5-15 わたしの思い出
”わたし”はこれが夢であることを自覚していた。
だって、ここ最近は辛いことの方が底抜けに多かったのに、いま人を待っている”わたし”は期待に胸を膨らませているのだから――
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いつも買い物に来るアーケード街、だけど今日は少しばかり人通りが多い。
天井にはイルミネーションランプや星の飾り物が垂れ下がり、いつも通るコンビニでも赤と白の服を着た店員が、ケーキの店頭販売をしている。
流れる音楽は子供の時からなじみ深い、ポピュラーなクリスマスソング。
町全体が一丸となって今日が特別な日だと、通行人の気持ちを盛り上げよう、と一丸となって騒いでいた。
「優佳っ」
そう言って駆け寄ってくる、わたしの待ち人。
わたしはその姿が目にするだけで、勝手に胸が小躍りをし始める。
だけどそんなことを真正面から伝えたりしない。だってなんか悔しいもの。
だから少しばかりのヒネてみせる。わたしに弱みを握らせたこの人に、意地悪を言う。
「おそ~い!初デートで遅刻なんてありえないでしょ~!?」
「いや、ほんっとにゴメン!ちょっと迷っちゃって……」
そういって膝に手をついて、真っ白い息を吐く、わたしの幼馴染。
「迷ったって、別に子供の頃からよく来てるじゃない!言い訳なんてするなんて、信じられませ~ん!」
「場所のことじゃなくって!優佳がいろいろ注文出すから、服を合わせるのに迷って……」
カーキのダウンジャケットに、群青に近い清潔感のあるジーンズ。
頭にはボンボンのついてる白黒ボーダーのニット帽。
わたしはわざとらしくアゴに手を当てながら、サトシのファッションチェックをする。
というのも夏頃(サトシとお付き合いをする前)に、一緒に買い物をしたことがあるのだけど、その時の恰好に「小学生みたいで子供っぽい!」とダメ出しをしたことがある。
そうしたらサトシは生意気にも「僕の身長を抜いてから言えよ」なんて言われ、ケンカになったことがあった。
そして今回、ええっと……初デートをすることになったから、今日はちゃんとデートっぽい恰好する!という取り決めをしていた。
当のサトシはわたしの視線を真正面から受け、恥ずかしそうにそっぽを向いている。
……かわいいひと。
「う~ん?ジーンズが裾がダボダボしてて、ちょっとフリョーっぽいけど、まあ合格かな?」
「細かいな……」
「オトナな女性とのデートよ?それくらいしっかりしてもらわなくちゃ、困ります!」
わたしはポッケからハンカチを取り出し、サトシの頬を伝いだした汗をぬぐう。
「あ……ごめん」
「いいの。もうちょっと屈んで?」
サトシは言われるがままに膝を曲げる。それをわたしはハンカチを押し当てるように、額の汗を吹いていく。
その汗を見ながら「わたしのために、走ってくれたんだ」なんて、お花畑な考えが湧いてきて一人で恥ずかしくなる。サトシが遅刻しただけなのにね?
結構走ったのかな……また頬に新しい汗が伝いだした。それを見てわたしは……
「ひゃあぁっ!」
サトシが驚きの声を上げて飛びのいた。
「……しつれいな反応ねぇ」
「いきなり優佳が僕の頬を舐めるからだろ!?」
「は、走ってきてくれたからサービス。す、素直に喜んでいいのよ……?」
言ってて自分で恥ずかしくなる。わたしはなに意味の分からないことを口にしてるんだろ!?
「……優佳、言うならもっとスマートに言ってよ、顔真っ赤にして、それはないと思うぞ?」
「う、うるさいうるさいっ!」
拳を振り上げてサトシの胸にとびかかる。そんなわたしをサトシは「どうどう」なんて言いながら、適当にあしらう。
うう~っ、なんて屈辱。
年々、サトシはすこしずつ生意気になってきた。
昔はわたしの後ろをぴょこぴょこついてくる可愛い男の子だったのに。
それにサトシの背は時間が経つに連れ、どんどん高くなった。
いまはもう生意気に百六十五センチもあるって言ってたっけ?わたしよりも二十五センチも高い!男の人の成長ってズルい!
