6-7 別に邪魔だとは、思わないのだけど


「やっぱり、お冷は冷えてないとダメだな」


 ファミレスに入った傑さんはなぜかお冷一つで喜んでいる。けれど私は気が気じゃない。だってここは先日、華暖も含めた四人で大騒ぎをしたファミレスだ。店員も最初に入ってきた時「え゛っ」って顔をしていた。


「お疲れ様、休日は満喫できた?」


 エンドウさんが平坦な口調で傑さんに訊ねる。


「まあまあだったな。プライベートって聞こえはいいけど、ずっと動いてたからそれなりには疲れた」


 背もたれにぐっと体を預けながら傑さんが答える。四人掛けのテーブル席へ、私とエンドウさんが隣同士に腰かけ、片方には傑さんが腰かけた。


 ……本当は隣に座ろうかと思ったが、エンドウさんの視線もあるしやめておいた。私は通路側に座ったが、傑さんは意識してくれているのか、奥まで座らずに私の正面になるように座ってくれていた。


「映子もありがとな、わざわざ書類持って来てくれて」


「いえ、私もすこし傑さんの職場を見てみたかったので」


「ははっ、かわいいこと言うな。こいつぅ」


「ちょっ……やめてください」


 よりにもよってエンドウさんの前で……


「え、なになに?二人ってそういう仲なの?」


 エンドウさんがニヤっと笑い、顔を交互に見る。


「そうだが?」


 あっさりと、傑さんが認めてしまった。


「ちょっ、傑さん!?」


 いきなり公然と認められてしまって混乱する。


 え?だって、まだ私と付き合うって決まったわけじゃないでしょ?私と一緒に食事行こうって言ってくれただけで……でも、そんなことわざわざ細かく説明してもしょうがないし、これでいいの?こういうものなの?でも恥ずかしい。


「なんだ、ニッカやるじゃん。イケメンなのに意外と女っ気ないな~って思ってたんだよね」


「……いまさらですけど、そのニッカってなんですか?」


 この話を続けられると頭がパンクしそうなので、話を脱線させる。


「ニッカ?二階堂のあだ名だよ。会社の連中がそう呼んでるから、私も倣ってそう呼んでる」


「なんかウイスキーみたいですね」


「ああ、だから俺も気に入ってる。なかなか中二心がくすぐられるネーミングじゃないか?」


 いや、そんなのは知らないけど。


「それに俺も会社じゃ秘書なんてやらせてもらってるけど、大体の社員は年上の方ばかりだからな。だからこうしてあだ名がついてるほうが、先輩方も気楽に接してくれる」


「なんであんたはそうやって一々理屈づけるかな……ま、私もこうしてニッカって呼ばしてもらうほうが気楽だけど」


「だろう?」


 そう言って傑さんはウインクなんかしてキメて見せる……こういう残念なところは昔から変わらない。


「お二人ともナレソメは?」


「それは……」


「高校に入ってからだな」


 私の言葉に被せるように傑さんが話し始める。


「映子は東部瀬川の新聞部員でな、その時に潰れそうだった新聞部を廃部にしないで欲しいって、生徒会長の俺のとこにやってきたのが最初だったな」


 ……?


「へぇ、そうなんだ。で、その時の弱みをタネに、俺の女になれとでも言ったの?」


「バカ、そんなことをするわけないだろう。映子とはそれからたっぷり月日をかけて愛を育んでいったんだよ。な、映子?」


「そっ、そこで私に振らないでくださいよ!?」


 その時、彼は私の目を見た後、自分のスマホに目を向け、それを指でトントンと叩いた。


 ……なんの合図だろうか、スマホ?


「ははっ、映子は相変わらずシャイだな」


「ちょっと~? 見せつけないでくれる?」


 私はエンドウさんに軽い愛想笑いだけして、自分のスマホを取り出し、来ていたメッセージを眺める。



<レイカ君には俺が夕霞中だとバレないようにしてくれ



 レイカ君?バレない?


「そういえば”レイカ君”俺のいない時に問題はなかったか?」


「特には。あ、一回だけ関係者に催促をお願いしたくらいかな」


 それは傑さんが夕霞中にいたことを、バレないようにして欲しいってこと?なんのために?


