5-6 あの日、聞いたこと
僕とレイカは、優佳と再会した。
……およそ考えられる、最悪の形で。
祭囃子の喧騒を遠くに移し、灯り少ない本殿の裏手に影三つ。
誰も口を開かず、様々な思いを抱え、少なくない不安を胸に。
木々が一斉に葉擦れの音を立て、白南風が体の底から熱を奪っていく。
僕たち三人は一様に視線を交わそうとしなかった。
なにを話せばいいか、わからなかったから。
これが三ヶ月前であれば、僕は激情に身を任せて優佳を詰め寄っただろう。
レイカは「許せない」なんて口にせず、逆に冷静になって僕たちに割って入ったかもしれない。
だけど、時は過ぎた。
時が過ぎれば、人は同じところに留まり続けることはできない。
そこに悲しいという感情があるのであれば尚更だ。
悲しみを抱えているのであれば、忘れようとする。
でなければ過去に囚われ、俯いて生きていくことしかできなくなる。
だから人は悲しみを受け入れ、忘れて、また前に進んでいく。
それが感情を持つ人間ができる、生きる術だ。
……だが僕たちが全てを受け入れ、この時を迎えたのかどうかは、答えようがなかった。
「迷惑をかけて、心配をかけて、本当にごめんなさい」
最初に口を開いたのは、年長の優佳だった。
それが合図となり、僕たちはようやく彼女の姿を視界に入れる。
髪、伸びたな……
それが最初に抱いた感想だった。
その謝罪を耳にしても、僕はなにも言えない。
だって僕らがなにかを口にするには、溜まりに溜まった疑問を解消させてくれるのが先だったから。
それと……頭を下げなければいけないのは、本当は僕かもしれないのだから。
「勝手に出て行ってしまって、ごめんなさい。なにも連絡しなくて、ごめんなさい。」
優佳は頭を下げたまま、謝り続ける。
「なんで、なにも言ってくれなかったんだよ」
我慢できず、口を挟む。
それでも言葉には感情を乗せないよう、慎重に。
感情を乗せたら、きっと僕は冷静でいられなくなるだろうから。
「相談くらいしてくれたって、良かったじゃないか」
「ごめんなさい。それでも考えて、こうなったの」
「……考えて、だって?」
「諭史!」
横から伸ばされたレイカの振り袖が、視界を阻む。
「最後まで、話を聞こう」
そう制されて、少しばかり冷静さを取り戻す。
……感情的になったって仕方ない、そう考えたばかりなのに情けない。
レイカの肩越しに、優佳の困ったような笑みがあった。
無理もないのかもしれない。
だって優佳が家を出る前まで、僕らがずっと疎遠だったことを知っているのだから。
僕らが再び仲のいい幼馴染に戻ることは、優佳の願いでもだった。
けど自分がいなくなることで、僕とレイカが復縁したのだから、これほどの皮肉もないだろう。
レイカは優佳に向き直り、凛とした声で言う。
「アネキ、心配してたんだぞ? 私も、諭史も」
「……うん、本当にごめんなさい」
「ケガとか、事件に巻き込まれた、とかじゃないんだね?」
「大丈夫。こんな私を気に掛けてくれて、ありがとう」
風で葉がくるくる回り、小さなつむじ風が起こる。
まるでこれから嵐でも来るかのような、重い空気。
「いまから話したいんだけど……いいかな?」
僕たちは二の句が継げない。
優佳が話したい内容、それはこの三ヶ月の出来事に他ならない。
ずっと知りたかった、事の真相。
それなのに僕たちは続きを促すことが出来なかった。
しばらくの間、無言でいたことを優佳は肯定と受け取った。
いや、あえて空気を読まなかったのかもしれない。だって聞かないという選択肢は、ないのだから。
「私はいままで……レイカの国に、行っていたの」
それは僕たちの想像とは、かけ離れたところにあった。
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