ふと気づくとサトシがわたしをじっ、と見下ろしてることに気付く。
「な、なに……?」
「優佳も、その……服、かわいいよ?」
「……あ、ありがと」
視線を俯け、自分の恰好に目を落とす。
薄いピンクのコートに、グリーンベースのチェックスカート。
それとお母さんに選んでもらったムートンブーツ。
クリスマスに、初デート。
わたしだって、少しでも、サトシにかわいいって思われたくて、頑張ったもん。
「似合ってるよ」
サトシが、わざわざ言葉に出して言ってくれる。
そういう彼の顔も、リンゴみたいに真っ赤だった。
お互いの服を褒め合う。
語彙なんてないからただの心をくすぐり合うような言葉遊び。
でも単純なわたしは、そんなことでバカみたいに嬉しくなってしまう。
「うんっ、ありがと」
そう言ってわたしはぎゅっと腕に抱き着く。
焦ったサトシは目線をあさってに飛ばそうとするが、それに抗議して腕に力を込めると、観念したように一息ついて。
「じゃぁ、行こうか」ってわたしの腕を抱き返してくれた。
サトシの横顔は二ヶ月前よりだいぶ大人びた。
その変化を好ましく思うわたしがいるのも事実だけれど、その原因を思い出すたび複雑な気持ちになる。
サトシが生徒会を去ることになった、一連の文化祭中止事件。
あの事件でわたしたちの住む学校は変わってしまった。
みんなが当たり前のようにサトシの悪口を言うようになった、サトシはなんにも悪くないのに。
けれどサトシの無実を証明することはできない。
そうすればレイカが酷い目に合わされるからだとサトシは言った。
そんなのっておかしい。
暴力があれば、事実は捻じ曲げることができるの?
だったら警察はなんのためにいるの?道徳はなんのためにあるの?
でもきっと、あの場所、あの時、レイカを守ることができたのはサトシだけだった。
悪者の罪を被る道を選んだサトシだって、ホントは許せない。
わたしにとってレイカもサトシも大切な人だ。
だから自分を犠牲に、罪を被ろうだなんて許せるはずもなかった。
でも結局はわたしはサトシのしたことを”理解”した。
サトシはいつの間にか、一人で地に足をつけて、選ぶことの出来る男の人だった。
そうしてわたしの大切な妹を守ってくれたのに、なぜ文句が言えるだろう。
サトシはもう、わたしに守られるだけの子供なんかじゃなかった。
わたしの隣にいて、大切なものを理解して、腕を抱き返してくれるような、一人の立派な男の子だった。
サトシが言ってくれた「支えたい」って言葉。
その言葉を初めて聞いた時には卒倒しそうだった。
生まれてきたことに、出会えたことに、全てに感謝した。
同じ生徒会で一緒にはいられなくなってしまったけど、こうして横にいてくれて、わたしなんかを受け入れてくれてる。
わたしはもうそれだけで、人としての幸せを集めきったような気持ちになれる。
だからサトシとの一つ一つの瞬間を大切にしたい。
今日だって家が隣同士なのに待ち合わせをした。
サトシは少しばかり不思議に思ったみたいだけれど、わたしの意図したいことをわかってくれた。
ただ恋人っぽいことをしたい、そんなワガママ。
ホント、恥ずかしいことをしてると思う。
でもいままでと同じ関係なんかじゃ、つまんない。
普通に好きなだけじゃ、おんなじ。
恋人同士になれたっていう事実を、その気持ちをいっぱい着飾らせて、嬉しさや楽しさや恥ずかしさを二百パーセントにしたいんだ。
サトシと気持ちを通じ合わせて二か月経った。
でもいままでは十年以上もただの幼馴染だったんだ。
だから幼馴染から恋人になったんだって、頭と、心と、全身がちゃんと理解できるようになるまで、サトシを好きな二百パーセントのわたしでいたい。
そうしてサトシと、もっともっと嬉しくなっていきたい。
だってわたしって、本当にワガママなんだから!
