6-9 相変わらず、クッソ色気のない話ばかり


 私たちは当たり前に店を追い出された。そして先日同様、行き場を失ってどことなく歩を進めている。


 店員さんに怒られはしたが、最後に小声で「結果、どうなったか教えてくださいね!?」と小声で聞かれてしまった。


 誰が教えるか、お前たちは知りすぎた。


「ま~なんにせよ、こうしてレ~カと話ができて良かった」


 いわく”自己中の神”である華暖は、自分の目的を果たせたようですっきりした笑顔を見せていた。


「そ……」


 レイカさんは素っ気なく返事をしたが”悪い気はしない”表情をしていた。


「じゃ、アタシこれからバイトあるから」


 そう言って華暖は片手をあげる。


「いまから……ってもう二十時じゃない?」


「うん、大遅刻。テンチョも怒ってるだろうから、少なくとも閉店作業までは手伝ってく」


 なんの苦もなさそうな顔で華暖がそう言い放ち、去っていく。


「佳川!」


 それをレイカさんが、呼び止めた。


「な~に~!」


「……ありがと」


 そう聞こえるか聞こえないかの声で呟いたレイカさんに「オウ!」と威勢のいい声で返事をし、華暖は足取り軽くこの場を去っていった。


「なんか、悪かったね」


 レイカさんが申し訳なさそうに言う。


「私たちこそ、ごめんなさい。纏場と知り合いだったことレイカさんに隠してた」


「いいよ、別に。私はあなたのこと知ってます……なんて本人にわざわざ言うことじゃないと思うし」


「ほんと、ごめんなさい」


「いいって、気にしないで」


 そう言ってレイカさんは笑うが、少しばかり疲れの色が滲んでいた。おそらく華暖との話でレイカさんの中に迷いが生じているのだろう。


「じゃ二人ともお疲れ様、色々あったけど楽しかった。ニッカ、ご馳走様」


「ああ、その分は仕事で返してくれ」


「もちろん」


 ファミレス代は見栄を張って傑さんが全部出してくれた。私も出すって言ったけど、強引に押し切られてしまった。


「レイカさん、帰っちゃうの?」


「うん、ちょっと一人で考えたいこともあるしね」


 先ほどの会話の一部が思い出される。本当にレイカさんは優佳さんの間に割って入っていくのだろうか?


「それに……」


「それに?」


「若い二人の邪魔をするのは、さすがに私でもはばかられるかな?」


「なっ!」


「じゃね、二人とも」


 そういってレイカさんも去っていく。傑さんと二人きりになってしまった。


 少し緊張もしたけど……私は少し笑えてきてしまった。


「どうしたんだ、映子?」


「いえ、なんか最近すごいなって」


「すごい?」


「ええ、ファミレスで二回も大騒ぎをして追い出されるし、みんな色々な悩みを抱えててそれをぶつけ合ってるし、なんかすごいなって」


 最近の不思議な騒がしさを思い返すと、自然と笑顔がこぼれる。


「そういうの、なんて言うか知ってるか?」


 傑さんが私の方を見ながら得意げに言う。


「青春、って言うんだって」


 ……ああ寒い、厳しい、しばれる。


「また、あなたはそうやって恥ずかしいことを言う」


「なに、いいじゃないか。俺たちはいま恥ずかしいことをやっても許される歳なんだ。なにをしたってどうせ後で黒歴史って言って、頭抱えることになる。だったらいまを楽しんだ方がいい」


「傑さんの場合は確かに昔から黒歴史ばっかですね」


「はは、ひどいな。でも俺の隣にいてくれるんだろう?」


「……嫌な人」


「そうか、俺はだいぶ映子に惹かれ始めてるけどな」


「え?」


「なんでもない。家まで送る、手でも繋ぐか?」


「い、いりませんっ!」


「本当に?」


「……~~~!」


 そう言って傑さんは、強引に私の手を取った。


「映子の手、小さくて柔らかいな」


「か、感想とかいいですから」


「あらら、怒られてしまった」


「あなたがいつもそうやって飄々としているからです!」


「映子」


「……なんですか」


「怒った顔も、かわいいな」


「っ、だ~か~ら~!」


 ホントに。なんなの、このヒト……


---


 傑さんはどうやら本当に家の前まで送ってくれるらしい。


 前回は車だったが今回は徒歩だ。最初の内でこそ手を繋いで歩くシチュエーションにドギマギしていたが、さすがに慣れてきて話題はレイカさんの話に移っていた。


「えっ、じゃあ牛木さんトコにレイカさんを呼んだのって、傑さんだったんですか?」


「ああ、レイカ君を孤独に追いやってしまったのに俺は無関係ではない。あのとき巌さんを止めるためとはいえ、レイカ君にはすまないことをした」


 そう言って傑さんは少し眉を下げた。


 レイカさんは卒業するまでの間に、仲間から浮いてしまったとは聞いた。だがそれは巌さんの手から守るために、傑さんがグループの内部に働きかけたなんて誰が想像できるだろうか。


