6章 元夕霞中生の、夏休み
6-1 国際通話E&S
「おはよう、映子。あ~空気がマズイっ」
「やっぱり、空気良くないですか……?」
「そうだな。いまは比較的いいタイミングで来れたが、次は来いと言われても行かないだろうな」
彼はいま、隣国のホテルに泊まっていて、これからレイカさんのお母さんに会いに行くところ。
この電話は私からした。
けれど彼は折り返すと言って、数十秒後に折り返しの電話をくれた。
……特に私も言葉にしなかったけれど、国際通話の料金を気にしてくれたのだろう。少し胸のあたりがもにょる。
「お仕事の方は大丈夫なんですか?急に休まれたみたいですけど……」
「なに、大したことじゃない。事務所には有能な社員もいるし、基本は社長一人でなんとかなるよ」
「そう、ですか……」
色気のない会話――私が傑さんに好意を伝えたんでしょ?だったらもっと話してて楽しそうな会話を進んでしていかないと……
あ~いまのもダメ!
もう、なんで私の言葉の後ろには、いつも金魚の糞みたいに三点リーダがついてくるのだろう!?
世間一般の男女はいったいどういう会話をしてるんだろうか。もっとお互いが好き好きオーラ全開にしていたり?
『傑さんに会いたくて昨日は眠れませんでしたぁ』『早く会いたいですぅ』
ああ、ダメだキャラ崩壊してしまう。
私みたいな陰気な女にはやはり三点リーダがお似合いなんだ、いっそのこと華暖が乗り移って会話を進めてくれないだろうか?
あ、でもそれで上手く行ったら腹が立つ、いまのナシ。
「エーコの方はどうだ?勉強進んでるか?」
「ああっ、えと、ハイ、そこそこです」
電話中に妄想に陥っていた私は、傑さんからの揺さ振りで目を覚ます。
「そうか、一応大学に進むために受験勉強もしていたから、教えられるところだったら協力できるぞ?」
「ハイ、ありがとうございます」
ああ、傑さんから話題振ってもらってしまった。
でもそっか、進路……
「……傑さんは」
「うん?」
「傑さんは、就職するのって怖くなかったですか?」
あ~あ、また色気のない話に方向を進めてしまった。
でも仕方ないじゃない。だってそれは本当に聞いてみたいことだったんだから。
「映子は、就職するのは怖いのか?」
「多分、怖いんだと思います。みんな大学に行くって言ってる、だから人と外れたことをするのが怖い、のだと思います」
いまの私には特別将来のしたいことなんてなかった。
だから傑さんのトコで仕事したいなんて簡単に言っちゃうし、進学のために受験勉強をするって言いつつも手が付かないんだと思う。
「そうか、なら進学するので全然構わないと思うぞ?」
「そうなんですか?でも、進路ってそんな適当じゃ……」
「はは、なにを気にしてるんだ映子は?進路を決められないんだったら進学でいいんだよ、そうして自分の心が決まるまで保留しておけばいい」
「そんなの問題の先送りじゃないですか」
「そう悪く言うもんじゃない。いまどうしても決められないんだったら、大卒を持っていた方が後々有利だ。
それにいま映子は問題の先送りって言ったな?その選択をダメだと思う危機意識があるなら、映子は自分に合った未来をきっと決められる」
「……」
「それに俺の場合は、進学するよりこっちの方が面白そうだったからそうした。もし会社が潰れるようなことになっても、その時どうするかはきっと将来の俺が決めてくれるよ」
「……それも問題の先送りですね」
「ああ、そうだ。俺はいま自分がしたいことがコレだったからな。だから映子もしたいことがあったら、周りなんて気にせずそうすればいい」
「だったら私が傑さんのとこで本気で仕事をしたいって言ったら雇ってくれますか?」
「それはダメだな。弊社はやる気のある人員だけを募集していて、林映子サンからはまだ熱意が伝わって来ない。どうしても就職を希望されるようであれば、然るべき時期に履歴書をご提出いただき、SPI試験を受け、二回の面接をクリアしたのなら採用します」
「……もう、傑さんの意地悪」
「ごめんな。でも俺も一応会社の人間だから。そこはオンオフをしっかり切り替えられる社会人として、な?」
「上手いこと言いくるめたつもりですか?」
