5-9 久しぶりの新聞部


「いや~あっはっは! ゆかいゆかい! マトバさんの探し人も見つかったし、我が新聞部も初のインターハイ出場! この世の春ですね~!」


 一際大声で笑う、夕霞東高新聞部長、明智妙子。


 放課後、優佳が見つかったことの報告と、新聞部にお礼を言いに訪れていた。

 ……なぜか、華暖というオマケもついて。


 部長はインターハイ出場が決まったことに有頂天になっており、いまが勝負時!と部員総出でネタ集めに奔走し、以前来た時よりも忙しない空気が漂っていた。


「うん、本当に助かったよ。ありがとう」


 僕は素直に感謝を伝える。


 その後ろで腕を組み、机の上に腰かける華暖が、ふと素朴な疑問を口にした。


「っていうかさ、新聞部でインターハイってなんなの? 文化部なのにそんなのあるんだ?」


「ハイ! よくぞ聞いてくれました!」


 目を光り輝かせ部長が力説し始めると、横にいた大江戸君とエリちゃんがゲンナリした顔をする。


「通称インターハイ、全国高等学校総合体育大会は、名前からして運動部のためであることは間違いないんです」


 インターハイの正式名称をそらで言い切った時点で、二人がイヤそうな顔をした理由を悟った……


「むろん! この活動の目的はそれぞれの分野の発達!また全国の高校生がスポーツを通じて、健やかに成長してくれるのを目的としています」


 華暖はもう飽きてスマホに集中している。

 おい、華暖が聞きだしたんだろ――責任もって最後まで聞け。


「しかぁし! インターハイの目的がそれなのであれば、文化部にそれが当てはまらないのはナンセンス! 当然、それぞれの分野で支援したい団体がいるのは道理っ!」


「だからデスね、つまりはスポンサーいれば、なんでもアリなんデス」


「ああっ、コラ! 大江戸君!夢の無いことを言うんじゃありません!……まぁ、そうなんですけどね」


 要は夕霞東高の新聞部が認められ、全国大会に出られるということだ。


「それとっ! 新聞部のインターハイはオイシイんです! それはスポンサーは新聞社がやってるということ、つまり参加できて目立ちさえすれば、新聞社と直接のコネクションが築けてしまうということにあるんです!!」