「だからせめてもの罪滅ぼしだ。巌さんを説得して立ち上げたばかりのウチの働き口を与えた。もちろん仕事が出来なければ温情での雇用は厳しかったが、レイカ君はその後も上手くやってくれた」


「社長さん、よく納得されましたね」


「さすがに巌さんも血気盛んとはいえ、もういい大人だ。揉め事を起こす気はないし、立ち上げたばかりでどうなるか分からない会社に入ってくれる若い連中は少ない。だから巌さんとしても若い人が入ってくれるのは賛成してくれたよ」


「……ふ~ん?」


「そう、気を悪くしないでくれ。レイカ君には、その……」


「わかってます。私とは事情が違ってるって、わかってるつもりです」


 そう、わかっている。けどレイカさんは優遇されて私は優遇されない、そのことが七面倒な私のジェラシーを引き摺った。


「もう一つだけ教えてください、なんで傑さんは夕霞中にいたことをレイカさんに隠してるんですか?」


「隠してる……まあ、そうだな。だが正確には聞かれないから言わないだけだ」


「聞かれないから、言わない?」


「もし夕霞中の副会長ですかと聞かれてハイと言えばどうなると思う? おそらくだが、纏場が生徒会事件の犯人に仕立てられた原因を追究してくるだろう」


 そうか、レイカさんはその真相を知らないんだ。だってそうじゃない、それを知ったら纏場がレイカさんを勝手に庇い立てしたことが知られるということだ。


「もしそれを知ってしまったら、纏場のお膳立てはすべてひっくり返る」


「でも、もう時効なんじゃないですか? だって社長さんもいまさらレイカさんを悪いようにはしないんですよね?」


「ああ。だが、もし今からでも知ったらどうなる? レイカ君はウチの会社なんかで働く気はなくなるだろう。そしたらまた孤独な日々のやり直しだ」


「……そういうことですか」


 レイカさんは自分が原因で、纏場が罪を背負っていたことを知ったらどう思うか? なぜ社長さんがレイカさんを許して仕事を与えようと思ったのか?

 ……それに辿り着いてしまったら、いまの仕事でさえ誰かに与えられたものだったということに気付く。それを自分で選んだという自負の崩壊。


 レイカさんは一人でなにかを決めることができない自分に絶望していた。けれどいまの職場は勧誘されたとはいえ、纏場や優佳さんの手が入らないところで決めたことだ。それはきっとレイカさんのプライドを支えるための柱になっているに違いない。


 けれどそうではなかった。それに気付かせてしまうことはレイカさんにとって百害あって一利もない。


「俺も最初に顔を合わせた時、レイカ君に副会長として過去を聞かれないかどうか危惧した。けれど聞いてくることはなかった」


「なぜでしょう? レイカさんは私が元生徒会長であることに気付きました。だったらおそらく……」


「そうだ気付いている可能性が高い。だが聞いて来なかった、その考えられる理由は二つある」


 やたら勿体つける……話を振っておいてナンだけど、私はそろそろこの色気のない話を切り上げたかった。


 ……だってもうすぐ家に着いてしまうから。


「一つは単純にもう過去のこととして興味を失っていることだ。そして俺の存在とその出来事を結び付けて考えていない」


「もう五年も前ですからね。でも傑さんを見ても副会長だったかどうか聞くのは、普通じゃないですか?」


「それは、おそらく……」


 傑さんは少し気まずそうな顔をして頭を掻く。


「俺が生徒会室で無様にビビッているのを見て、気づかないフリをさせてるんじゃないかと思っている……」


「ぷっ、なんですか。それ」


「笑うな」


 そっぽを向いて、少し強めに言う傑さん。


 概ねレイカさんが牛木興業で働いている理由、傑さんが自分の過去を明かさない理由は理解できた。

 ……けど私はその話を聞いて、少し思ってしまったことがある。


 ――レイカさんは、みんなの手で守られすぎている。


 纏場が暴力の手から守り、優佳さんがその意見を尊重し、傑さんは纏場の後押しをする形で居場所を作った。華暖だって同情して友達になるとまで言っている。


 だけどレイカさんは結局のところ自分からなにもしていない。それなのに周りが庇い立てして、多くの人が辛い思いをした。養子として入ってきた家庭環境の違いはあるかもしれないけど、それでもいまは普通の高校生だ。その彼女に果たしてそこまでのサポートが必要なの?