「映子が本気でウチを希望しているなら俺だって真剣に考える。でも少なくともいまはそうじゃないだろう?」
「……ハイ」
「いまのは聞かなかったことにする。まだやりたいことが見つかっていないなら、進学して視野を広げたほうがいい」
「でも、私は」
「映子」
「……」
「進路の相談にも乗る、俺に出来ることだったら協力する。だから――」
「――じゃぁ、早く帰ってきてください」
「……」
「私、はやく傑さんに、会いたいです……電話じゃ、その、もどかしいです」
「……ああ、わかった」
「傑さん、LINE送ってもぶっきらぼうだし」
「いや、俺が、あまり可愛い文面送っても、寒いだろ?」
「そんなことないですよ、昔の傑さんだったらそうかもしれませんが、いまのあなたならどんな顔を見せても不思議じゃない」
「……」
「私………………傑さんのことが好きなんです、昔の少し冷たい態度も嫌じゃなかったし、いまの少しチャラいとこも嫌いじゃ、ないんです」
口が回る、必要以上に回る。勝手に言いたいことを言ってしまう。
「なんで好きかって言われても、答えられないけど、好きなんです。そんな適当じゃ、ダメですか?」
「ダメじゃ、ない。
いや、ありがとう」
「お土産……買って来てくださいね」
「ああ、なにか買ってきて欲しいものある?」
「傑さんが考えてください。意地悪したから、そのお返しです。精一杯考えて、私が喜びそうなもの考えてください、気に入らなかったらダメ出しだってします」
「おお、それはそれは……」
「傑さんは纏場の付き添いでそっちに行ったんです。だから用事が終わるまでそのことだけ考えててくれればいいです。
……でも全部終わって、空港で、お土産買う時くらいは、私のこと思い出して、いっぱい、悩んでください」
「……わかった」
「ふふ、ありがとうございます」
「エーコ、さ」
「なんですか?」
「いまの『ふふ』って笑い方、鬼かわいかったぞ」
「!? な、なに言ってるんですか」
「いや、ホント。傑さんは激萌えしてしまいました」
「じ、自分のこと傑さんとか言わないでください!そ、それに萌えって……」
「ああ、モエモエだった」
「か、からかうのはやめてください!」
「からかって、ないんだけどなぁ」
「も、もう!あ、そろそろこんな時間! もう学校に行かなきゃ間に合わないので失礼します!」
「ああ、いってらっしゃい。映子」
「……いってきます」
切れちゃった。
登校するまでにまだ時間なんて三十分もあるのに。恥ずかしくって、切りたくない電話を切ってしまった。
……まだ話していたかったな。
自分の頬に手を当てると、不自然なくらいに熱い。顔色なんか鏡を見なくても手に取るようにわかる。ベッドに腰かける私の手に触れ、ガサリと音を立てたものがあった。
「あ……」
A4書類が入った封筒。
なにやってんだ、私――傑さんとの電話に夢中で本題に入るのを忘れていた。それは先日、傑さんの代わりに来た会社の人が忘れていった物だった。
傑さんの会社は人材派遣会社なので派遣の更新、または契約が切れて正式に派遣先の社員……つまり林工務店の社員になるまでは、傑さんの会社の一員として扱われる。だからそのことで謝花さんと話をしに来ることがあるのだが、先日来た代わりの方が書類を忘れて行ってしまったのだ。
私はそれにかこつけて傑さんに電話をしたのだけれど、綺麗なまでに目的と手段を入れ替えてしまったらしい。
「私、思いっきり恋愛脳じゃん……」
いまから傑さんにまた電話なんて恥ずかしくてできない、今度こそ私の体温が熱暴走を起こしてしまうかもしれない。
タイミングを見てLINEでも送ってみようかな……私は立ち上がり顔の熱を冷まそうと窓を開く、そこには空一面の透き通るような青が広がっていた。明かりの点いていない部屋に青の風が流れ込み、涼やかな空気が私の体から熱を奪いさる。
目を瞑り、これから訪れる将来を想像した。まだ将来について、進路について、傑さんのことについて、なにひとつ確かなことは無い。けれど雲一つないどこまでも続く空がある限り、私はどこにでも飛び立っていける、そんな子供じみた想像をさせてくれた。
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