「なるほど、ねぇ……」


 華暖は部長のテンションを受け流し、相槌だけ打って、とりあえず部長の熱を上げた責任だけは果たしていた。


「ホント、マトバさんとカグラさんにはお世話になりました。是非とも機会があれば、お二人にはまた一面を飾る活躍をお願いしたいものです」


「いやぁ、出来れば勘弁願いたいけど」


 僕はそう言って頭を掻きながら、横目に華暖の顔を覗き見る。

 すると怪訝そうに僕の表情をチラチラ見ていた華暖の目と一瞬合う。


 ……本当は、僕一人で訪れる予定だったのだが、昨日から華暖が僕にべったりと張り付いている。

 昨日バイト上がってから「いまのトッシ~はあぶなっかしい」とお達しを受け、ずっとストーキング行為が続いている。


 授業中以外でも、学食、特別教室、男子トイレ(中に入って来ようとさえした)ずっと付いて来るので迷惑極まりない。


 当然、周囲もその奇行に気付いていた。

 だが僕と華暖はキス騒動の件もあり、周囲にはカップル扱いされているので、そのあたりは暖かい目で見守ってくれている。


「ま~た二人が痴話喧嘩始めたぞ」「どうせ朴念仁がヒス子の逆鱗に触れたんでしょ?」


 知らない間に、扱い酷くなっていた気もするが……


 と、それはともかく、優佳は見つかった。

 それはつまり僕と新聞部の間で交わされた約束事が完了したわけだ。


 これで僕は新聞部を訪れることもない。


「それはともかくっ!インターハイでは好成績を収めるので、ぜひ期待しててください!あ、なにか特ダネがあれば是非とも共有願いたい!今更ですが連絡先など良いですか?」


「それはもちろん」


 今更だったけど部長、大江戸君と連絡先を交換し、僕と華暖は賑やかな部室をやや名残惜しい気持ちで後にした。


---


 部室を後にし、昇降口を出た後も、華暖はなにも言わず、黙って後方に張り付いている。


 別に隠れているわけでもなく、さも当たり前のように堂々とストーキング行為に興じている。

 十歩進んで止まれば、後ろの影もピタリと止まり、少し小走りすれば同じように走り。


 振り返っても顔を逸らすことなく「早く歩け」とむしろ怒られる。だから僕はもう半ばあきらめていた。


「華暖……どこまで着いてくるの?」


「ちゃんと家に帰るか、見届ける」


「帰るに決まってるだろ?」


「……こないだは、わかんなかったでしょ」


「あの時は、悪かったって」


「昨日もオカしかったよ。ねぇトッシ~、アタシってそんなに信用ない?」


「そんなわけないだろ?腐れ縁だし、ウマも合うし、一番気兼ねなく話せる友達だ」


「じゃあさ、話してよ。アンタのその顔見てると落ち着かないの!これから悪いことが起こりそうってわかるの、だからアタシを頼って!?」


 華暖は切迫した表情で、僕の心を震わせる。


「こうやってさ、詮索してくるオンナってホントウザいと思う。でもさ、アタシだってなんか返したいんだよ。助けになりたいの」


「そう言ってくれるだけで、僕は」


「だから、そう言うのが嫌なんだって!」


 華暖の言う通り、僕は昨日から心に蓋をしている。

 周りからの声に影響されないように、自分の決めたことだけをやり遂げるために。


 それでも華暖という相手は手強い。


 壁があったらブッ壊そうとしてくるし、塀があったらよじ登ろうとしてくる。

 僕は近寄れないように撃ち落とし続けるが、弾切れまで勝負をし続けようとする。


 そこまで華暖に想われてい……た、ということは自惚れではないと思う。

 華暖は”親友”として僕に踏み込んでくる。

 

