5-10 全部失敗で、全部間違い
「――だから、僕は二人との関係を終わりにしたいんです」
僕がそう言い切っても、誰も、なにも言わなかった。
愚かで恥ずかしい暴露大会は、これにて閉廷。
僕は優佳失踪の理由だけ話すつもりでいた。
けれど僕は内心、人に聞いて欲しくて仕方なかったんだろう。
優佳とレイカを天秤にかけ、自分の都合のいい方を選ぼうとした。そんなことまで洗いざらい喋ってしまった。
そして華暖は僕が喋ること全てに口を挟んできた。
「それは違う!」「そう思ったって仕方ない!」「どうしてそんなネクラなことばかり言うの!」
埒が明かず喋り終わるまで、一切口を開かないように頼んだ。それができないなら……出て行ってくれとも。
僕は酷い人間だ。こんなに優しいことを言ってくれる人に出て行けだなんて言っている。
そしてそれを少し離れたところから、第三者視点のような冷めた気持ちで眺めている。
そんな冷たい言葉を掛けられても、華暖は大人しく聞いてくれていた。
顔にハンカチを押し当てている姿も、できるだけ視界に入れないようにして。
そうして拍手も、終了の挨拶もない、僕の暴露大会は沈黙のままに終了した。
エーコはなにも言わず視線を落とし、華暖はずっと顔にハンカチを押し当て、二階堂は目を瞑ってずっと考えるようにして聞いていた。
……暴露大会と言ったら本来楽しいイベントのはずだったのにな。
修学旅行の夜に同室のクラスメートとやる、あれだ。
最初は寝ようとするやつを無理やり笑わせようとしたりするだけなのに、そのうち必ず始まる、好きな人の暴露大会。
部屋の中には誰かひとり、頼んでもいないのに必ず暴露したいような奴がいて、そいつが勝手に暴露すると周りを巻き込み始めるんだ。
一人がしゃべり出すと外野が好き勝手なことを言い出す。
「明日告っちゃえよ!」とか「ふざけんな俺と被ってんだろ!」とか。
そして僕は本当にクソ野郎だから、自分の番が来るとニヤケ顔で「実は付きあっている女の子がいる」って言われて驚かれる。
あの時の快感はたまらない、一人だけすごい優越感。
誰?誰?って聞かれるけど、同じ学校にはいないって言うと大抵は、
「つまんね~」って話になって、その後に「写メ見せて!」となり、最後には「ロリコン!」で必ず着地する。
僕もそんなやりとりが楽しかった、けれどそれも過ぎ去ってしまった日々。
いまはまだ笑って人に話したりできないけれど、きっといつかはいい思い出になってくれるはずだ。
「これで全部です、二階堂先輩」
僕は目を瞑ったままでいる先輩にそう声をかける。
「纏場」
なにを言われるだろうか。
罵倒されるだろうか、答えをくれるだろうか。まさか評価してくれるだろうか、それとも――
「俺のことは、傑と呼べと言ったはずだ」
「……は?」
隣にいるエーコも目を点にして「なにを言ってるの、この人は」と表情で物語っていた。
「だってせっかく友達になれたんだから、そう呼んで欲しいじゃないか」
グラスを傾けながら、口元に笑みを浮かべている。
「先輩……ふざけないでください、怒りますよ?」
生真面目なエーコが、静かに突っ込む。
「いや申し訳ない、ずっと静かだったから落ち着かなくてね」
静かだったら落ち着くだろ、じゃなくて……
「にかい……傑先輩は、どう思いましたか。僕は、これからどうしたらいいと思いますか?」
みっともなく、同級生の女の前で、男が助けを求める。
考えることを放棄し、自分の人生の行く先を、人に委ねる無様な男。
固唾を飲み、掛けられる声を待つ。
「正直、残念だな」
「……」
残念と、ぽつり口にした。
……それはなにに対しての言葉だろう。
僕が安易に心変わりしたことだろうか、それとも自分で考えを放棄したことにだろうか。
「そんな些細な問題に、あの纏場諭史が振り回されているなんてな」
場にいる皆が息を吞む。
……些細? 僕がいま抱えているこの気持ちが、それ自体が些細だって?
「言っていいコトと……悪いコトがあんじゃないの!?」
言葉を叩きつけたのは華暖だった。
「諭史だって、好きでこうなったんじゃないわよ! 精一杯悩んで、考えて、苦しんでここまで来たんじゃないの! アンタにはそれがわからないの!?」
傑さんは黙って、華暖の言葉を受け止めている。
「それを助けになるって口割らせといて、よくそんな無神経な言葉が言えるわね! アンタ、人間じゃないんじゃないの!?」
「……先輩、華暖の言う通りです。いくらなんでも、それは酷すぎます」
対する側のエーコも場を取りなそうと、低い声で傑先輩に非難の目を向ける。
「それでも改めるつもりはない。諭史」
二階堂はこちらを見据えて、冷たく淡々と意見を口にする。
「諭史、お前はいつからレイカ君の母親を憎んでいる?」
「……?」
レイカの母親? いまそれが関係あるのだろうか?