「ふふふ……サ~トシ~」
「なんだよ優佳、くっつきすぎだよ」
「いいの~わたしのサトシだからいいの~」
「いつからお前のモノになったんだよ?」
「最初から!」
「あ、そう……」
ぶっきらぼうに答えるけど、見上げた顔は真っ赤になっていた。
ホントは嬉しいのに、無駄にクールぶっちゃって。
「だってさぁ、サトシ、最近全然イチャイチャしてくれないんだもん」
「当たり前だろ!年末でウチも優佳の両親も帰ってきてるのに、ベタベタできるわけないだろ!」
「別にお父さんもお母さんも関係ないじゃな~い、見せつけようよ~」
「それ本気で言ってる!?優佳のトコも、ウチの両親も、優佳がところ構わず引っ付くから、ずっと目が泳いでたじゃん!」
「気にしないの~」
「お願いだから気にしてくれ……」
そう、だからこその外出、初デートだった。
お互い家同士お隣だから、お付き合いを始めてからはずっと一緒にいた。
ウチにはレイカもいるから、どっちかというとサトシの家にいることが多い。
家といっても特になにをするわけでもない、だってサトシは男の子なのにゲームもやらないの。
「一緒にゲームでもやろう?」と言ったらサトシが持ってきたのは、将棋盤・碁石・花札。
その時はさすがに乾いた笑いしか出てこなかった。
……そのルールを一から全部覚えたわたしも大概なんだけど。
あとはテレビを見たり、お互いが料理したり、勉強を教えてあげたり。
それと生徒会の相談とか愚痴に乗ってもらったり、かな?
けれど年末ということで、それぞれの両親が家に戻ってからは、サトシが恥ずかしがってあまり家の中では仲良くしてくれなくなった。
それが悔しくってよりくっつこうとするけど、そうすると余計に距離を置こうとして悲しくなる。
そうして今更ながらに気づいた。
外に出てデートをしたことないな、って。
もちろん付き合ったりする前にも、二人で外出したことなんて何度もあった。
けどその時はわたしも特に意識してなかったし、サトシもいつも通りだった。
だからわたしはちゃんとデートしたい!ってお願いして、クリスマスデートを要求したのだった。
サトシも今更ながらそれに気付き、デートって単語に戸惑いながらもオッケーしてくれた。
……それでも楽しいことばかりじゃなかった。
だって先月は人生で一番最悪な月だった。
付き合って、文化祭が中止になって迎えた十一月。
学校が終わって帰ってくると、わたしは怒っていて、サトシは決まって落ち込んでいた。
みんなサトシの陰口ばかり言うからだ。
わたしはサトシが爆発して、言い返したりしてくれることに期待してた。
でもレイカを守ると誓ったサトシは、それに対してなにも反論することはなかった。
わたしもそんな聞きたくもない言葉を、耳にするたびに嫌な気持ちになった。
そのことでサトシ本人にすら当たり散らしてしまったこともあった。
……すぐに自己嫌悪でいっぱいになり、泣きながら謝って許してもらうのだけど。
けれど十二月に入った頃にはみんな飽きたのか、どんどん風化していった。
文化祭前は各クラスのサポートでみんなに頼られて、けれども盗難騒ぎでみんなから陰口を言われて、そしていまや誰もサトシを気に掛けることさえない。
嵐の過ぎ去ったあとには、なにも残らなかった。
とても空しい、なにに怒ればいいのかわからない。
そんな心境だった。
それはサトシも同じだったらしく、しばらくは言葉少なに過ごしていた。
だけど、せっかく夢叶ってサトシと恋人になれたんだ。
それなのに悲しい気持ちを抱え続けなきゃいけないなんて、そんなことってない。
……だからこそ、なんだ。
サトシから好きって言ってもらえたあの瞬間を、ただのドラマチックな展開、その場限りの想いにさせちゃダメ。
わたしだって、サトシだって、辛いことがあったけど、それを経ていまこうやって好きだと認め合える仲になったんだ。
周りの声なんかに振り回されて、台無しになんて絶対させない!!