 挙句の果てには姉の彼氏で寂しさを埋めようとさえした。それに少しばかり納得できないのは、私の心が狭いから?


「……レイカさん、纏場に好きって言うと思います?」


 華暖が先ほど提案したアレ、私は正直レイカさんにそんなことして欲しくなかった。


「どうだろうな。これからのレイカ君次第だろう。俺だってそこまでレイカ君のことがわかるわけじゃない」


「でも会社の同僚として話すことは多いでしょ?」


「そうだな、かれこれ一年前からの付き合いだ。仕事はよくやってくれるし、かなり助かっている」


 笑顔でいう傑さんに、少しチクリと来る。


「……教えてくれても、よかったのに」


「うん?」


「傑さん、会社にレイカさんがいること教えてくれませんでした」


 ああ、この感じは良くない。私の悪い癖が顔を覗かせる。


 昔からいまも続いている、秘密を知りたがる癖。


 傑さんはきっと隠そうとしてたわけじゃない、そんなのわかってる。

 でも私は隠し事をされていたって、ありもしない被害妄想に走ってしまう。


「ああ、そのことか」


「そのことか、じゃないです」


「怒ってるのか?」


「……少し」


「悪かった」


「いいです、わざわざ言う必要なかったと思いますし」


「それでもだ。ごめん」


 傑さんは立ち止まり、頭まで下げる。


「……そこまでしてもらわなくていいです」


「でも俺の配慮が足りなかった」


「配慮とか……言い方が、冷たいです」


 いまの私はただひねくれているイヤな女だった。そして想像力豊かな私はどんどん最低な妄想に走っていく。


 男の人が女性を顔で選ぶとはよく言う。私とレイカさんを顔で評価すると百とゼロ、彼女に勝てる要素なんて万に一つもない。それなのにあんな美人を近くに置いている彼が、レイカさんになびかず私の好意に付き合ってくれる……なんてそんな虫のいい話があるだろうか。


 彼だって口にはしなくたって、付き合えるならレイカさんのほうがいいはずだ。


 私みたいな――華暖いわく、イモ女――よりは。


 だから本当はレイカさんにも言い寄っているのを知られたくなくて、レイカさんの存在を隠していたなんて、したくもない想像をする。


「……すいません。いまの私、ちょっとおかしくなってます」


 私は繋いでいた手を振りほどく。急に手を振り切られて、彼はきょとんとした顔をする。


「ちょっと頭冷やすので、今日はここで失礼します」


 そう言って返事も聞かず、傑さんに背を向けて走り出した。

 いまはイヤな林映子でしかいられない。だから一刻も早く……失敗する前に逃げなくちゃ。


「どこ行くんだ、映子」


 傑さんは逃げようとする私の手を掴み、硬く繋ぎ直す。


「離してください、このままだと私……」


「ごめん」


「……え?」


「本当に、悪かった」


「傑さんはなにも悪くないですってば」


「映子が気分を悪くしたなら、俺が悪い」


「やめてください」


「やめない、映子に許して欲しいから」


「……許すも、なにも」


「映子の気持ち、考えてあげられなかった」


 私の足はもう前に進めなくなっていた。


「……」


「俺、映子に嫌われたくない」


「……嫌いになるはず、ないです」


「でも映子を怒らせた」


「いまの怒るとこじゃないです、間違えました」


「じゃあ先に行かないでくれ」


「でもいまの私、すごいイヤな女です」


「でも、映子だ」


「――」


「俺、映子に嫌われたくない」


「…………本当に?」


「ああ」


「私、めんどくさい女ですよ」


「俺の方がよっぽどめんどくさいし、うるさいし、自分勝手だ」


「……そうかもしれませんね」


「ほら。じゃ、別にいいだろ?」


「なんか、強引に言いくるめられた気がします」


「嫌だったら、手を振り払ってくれ」


「ほんとに、いやなひと」


「だろ?」


 そう言って私の目を見て、笑った。


「傑さん」


「ん?」


「……さっき言ったこと、本当ですか」


「ああ、映子に誓って」


「なんですか、それ」


「あ、笑った」


「……ほんっとうに、いやなひと」


「家まで送る。手でも繋ぐか?」


 繋いだままのくせに、改めてそう聞いてくる。


「……好きに、してください」


「よしきた」


 傑さんは一歩前に出て、私の手を引いた。

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