「多分、レイカが縁藤の家に入ってから……レイカと知り合ってからずっとです」
「まさか? それは子供の頃の話だろう? 小学生にもなっていない子供が複雑な家庭事情を理解して、自分から憎むはずもあるまい」
「それは……」
「俺が知らないと思って適当に話すんじゃない、正確に話すんだ」
昔、副会長をしていた時の話し方だ。鼻にかかる口調が、少し懐かしい。
「事情を聴いて、なんとなく理解し出したのは……小学校に入ってからです。小学三年か、四年くらい」
「それで? 誰から聞いた?」
「縁藤のおじさんに聞きました、もう数年経ってから」
そうだ、思い出してきた。
『レイカは普通のコとはちょっと違う。けれどそれは昔可哀想なことがあったからなんだ、だから優しくやってくれ』
そう言われたことだけは覚えている。
「それから、すぐ母親のことを恨んだ?」
「すぐに……ではなかったと思います。ただ、普通のコとの違いからイジめられることがあって、元の国で過ごせていたら、こんなことにはならなかったのかな……って」
「そのあたりが始まりだったと」
「そうですね……だから僕と優佳が、支えてあげないとってそんなことを思った気がします」
「ちなみにレイカ君は母親を憎んでいたのか?」
「直接、そんな言葉は聞いたことはないです。レイカにとっていい思い出はないだろうし、あまり思い出させたくない」
「……そうか」
傑先輩は一息ついて、ソファに一度深くかけ直した。
「じゃあレイカ君は、実の母親を憎んでいないかもしれないわけだ」
「……なにが言いたいんですか?」
「なに、ってそのままじゃないか。本人は憎んでないのに、周りだけが憎んでいるってことだ」
傑先輩は淡々とそう結論づける。
「そういうことになりますが……それと僕の相談がどう関係しているんですか?」
飄々とした態度を続ける先輩に、僕は苛立ち始めていた。
話を見当違いに転がして、批評して、面白がっているのではないか?
この話が優佳とレイカの関係、そしてこれからの指針にどう関係するっていうんだ?
「あのな諭史、物事って言うのは全部繋がっているんだ」
「そんなことは、わかっています」
話を大きくして、誤魔化すな。
「わかっていないだろう、そもそも優佳さんが諭史になにも言わずに家を出たのは何故だ?」
「それは! 優佳が僕の賛成を得られないことがわかっていたから……」
「なぜ、賛成してやらない?」
「だから、それは僕と意見が合わなかったから!」
「――自分に嘘をつくな」
鋭い眼光が僕の言葉を制す。
不毛な会話に痺れを切らし、暴れまわっていた僕の感情は、視線に貫かれて熱を失った。
「お前は優佳さんがなにを言おうと母親を許さなかった、違うか?」
蛇に睨まれ、壁に磔にされた僕は、先輩の言葉を黙って聞く他なかった。
「優佳さんが一番味方をして欲しかったのは、恋人であるお前に決まっているだろう?」
「……」
「優佳さんと共に過ごして随分長いだろう? その中で何度、お前に協力して欲しいと訴えかけた?」
「それは……」
記憶を掘り起こす。
優佳は中学に入ってから母親と連絡を取るようになった。
それから優佳は李さんと何度も連絡を取り、レイカの近況を教えてやっては、安心して欲しいと伝えていたらしい。
当然、それは僕の耳にも入ってきた。
優佳が時たま敢えてその話題を選んでいることもわかっていた。
けれど具体的な話は思い出せない、全て聞き流していたから。
興味も無ければ、受け入れる気持ちもない。優佳が楽しそうに話していても、僕は適当に相槌を打つだけだった。
だから優佳はいつからかその話をしなくなった。相手が興味のない話はしたくない、当然のことだった。
優佳のことはもちろん好きだ、でもだからといって趣味嗜好・考え方すべてが受け入れられるわけじゃない。
親友・恋人・家族、人との関係性に名前を付けたって、赤の他人である事実は変わらない。
「だから優佳さんは行動した、話せば諭史は止めるだろうからな」
結果、そうなった。
先輩の言う通り、話を聞いたら僕は絶対優佳を行かせなかっただろう。
だからこそ、優佳はなにも言わず一人で行動した。
「……そうです、先輩の言う通りです」
そう認める。
……けれど、それを今更認めたことでどうなる?
