6-14 華暖との女子会


 華暖と顔を合わせたのは翌日のことだった。

 先日、レイカさんと初めて会い、華暖も合流したあのファミレスだ。


 よくもあれだけ騒いでノコノコとやって来れると自分でも思う、でも安さには勝てないのだから仕方ない。


 ちなみに呼び出してから気付いたことだけど、華暖と二人で会うのは今日が初めてだった。外で女友達(?)とピンで会うなんて、優佳さん以外では初めてのことだから少し身構えたけど、いつも通りのユルい華暖なので拍子抜けした。


「――全っ然ダメだわ、あの見掛け倒し。意気地ナシなんてもんじゃなかったわ」


 華暖はそう言ってファミレスのテーブルに上半身ごと突っ伏す。


「どういうこと?」


「あれからレ~カとはちょいちょい連絡取ってんのよ。ぜぇ~ったいトッシ~のこと好きなクセに全然認めないしぃ、否定的なことばっか口にすんの」


 だいぶ、やさぐれていた。


「口を開いたと思ったら”私の他に代わりはいる”とか”私はあなたの人形じゃない”とかさ、アンタはアヤナミかっての!」


 華暖は不満そうに言うが、私は内心ほっとする。

 だって優佳さんと纏場に仲直りをして欲しいのに、もしレイカさんが躍起になってたりしたら向かい風でしかない。


 でも同時にレイカさんはフラれるということだから、喜びそうな気持ちに自制をする。嫌な思いをする人は少なくあるべきだ。


「でも……本人がそう言うのに無理強いはできないんじゃないの?」


「そ~だけどさ~? アイツは間違いなくトッシ~に惚れてるって」


「それでもだからと言って無理にハッパかけなくてもいいじゃない? なにかレイカさんと纏場が付き合わないとまずいことでもあるワケ?」


「そんなの無いわよ? 無いけどさ……?」


「けど?」


 華暖は急にしゅん、とうなだれた様子で涙目になった。


「なんかさ、悔し~んだよね」


「悔しい?」


「うん。だってさ……ああ、そいえば言ってなかったと思うけど、アタシもトッシ~にコクってフラれたことがあんのね」


「え……ってまあ、あなたも纏場のこと好きだとは思ってたけど」


「まあ隠してないしね? で、なんだかんだトッシ~はレ~カじゃなくて、結局ユ~カさんに戻りそうじゃん?」


「まあ……そうね」


 二人に直接を話しを聞けてしまってる私はイレギュラーだ、二人の手札が見通せている。そして私が楽観的なのかわからないけど、二人は最終的に戻ってくれると信じている。


「なんかさ、それが悔しい」


「……どういうこと?」


 華暖の言いたいことが見えない。


「アタシだってさ、ユ~カさんのことは好きだよ? でもさ、それとこれとはちょっと違うの」


 華暖は身を起こし、両手をグーにして心なしか力を籠めて話し出す。


「だってさ相手はあのトッシ~だよ? アタシみたいな金髪イケイケ美少女と、モデル体型でクールなのに庇護欲そそる美人のレ~カ。その二人のアプローチを断って正室一筋なのはさ、なんかムカつかない?」


「う~ん……分かるような、分からないような……」


「トッシ~はさ、正直あんまり目立たないし、顔もパッとしないし、なんかちょっと男らしさに欠けるし」


「あなた、仮にも好いてた人をよくそこまで言えるわね」


「好きだからこそよ! あ、いまのちょっと名言っぽい?」


「全然」


「あ、そう? それはいいけどさ」


 華暖は気にした様子もなく、ちゃきちゃきと自分の話を進める。私はこのざっくばらんとした性格が、意外と好きかもしれない。


「だからこそ少しトッシ~にはアタシらになびいて欲しいんだよね。じゃないとユ~カさんみたいな勝ち組しかチャンスがないみたいじゃん? アタシだってさ、トッシ~に好いて欲しくてさ、少しだけど頑張ったし、レ~カがもしトッシ~にまだアプロ~チしようとするならさ、応援したいって思うのよ」


