6-4 傲岸不遜な大人
巌は事務所に隣する商店街を、大股で歩きながら三本目になるタバコをついばむ。その手前の二本は……もちろん携帯灰皿に入れている。一国一城の主となった牛木巌は、以前のように粗暴な振る舞いをすることは無くなっていた。
紫煙を吹かしながら巌は先ほどのレイカとの会話に思いを馳せていた。
――オレはいま機嫌がいい。
あのブアイソ縁藤がオレの会社にやりがいがあるとか言っていた。アイツにそう言われると、オレのしてきたことが間違ってなかったように感じられる。
「しっかし縁藤、聞いてねえんだな」
先ほどの縁藤との会話。アイツは素で聞いてきた、なぜオレがメンツを守らなかったのかと。
アイツの言う通り、オレは報復をするつもりでいた。
けれど間に入ったヤツがいた、名前は確かマトバとかいう男。最初は舐めたガキのいうことなんざ聞くつもりがなかったが、オレ相手に全く怯む様子もなく、放火の件でオレに強請りをかけた上で「一岳の罪を被るから、縁藤には手を出すな」と抜かす面白いヤツだった。
だからオレはさせたいように、させることにした。事実、いまの会社も一岳が放火でパクられていれば、興せていなかったかもしれない。この時勢にあれだけ大見得切れるヤツがいるのは意外だった。しかもあんなヒョロいガキがだ。ウチのファミリーにも中々いない。
おまけに恩を売った縁藤に一言も告げていない、あの様子じゃ縁藤は裏でマトバが手引きをしたことを知らないはずだ、マトバは自分の芯を貫いた。ヤツがその後どうしているのかは知らねぇ、だがオレは改めてマトバのことを心底気に入っていた。今後、マトバとは出会うことがあるかなんてわからねえ。けれど会うことがあるのなら、酒でも酌み交わしたいもんだ。
「あのガキも格好つけやがって」
顔に似合わず、根性の座っているガキ――ヤツがああしていなければ、縁藤がウチに来ることも無かったし、カイシャはまた違った姿形をしていただろう。縁藤には学がないとは言え有能だ。
縁藤を雇ったのは――傑の指示だ。この経緯は割と長い。
オレは正直、マトバの気概は買ったが約束を守るつもりは無かった。数日後には縁藤を囲むつもりだった。約束を反故にしてでも件のグループは潰す必要があった。
だがそれに気付いた傑はオレの元にやってきて犬のように吠えた。そしてマトバが一岳を突き出さなくても、自身が突きだすとまで言い出した。
アタマに来たオレは傑をのしてやったが、アイツは歯向かって代案を出すと言うので聞いてみると、意外と悪くない話だった。
それは縁藤のグループを内部分裂させること。ヤツが言うには縁藤がグループのリーダーになるのは時間の問題だが、まだ確実ではない。そしてリーダーになってしまえばオレのファミリーと夕霞を二分する勢力へと変わっていくだろうとのこと。だがリーダーの資質なしと判断されれば、いまと同じ有象無象の集まりで結束を持つことは無いと。
そのためにヤツはグループの連中に溶け込み、内部崩壊を引き起こした。とてもオレには出来ない、回りくどい方法だ。ヤツはグループに不安をもたらすウワサを多数流した。
アイツはコイツを嫌っているだとか、お前のことを馬鹿だと周りが言いふらしてるとか、生徒会室での乱闘に協力したやつはオレに因縁をつけられているとか、そんなくだらない話だ。
しかしガキの集まりにはそれが効いた。あいつらが集まっていたのはただ居心地がいいからという理由だけだ。けれど自分が悪口を言われていたら?縁藤に協力したことで自分が闇討ちにあったとしたら?
そんな根も葉もないウワサがグループを自然消滅に追い込んだ。最終的には縁藤が海外マフィアからの手先で、日本人を拉致しに来たなんてウワサさえ信じられていた。しばらくして雲のように漂っていた縁藤のグループは消滅した。その手管にオレは舌を巻いた。
いままでオレがやってきたのは力でねじ伏せることばかりだった、だが傑の取った方法はオレが考えたこともなかった人間心理によるものだ。オレは傑をファミリーに誘った、しかしヤツは頑なに受け入れなかった。
だがオレは傑の頭脳が欲しかった、聞けば勉強もできるというし、カイシャにいて欲しい人間だ。だからカイシャの話をすると、ヤツは考えさせてほしいと口にした後、数日経ってから具体的な話をして欲しいに変わった。
最終的に傑はウチに来ることになったが、ヤツは二つ条件を出した。一つは決して非合法な組織と契約を結ばない、協力をしないこと。もう一つはカイシャの目的を単なる金儲けではなく、人のことを第一に考えるカイシャにすること。
会社の目的は人材派遣だ。だからそれは仕事に困っている、助けを必要とする人間に手を差し伸べるものであれとヤツは言った。
最初はなにを言ってるんだと思っていたが、ヤツの提示するウチのファミリーやチンピラを集め、地域に感謝され伸ばしていくというビジネスモデルはなるほど。オレの元の考えに合致したものだった。
そうして会社を興して半年ほど経った頃、傑は縁藤をウチの会社に入れたいと言い出した。なんでも縁藤は傑がグループを分裂させた後、居場所を完全に失い、魂が無くなったようになっているとのことだった。そんなことオレの知ったこっちゃねぇ、入れてやる義理はない。と突っぱねたが傑は生意気にもこう言った。
「牛木興業は助けを必要とする人間に、手を差し伸べる会社です」と。
傑はどこかで縁藤のことを気に掛けていたのかも知れない、縁藤を孤独に追い込んだのは傑なのだから。
縁藤はマトバが守ろうとした人間だ。それを傑が尊重したのか、傑個人として縁藤に肩入れしたのかは知らねえ。けれどそう言う話は嫌いではなかった、傑もまた飄々としつつも、義理難い人間であった。そう言う人間が周りにいるのは気持ちがいい、カイシャを興してからオレはだいぶ人生が楽しくなっていた。
そうして、オレはつまんねえ普通の大人になったのだなと知った。いまでは小賢しくも生意気な傑、無口で愛想のない縁藤、それにたまに顔を合わす社員兼ファミリーのやつら。
すべてがかわいい後輩だった。だからオレはヤツらが伸び伸び動けるようにしてやりたい。オレが好き放題していた頃のように、自由を感じて欲しい、オレの時代は終わったんだ。
「オレ……いや、俺も焼きが回ったな」
色んな連中が精一杯にいまを生きようと必死になっている、そしてそれを遠くから俯瞰している俺の姿。なにかあったら説教したり、金の力で解決もできる。映画監督にでもなったようで気分が良い。
三本目の煙草をできるだけ丁寧に灰皿に入れ、四本目を取り出す。もうじき南中に差し掛かろうとする煩い熱源に、か細い紫煙の幕を張って反抗して見せる。それでも白い光は容赦なく、俺に眩しい光を浴びせ続けた。
一人でその光景を嗤う。今日の煙はいくら吹かしても、変わらず美味い。
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