お互い信じる物が別だったとして、それは責められることなのか?
李はレイカを捨てた、それは疑いようのない事実。
確かに優佳の話を真剣に聞いてあげることはできたかもしれない。
母親を許さなくったって、反対していたって”理解”してやることはできたかもしれない。
けれど賛成しなかった僕が悪いと言って、恋人を放って行くことは許されるのか?
優佳だって僕の反対の意見を聞き入れてくれなかった。
そして急に家を出るという”暴走”をしたのだ、それ自体は許されるのか?
ケンカ両成敗とまでは言わないが、結局この問題を浮き彫りしたところで、なんの意味があるんだ?
「先輩の言いたいことはわかりました。ですがこれはもう過ぎたことです、相談したいのはこれからのことで……」
「話はまだ終わりじゃない。いまのは”些細な問題”が引き起こした結果の一つだ」
先輩はあえて”些細な問題”であることを強調した。もうそのことについてエーコも、華暖も口を挟まない。
「もう一つの問題に入る。
……諭史はなぜレイカ君を支えたいと思ったんだ?」
「それは、聞くまでもないでしょう? 僕はレイカと幼馴染で、友人で、家族だからです」
「でも先ほど、好きではないと言ったな、女性として」
「……はい」
我ながらとんでもないことを口にしていたな、と思う。
「それを恋愛に昇華して支えようとした。けれどそれは偽物の気持ち、優佳さんを失った自分の心の支えだと気づいた」
ドン引きだ、でもその通り。
「それに気付いたお前は、二人を天秤にかけてしまったことを気に病み、二人と距離を置くことを決意した」
「……」
「なあ、諭史。俺はお前の悩みを分解したが……くだらない話だと思わないか?」
ああ、僕も思ったよ。
なんてくだらないんだ、って。
「それはなんの解決もなってない、最悪のゴールだ」
「……」
責めるような問答の後、ふと先輩は声音をやわらげて続けた。
「だがレイカ君を選ぼうとした、お前は正しい」
「え?」
「お前がレイカ君を守ろうとしたのは、心から純粋に湧いて出てきたものだろう?」
「どういう、ことです?」
「諭史のレイカ君を支えるという行動は、確かに最初は子供の頃に吹き込まれた、親父さんとの約束を守っただけだろう」
「……」
「レイカ君を支えなければいけない。それが枷になって、過剰にレイカ君を守ろうとしてしまった」
そうだ。
僕は義務感に近いものに駆られ、レイカを守っていたことは否定できない事実だ。
「男女の関係になる、ならず関係なしに、生涯支えてやりたいって気持ちは、決してウソでないことはここにいる皆がわかっている」
「でも、それは……」
そこに僕の弱さがつけこんだ。
レイカを選ぶことを理由に、僕は自分の弱さを隠そうと……
「お前はレイカ君を選んだ上で支えようとした。けどお前はそれ自体が悪だと、誠実でないと自分を許せないでいる」
「……」
「諭史、俺はお前を否定していない。
子供じゃないんだ、綺麗事を並べるだけじゃいられない。大人の男が女を支えようというんだ、大義名分なしじゃいられない。否定したって世間はそう見る」
え……?
「お前はそれがわかってるからレイカ君を選ぼうとした。決してそれは恥ずかしいことじゃなく、男として立派なことだと、俺は思う」
認められた……?
不思議な気持ちだ。
人に分かってもらえたような嬉しさと、全てを見透かされてしまったような、そんな恥ずかしさが入り混じる。
「だからそれを理由にレイカ君を選んだとしても、俺はお前を軽蔑なんかしない。男としてよくやったと褒めてやりたい、最悪なりにベストは尽くしたのだと」
「……」
「決してその選択が、優佳さんを傷つけたとしても」
……ああ、そうだ。そうするしかなかった。
なにか他の道が、あっただろうか。
いや、ない。僕はレイカを選ぶしかなかった。
でも、じゃあ本当に胸を張って言えるのだろうか。
僕は、本当に一番いい未来を勝ち取ったのかって……
「でも、それは最高の結果なんかじゃない」
先輩は僕の核心をついたように、話を続けた。
「だってお前は一番最初を間違えているのだから」
「一番、最初……?」
「それがなにか、わかるか?」
「僕が、優佳のことを待ち続けられな……」
「全然、違う。お前は、バカなのか?」
先輩はぴしゃりと言い放ち、ソファの背もたれから体を起こし、テーブルの上に手を組んだ。
「レイカ君の母親……李さんを許さなかったこと。それが全ての原因だ」
………………え?
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