「それならこないだレイカさんに言ってた”かわいそう”ってのはウソで、本音はそっちだってこと?」


「かわいそうってのもマジで言った、本人は逆にシャクに触ったみたいだけどね。だからこそアタシの言うことに捻くれてんのかも?」


 華暖は背もたれに体をぐでっと倒してそう言った。


「なんにせよレ~カはマジでじゃじゃ馬。よくもまあトッシ~はあんなのと一緒に住んでられたと思う。アタシなら三日でころすか、ころされるかしてるわ」


「それはあなたたちの相性が悪すぎるからでしょ」


「ま~ね~、あ~なんか腹立ってきた。店員さ~ん! イチゴサンデー追加ぁ~」


 既に三個目になるスイーツの注文に、店員も私もあきれ果てる。


「……ほんっと、よく食べるわね」


「別に普通っしょ?アンタこそもっと食べないから胸に脂肪がつかないんでしょうが」


「大きなお世話よ。そんなに食べてると太るわよ」


「あん? なんか言った? イモ」


 少しの間睨み合うが、華暖の方がすぐに飽きた。


「そ~いえばさ、アンタはトッシ~とどういう関係なの?」


「私?」


「そ、なんかよくわかんないけど、一応ダチなんでしょ? なに経由なのかなって」


「なにって、まぁ一応夕霞中の時に同じ生徒会役員だったけど……ってあなた、私の顔見ても本当に気づかないの?」


「なにって、アンタみたいなモブのイモになにを気づけばいいのよ?」


「……一応、私、生徒会長を務めていたこともあるんだけど」


「うっそ、マジ!? アンタが生徒会長? ウケる~興味なかったから全然気づかなかったわ!」


 華暖はなにがおかしいのかツボって一人で笑い転げている。


「でも確かに言われてみれば、集会の時にアンタみたいなイモが体育館の演台で煮っ転がってた気がする~!」


「絶対に、殺す」


 私は先ほど食べ終わったパスタのフォークを振り上げる。


「アハハ、タンマタンマ! それシャレになんないって~!」


「だったらこれ以上笑うのを早くやめなさい」


 華暖はしばらく笑っていたが、ようやく収まると続けて聞いてきた。(涙を流すほど笑って本当に失礼な女)


「悪かったわよ、でもトッシ~って確か二年の時には引っ越してたんでしょ」


「そうよ、だから一緒だったのは一年の時だけね」


「ふ~ん、それなのにいまも関係が続いてんだ。珍しくない?」


「……ずっとじゃないわ。優佳さんとはずっと会ってたけど、こないだの旅行の時に久しぶりに連絡を取って、って感じね」


「へえ、でもこないだファミレスで泣きながら謝ってたよね? あれなんなの?」


「……ほんっと、あなたって嫌なことばかり覚えてるわね」


「いや結構インパクトあったし」


 仕方がないから私は五年前にあった私の黒歴史をかいつまんで話してやった。


 自分の過去の汚点を話すことなんて初めてだったけど、口にしてみると本当に馬鹿なことをしたと思う反面、当時思っていたほど重大事件でもないような気がしてきた。纏場に許されたことで、少しは自分でも許そうという気持ちになれたからかもしれない。


 もしくは自分の中で時効を迎えたということなのか。


「はあ、そんなくだらないこと」


「そ、くだらないこと」


「それを五年間あっためて、あの場でアタマ下げたと」


「そう口にされると、本当にみじめになるからやめて……」


「ふふ、そんな小さいこと気にしちゃって、エ~コかわいいとこあるじゃん」


「うるさい」


「でも、そんなこと言ったらアタシなんてそんなこと年がら年中だし」


「あなた、自己中の神だもんね」


「そ、胸張ってれば意外とそれもキャラになるし?」


「そう割り切って大騒ぎできるんだから、あなたは大物よね……」


 華暖に会ってまだそれほど立ってないけど、華暖は喜怒哀楽が振り切れてる。纏場の胸倉掴んだり、レイカさんを煽って頬張られたり忙しいことこの上ない。


 けどそれが少しばかり羨ましい。自分の思ったことを周りの目を気にせず、胸張って言えるその度胸が少しわたしにも欲しかった。そうしたら中学の卒業式で屋上で出会ったとき……いやそれよりもっと前に、見栄も外聞もなく纏場に謝れたはずだ。


 華暖のような女にはなりたいとは思わないけれど、彼女に学ぶことは大いにある気がした。


「で、結局アンタはトッシ~に惚れてたことはあんの?」


「……急に飛んだわね」


「なに言ってんのよ、そもそも私がアンタらの関係について聞いてたんじゃない。アンタが黒歴史なんて話するから脱線したんでしょ~が」


 いちいち言い方がカンに障る。けどそれにも慣れてきた、華暖はきっとこういう言い方しかできないんだ。


「そのことは結構真面目に考えたことあるけど、纏場に恋愛感情は抱いたことはないわね」


「ホントに? ホントね? これ嘘ついてたらアタシ結構怒るけど」


「うん。あなたたちのライバルにはなりえないから大丈夫よ」


「そ? ならいいの。アンタみたいな変な新キャラが出てくるからびっくりしたわ。少年誌のラブコメみたいに本筋に関係ないキャラが主人公に惚れて、ニ・三巻持ってく引き伸ばし商法かと思ったわ」


「なにそれ。しかもそれってどっちみちフラれんじゃないの、私」


「イモだしね」


「しつっこい!」


「メンゴメンゴ、で今日の要件って結局レ~カのことが知りたかっただけなの?」


「……それもあるけど、本題は別」


 そう、今日の本題は違う。レイカさんの話でも、優佳さんの話でもない。

 先日、直面した私自身の不思議。一人で考えてみても答えが出せなかったアレ。


 だから私はこの件とは無縁である、第三者の意見を聞きたかった。


「これ」


 私はポケットから薄金色の輝きを失ったボタンを取り出す。


「……なにこれ」


「ボタン」


「見りゃわかるけど、これがなに」


「纏場の第二ボタン」


「は?」


 華暖は素っ頓狂な声を出し、今日一番の面白い顔をする。


「私、中学卒業の時に纏場にこれをもらったの」


「ちょっとアンタ!? 舌の根も乾かないうちに、なに言ってんの!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る