 それは酷くあやふやなものにも感じるが、そもそも問題はそこじゃない。


 僕が許せないものは僕の心側の問題だ。

 僕は揺れている二人の感情も考えずに、自分に都合のいいパートナーを決めようとした最低の人間だ。


 そしてそれは二人だけでなく、華暖もその中の一人。


 僕は優佳に”真実”を聞いたその日、華暖からLINEのメッセージを見て、揺れた。


 自分から華暖の想いを断っておいて甘えようとした。真剣に考えなければいけない二人のことを差し置いて。


 だから僕は華暖に相談することはできない。

 ……ただ僕自身、全てを終わりにするという決定が、尚早かもしれない、という思いはある。


 それを誰かに相談したい、聞いてもらってどう思うか意見を仰ぎたい。

 けれどそれは華暖であってはいけないんだ。


 もし華暖にそれを話してしまえば、僕は寂しさそのものの解決を、華暖に求めてしまうかもしれない。


 先日が既にそうだったから。

 もし僕がそうなってしまったら、それは優佳とレイカを永遠に冒涜し続けることに他ならない。


 僕が華暖にそれを話すということは、その感情を爆発させてしまうかもしれないんだ。


 そうならないと主張する自分を信用できない。

 だから華暖には相談することも、解決を求めることもできないんだ。


「……ごめん、いまはまだ自分の心の整理が出来てないんだ。そのうち、相談させてもらうからさっ!」


 僕は無理やり笑顔を作って、この話の流れを打ち切る。

 華暖は納得のいかない表情をし、この話を続けるかどうか頭の中で逡巡している。


 この話が早々に霧散してることを祈る、僕に、余計な甘えが生まれてしまう前に。



 ――急に華暖は舌打ちをし、振り返る。


「クセ者ッ!」


 と、自分のバッグを後方の街路樹に投げつける。


「ヒ、ヒィィィィッ!」


「なんなの、アンタ!さっきからずっと付けて来て!!」


「え、誰か後ろから付いてきてたの?」


「さっきから、ずっと、嫌らしいくらいにね。トッシ~の目は誤魔化せても、アタシは誤魔化されないんだから」


「おお、さすが一流のストーカー!」


「……ブッ殺すわよ?」


 華暖がのっそのっそと自分のバッグを取りに向かうと、逃げるタイミングを失ったのか、追跡者はへなへなと腰を抜かして座り込んでしまった。


 小柄な体躯に、ツーサイドアップの髪型、小動物のようなその生き物は……


「あれ?エリちゃん?」


 目の前に迫った絶望に、顔面蒼白の彼女は僕の顔を見るなり、目を潤ませて助けを求めてくる。


「こらこら、華暖あんまり怖がらせないでやって。その子は新聞部の一年生だよ」


 僕も近づいてエリちゃんに手を貸して立たせてやる。

 華暖はその間もずっと怪訝そうな顔で、僕とエリちゃんの顔を交互に見ている。


「で、どうしたの、僕になにか用?」


 まるで子供にしてあげるみたいに、目線の高さを合わせて彼女に笑顔で問いかける。


「えっと、その……連絡先を、受け取って欲しくて……」


 彼女から手渡された小さいメモ紙には、電話番号とアドレスのようなものが書き込まれていた。


 隣にいる華暖からなにかがプッツンとキレる音がした。


「ねぇ~なんでぇ……?なんで部室でみんな交換してる時にしなかったのぉ~?

わざわざ追いかけて連絡先渡すとかさぁ……また余計なイベントが起きちゃいそうじゃァン?」


「ヒィィィッ!?」


 華暖がドスのいたような声を上げ、またもやエリちゃんが失神しそうな声をあげる。


「おい華暖、エリちゃんをこれ以上怖がらせるな」


「ちっ、ちがくて……その、おねぇちゃんの……」


「お姉ちゃん?」


 その連絡先をまじまじと見ると、アドレスには名前と思しき文字が記載されている。


「あ……」


 そのアドレスとエリちゃんの顔を見て、ようやく僕の中で疑問が一本の線でつながった。


 どことなく、誰かに似ていると思ったら……


「お姉ちゃん、ってもしかして」


「ハイ、はやし、えいこ……わたし、林映子の妹です。……お知り合いだったんですか?」


「ああ同じ中学だったよ。……エーコからは聞いてなかったの?」


「ハイ、おねぇちゃんからは特に」


 隠す理由はいまいち判然としなかったけれど、なぜ新聞部を通してエーコからアポイントがあったかはハッキリした。


「で、その連絡先を渡して、ど~すんの?」


 華暖は話の流れがわからなくて、面白くなさそ~にしている。


「ハ、ハイ……おねぇちゃんが連絡したいことがあるからって」


「そんならあっちから連絡してくればいいじゃない、渡して連絡よこせだなんて生意気ね」


「む……おねぇちゃんのこと知らない人が、悪口を言わないでください」


 おお、エリちゃんが怒った。

 エーコのことになると怒るんだ。


「ああっ、もう、めんどくさ!とりあえずトッシ~、さっさと受け取っちゃいましょ」


 僕はエリちゃんからメモを受け取る。


「でも……そうですね、先輩から電話したらお金かかっちゃうし、こっちから電話繋ぎます」


 そう言うとエリちゃんはスマホを取り出し、小さい指でピポピポと電話を掛け始める。


「おねえちゃん、わたしの電話だったら大体すぐに……わ、ホントにワンコールで出た、きもちわるい」


 ……?いまのはエーコに言ったんだろうか?


「うん、ちょうどいま纏場先輩と一緒にいるとこ。うん、変わるね」


 そう言ってエリちゃんはハンカチで、画面を丁寧に拭いてから両手でスマホを向けてくる。


「ハイ、先輩、おねぇちゃんです」


 僕はおずおずとスマホになってしまったおねぇちゃん……じゃなくてエーコに繋がっているスマホを受け取る。


 画面には”通話中 おねぇちゃん”の文字。


「もしもし、エーコ?」


「纏場?二階堂先輩が会いたいって。ということだから、明日と明後日どっちか選んで」


「急すぎるよっ!?」


 ……と、そんな按配で、一週間ぶり二回目となる、エーコとの会合が決まったのだった。

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