけはしないように、私がサポートをしてあげたい。


 そうだ、華暖。


 華暖はレイカさんが纏場にアプローチするなら後押しするつもり、なんて言っていた。もしレイカさんがその気になって、不安定な二人とぶつかることになったらマズい。


 私はLINEを開いて、今度は華暖に会う算段をつけるのであった。

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