「そうか、ちなみに飛ぼうとしたのは誰だ?」


「ヤマデラさん、あの人これで二回目だけど大丈夫?」


 そもそも私とエンドウさんが自己紹介してる時点で、お互いが夕霞中だったのはわかっている。それにエンドウさんは生徒会長だった私のことを看破した。先輩とは言え副会長でもあった傑さんがバレていないとも思えない。


 あともう一つ、聞き捨てならない名前が……


「ああ、その件だが今度一度面接して本人のやる気を確認したいと思う。そこで”レイカ君”にも同席してもらいたい」


「は?なんでよ?私、関係ないじゃない」


「大アリだろ、それで仕事が増えるのはレイカ君なんだから」


 やっぱりだ。エンドウさんが、レイカ君。ということは彼女はエンドウレイカ。優佳さんの妹で、纏場と同居している女性だ。


「だとしても勝手に面接してくれればいいじゃない」


「君のその迷惑そうな顔がいい。それをヤマデラさんに見せてやれば、俺はこの人に迷惑かけてんだ……って思うだろ?」


 確かに、こないだ纏場と華暖も合わせて四人でいた時にも、傑さんは”レイカ君”と言っていた。あれは確かに見知った人じゃなければできない呼び方だった。


「はぁ、わかったわよ、適当に予定が決まったら教えて」


 エンドウ……レイカさんはため息交じりに渋々と頭を縦に振った。


「それはそうと」


 傑さんが気付いたように私の方を向く。


「レイカ君は映子のことを下の名前で呼んでるのに、映子はレイカ君をエンドウさんと呼んでるな? なにか理由があるのか?」


「……そんなのないですよ、それは傑さんが来たタイミング悪かっただけで」


「そうそう。せっかく女同士で仲良くやってんのに、ニッカが乱入して無理やりここに連れてきたんだろ」


「そうか、それは悪かった」


「ほんっとにね。ねえ映子、私のこともレイカって気軽に呼んでもらえる?」


「もちろんです。よろしく、レイカ……さん」


「さん付け?ま、いっか……でも同年代の友達も久しぶりだな」


 レイカさんがしんみりした様子でそう呟く。

 ……どこか、彼女が醸し出す悲しげな表情が印象的だった。それが一層の魅力を引き立てて、余計に同い年には見えないのだけれど。


「にしても、映子はニッカのどこが良かったわけ?」


「そりゃあ全部だろ」


「ニッカには聞いてない!ね、映子?」


「え、えっと……」


 傑さんは涼しげ顔をしているが、自分のことなだけに私の言葉を注視している……が、内心ニヤつきながら、後でからかおうとしているのがミエミエだった。


 まったく腹の立つ――だから私はこう言ってやった。


「……意外と甘えん坊なところですね」


「「え?」」


 場が静まり返る。


「二人きりになると言うんですよ、赤ちゃん言葉で。映子ぉ、今日はお仕事つらかったでしゅ、って」


「は、はははっ!? なにそれ、超ウケる!」


 レイカさんが腹を抱えて笑い出す。


「お、オイ!? 映子!?」


 傑さんは珍しく狼狽えた。


「LINEも返信しないと、すぐに追い連絡が来るんですよ。もう寝ちゃった? とか、いまのテレビ見てる? とか、声が聞きたいとか、そりゃもう色々と」


「ホント? ホントに!? 面白すぎんだけど、こりゃ会社の連中に言いふらしてやらないと!」


「レイカ君、いいか? これは誤解だ」


「旅行中も私を放って行ったくせに、早く映子ママの顔が見たいでしゅ、明日もママの声が聞きたい、って毎日電話してくるんですよ」


「ひ、ひひっ! お腹、お腹痛い!」


「お、おおおおい、映子! うそはよくない!」


「ああ、傑さん、ごめんなさい……これは二人だけの秘密でしたね、私もついうっかりノロけてしまいました」


 私はそう言って真実味を帯びる言葉で話を締める。


「ひ、ひひっ、これみんな聞いたらどう思うかなぁ……ダメ、涙出てきた」


「え、映子、覚えてろよ……」


 先輩が魂の抜けた顔で、抗議の声を上げる。いつも散々からかってきた仕返しだ、飄々とした彼に一泡吹かせられて気分が良い。


「あ~笑った笑った……なるほど、ニッカは甘えさせてくれる女が好きだと、あ、ダメ、また笑えてきた」


「レイカさんを楽しませられたなら、私もノロけた甲斐がありました」