だからこそ、わたしはサトシとの恋愛を二百パーセントで楽しまなければいけないっ!
その気持ちでサトシを引っ張るんだ。
もしもサトシが落ち込んだままの気持ちでいるのなら、それを引っ張り上げるのは誰の役目なの?わたしに決まってる!誰にも変わってなんてあげやしない!
自分の心に言い聞かせる。
わたしがサトシを復活させるのだと、元気にさせるのはわたしの役目だと。
そう、これが……
「愛のパワー!」
「……」
「あ……」
つい、うっかり、口に出してしまった。
……あああ、目が回る。冷や汗が出る。
愛のパワーってなに?どこかの魔法少女かなにか?
仮にもわたしは、もう中学生で……って、じゃあ中二病って言葉にピッタリね!
……じゃなくって!
サトシは引きつった顔でわたしの言葉を反芻する。
「あ、愛のパワー、なんだ??」
「お、おそらく……」
サトシもなにを言われたのかわからず、わたしも意味の分からないまま、意味の分からない答えを返す。
「く、くくっ!はっはっは!」
「あ、あああ~!あああああああ~!!笑ったなぁ!」
もうわたしはヤケクソだ、恥ずかしさで頭が混乱する。
「昼間からブッ飛んでるねぇ、優佳」
「いうないうな~!」
「なに?優佳って普段からそんなこと考えてるの?はははっ!」
「違う!違う違うっ!いまのはえっと間違いで、その……もう!笑うな!バカにするな~!」
サトシは涙が出るほど笑っていた、わたしはもう恥ずかしさで爆発しそうだ。
死にたい……
「うん、でもありがとう、優佳の愛のパワー確かに受け取ったよ」
「く~!ムカつくムカつく!コロすっ!コロすっ!」
そういってわたしはサトシに殴りかかる、でもその握りしめた手がサトシを叩いてもポコポコとしか音がしない。
周りはそれを何事かと見て、なんだ兄妹のじゃれあいか、みたいな顔で通り過ぎていく。
も~全部が全部、ムカつく!
「優佳、ありがとう」
「もうっ、まだバカにするの!?」
「違う、違うって」
そういってサトシが緩やかにわたしの拳を受け止める。
「今日、誘ってくれてありがとう」
「あ……」
「僕、きっと今日まで優佳のいい彼氏じゃなかったと思う。ケンカして、楽しいことも作れなくって、優佳に気を遣わせてばかりだった」
「……そんなこと、ないよ」
「ううん、違うんだ。僕が優佳を傷つけて、それでも優佳に受け入れてもらえて、きっと僕はそれに甘えて、優佳になにも返せてあげられなかった」
「ちがうちがう!サトシは……!」
その時、サトシは人差し指でわたしの口に封をする。
「だから、今日はせめて僕にも頑張らせてよ。優佳の提案がなければ、僕はきっと今日のデートも用意できなかった」
サトシはわたしの肩を向き合わせて、目を覗き込んで言う。
その瞳の中には、言葉のままの色があった。
「……なんか、カッコつけすぎ」
「……うん、僕も恥ずかしいこと言った、だからこれで、おあいこだ」
「あいこにするな!恥ずかしいのはサトシだけですっ」
「ハイハイ、ワカッタワカッタ」
「やっぱりバカにしてるでしょ!!」
そう言って笑いながら先に行こうとする腕にまた抱き着く。
そんな当たり前のようで、これまでと変わらないようで、それでも言葉で繋ぎ直した心は、前よりも一段と心地よくて。
「ほら、優佳見て!あっちにでっかいクリスマスツリーがある!!」
切っても切れないモノ。
もし切れてしまっても、お互いがまた結びつきたいと思ってる限り、決して切れることはない。
だからこそ信じられる、委ねられる。
ましてや十年以上もそうやって付き合ってきたんだ。
決して、切れることのない関係。
わたしとサトシはそうやってこれからも過ごしていくんだ――
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