「こんな笑ったの久しぶりだよ、特ダネの提供ありがと」


 そういって私の肩をポンポンと叩いてくるレイカさん。


「私とかじゃあ無理だもんな、そんなの。いい彼女が見つかって良かったじゃん?ニッカぼっちゃま?」


 レイカさんは濡らした睫毛を拭きながら、傑さんに顔を向ける。


「……くっ、ま、まぁ確かに、近場にいたとしても野蛮なヤンキー女には、俺だって手を出そうとは思わないがな?」


「誰がヤンキーだって?」


「別に誰とは言ってないのだがな? 心当たりでもあったか?」


「い~え、これっぽっちも? でも確かにママなんて言われて受け入れるほど私はデキた女じゃないかなあ~」


「くっ、だからあれは映子のついたウソだって」


「ええっ! ニッカは年下の彼女を嘘つき呼ばわりするの?」


「く、くううっ……映子、頼む、このままでは俺の会社の立場がぁ……」


 さすがに少し可哀想になってきた。

 その懇願する姿に、さっきのウソをホントにさせそうな母性本能が疼いた。


---


「な~んだ、つまんないの」


「ごめん、レイカさん」


「いいよ、面白かったし」


 そう言ってレイカさんは歯を見せて笑う。美人にこうも砕けた笑顔を見せられると、女の私でも胸にクるものがある。先ほどの騒ぎでマークしていた店員さんにしっかりと怒られ、いまは大人しく頼んでいたメニューを食べていたところだ。


 傑さんは一人ですごい疲れた顔をしていた。

 ……きっと旅行帰りでお腹いっぱいになったから眠くなったんだろう。うん、そうに決まっている。


 でも、傑さんはなぜレイカさんに夕霞中であることを隠しているのだろう。やっぱり生徒会であった事件が絡んでいるから? これは後で傑さんに聞かなければわからない。


 そしていま隣にいる女性。エンドウレイカ、優佳さんの妹。先日まで纏場と一緒に住んでいた幼馴染。


 先日の話からするとおそらくレイカさんは纏場に好意を持ってる。でなければ自分から家に連れ込んだりなんてしないだろう。そして纏場も優佳さんという彼女がいながら、レイカさんに心を寄せてしまったことは事実だろう。


 彼女がいるのに好きな人ができてしまったのは、褒められたことじゃない。けど今回に関しては、優佳さんが纏場になにも言わずに出て行ったことにも問題がある。


 先日も話のあらましは聞いたがそれでも私は部外者だ、本人同士でなければその心中を全部理解するのは無理だろう、でも私にとって優佳さんとの仲直りしてもらうのが一番だ。優佳さんの非を知り、レイカさんの事情を知ったいまでもそれは変わらない。


 だから私がレイカさんに会ってしまったのは……良くないことだったのかもしれない。遠回しとはいえ私はレイカさんの幸せを願ってやることはできないのだから。


 もちろんそれは本人同士の問題だ。だからもし纏場がレイカさんを選んでしまったとしても、それはそれで不思議なことではないようにも思えた。


 ……こんな美人だしね。でもそれはやっぱり世間体的に言ってしまえば、浮気ということになる。だからこそ纏場はそれに悩み苦しんで、二人と絶縁するなんて答えを出してしまったんだ。


 誠実で、真面目で、不器用だ。


 始めて生徒会で一緒になった時は、少しおちゃらけたところがある、って思ってたけど根はマジメなのは話してみてわかった。優佳さんみたいなしっかりした人にお似合いと言えるだけの男子だったと思う。


 そういえば纏場はどうしてるだろう。傑さんが帰ってきたということは、彼もまた戻ってきているはずだ。


 私の中のヤジウマが顔を出す。


 あそこまで話を聞いてしまった以上、ことの顛末まで知りたいと思うのは不思議じゃないよね。纏場は結局のところどういう選択をするのか……その顛末はテレビでやってるどんな恋愛ドラマより私の興味を引いた。



「レ~カ……」



 ふと、ぼそりと消えてしまいそうな声が後ろから聞こえた。


 振り向くとボックス席の後ろに立っているのは……華暖だった。

 レイカさんは華暖の姿を目に入れるなり、眉間に皺を寄せ、冷血な視線を華暖に返すのだった。

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