5-5 合コンじゃないんだからね!?


「で……纏場、この女は誰?」


「アンタこそなに? 初対面で急にこの女呼ばわり? ケンカ売ってんのかっつ~の?」


「いや、ホントごめん……」


「別に俺は構わないぞ? 少人数と指定したわけでもないしな。あ、注文いいですか?」


 ここは夕霞市内の国道沿いにあるファミレス。

 土曜日ということもあり、日中から私たちは集まることができた。


 夏も本腰を入れた暑さを奮い始め、空調の行き届いた店内は天国のようだ。

 その天国の一区画、二対二のボックスシート。私の横には先輩が座り、対面の席には纏場と……やたら派手なギャル風の女が腰かけていた。


「トッシ~なんなのよ? このイモ女」


「なっ、イモ女ぁ!?」


 イ、イモ……?

 地味なのを自覚してる私にとって、その単語は想像以上に胸に突き刺さった。


 って、違う。凹んでる場合じゃない!


「あ、あなたこそなんなのかしら!? 今日は纏場と私たちの集まりなんだけど、外野は引っ込んでてくれる?」


「それについては本当にごめん、僕が悪い……」


 纏場が冷や汗を拭きながら平身低頭する。


 が、ギャル風の女はそれを意にも介さず、自分の言いたいことをのべつ幕無し並べたてる。


「ふふん? アタシたちはシンユーなんだから、外野なんかじゃないわ! それにアンタみたいな農家の娘こそお呼びでないのよ?」


「農家じゃない! ウチは……大工よ!」


 全然関係ないツッコミを入れてしまった。


「そ、それにっ、あなたみたいなケバい女が纏場の親友なわけないでしょう。尻の軽い女は合コンにでも行ってなさい!」


 この女が纏場の親友……?


 私と比べるのもあれだけど、纏場も決して派手な側の人間ではない。

 だからこんなコテコテのギャルが、纏場の隣にいること自体がアンバランスだ。


 けど纏場は否定しない、そのことになんとなく腹が立った。


「アンタがアタシたちの関係を否定するのは自由だけどね~? トッシ~に聞いてみれば?」


「おい、華暖もいい加減やめろって! 二人とも、ほんっと申し訳ない……」


「そ~そ~! アタシ、チョ~気になってたんだけどっ、こちらのさわやかシャツのお兄様は……?」


 そういってケバい女(カグラ?)が先輩の方に色目を向ける。

 ……先輩は午後休を取ってきてくれていて、ノータイのワイシャツ姿だった。


「こんにちは、ボクは二階堂傑。市内にある牛木興業で、社長秘書を執り行ってます」


 営業スマイルで軽く自己紹介。


「しゃっ、社長秘書っ!? そ、それで御年収のほどは……?」


「はは、遠慮ないね。大きな声じゃ言えないけど……××万くらいかな?」


「××万!?絵、エクスタシィッ……」


 ギャル風の女は体を痙攣させながらグッタリとする。ああ、もうかえりたい。


 今日は先輩と纏場を会わせ、優佳さんと仲直りさせる話をしようと思っていた。

 けど、なんだろう。そこから凄まじい勢いで脱線していく、この感じ……


「纏場、これなんなのよ」


「ほんっとゴメン! 華暖……あ、この女の子がどうしてもついてくるって聞かなくって」


「ちょっとなによ、アタシのせいにしようとすんの!? 心配してクソ連絡したのに、ずっとシカトしてたお詫びに奢るって言ったのはトッシ~じゃん!」


「言ったけどさ、別に今日じゃなくてもいいじゃないか! 人と約束があるって何度も言っただろう!?」


 ……纏場の”親友”であるかはいささか疑問ではあるが、どうやら仲のいい友人であることは間違いなさそうだ。

 私の知っている纏場に、こんな派手な友達はいなかった。それが昔の纏場とは違うことを感じ、少しばかり寂しい気持ちになる。


「お客様~ご注文はお決まりでしょうか?」


「ハイ! アタシ、チョコレートサンデーにブラックコーヒー!ホットで!」


「俺はラーメン、ホットで!」


 先輩は先輩でマイペース過ぎてイライラする。


「ヤダ~スグルさんってば、おもしろ~い」


「ははっ、ありがとう! ちなみにラーメンをホットで頼むって言うのはね」


「先輩、その話はやめてください、始めたら止まらなくなるでしょ」


 このエセ英国かぶれが……



 全員分の注文を済ませ、一息ついたところで先輩がようやく纏場に声をかける。


「纏場、久しぶりだ、元気にしていたか?」


「……はい、今更ですがご無沙汰しています。二階堂先輩」


 先輩は笑顔で、纏場は引きつったような笑顔で視線を交わしていた。

 私はどんな話が始まるのか固唾を飲み……


「スグルさん、好きな女性のタイプは~?」


「家庭的な女の子がいいな、朝ごはんとか作ってもらいたいね」


「や~ん、もうベタすぎ~! アタシ、いまから覚えても間に合うかな~?」


「って、あなたはどうして邪魔ばっかりするの!」


 私は軽く机を叩き、また脱線に向かおうとする話の腰を折った。


 ……唐突にもたらしてくれた情報には感謝するけど。


 そして先輩は笑いながら軽く謝り、纏場に視線を戻すと真剣な面持ちで口を開いた。


「纏場、あの時はすまなかった。お前に言われた通り、俺は生徒会の運営と留学を済ませた。改めて許してほしい。」


 場がしん、と静まる。


「もちろんです。僕こそ生意気なことを言ってしまってすいません、あんな揚げ足を取るような真似して……」


「お前が謝る理由はない、全ては俺の間違いから生まれたことだ。

そして纏場、お前が嫌でなければ今度は友人としてやっていきたい……当然、拒否する権利はあるが」


 先輩に対しては珍しく、控えめな物言いだ。

 けれど纏場は迷うことなく笑顔を返す。


「いえ、そう言っていただけて嬉しいです。ぜひ、お願いします。」


 そしてどちらからともなく手を差し出し、握手を交わす。

 お互いの間には柔らかい笑みが浮かべられ、その場限りの物ではないことは私にも伝わってくる。


 ……二人が過去にどんな会話をしたのかは具体的には知らない。

 優佳さんからも先輩が原因らしい、という話を断片的に聞いただけ。


 全て、知りたいと思う反面、もう終わったことだ。

 興味本位で掘り下げて聞くのは二人にとっても失礼になる。


 だからこの話はここで、おしまい。

 当事者同士が打ち解けられれば、外野がとやかく言う必要ないんだ。


「ふふ、なんか、いいじゃん。やっぱ着いて来た甲斐あったわ」


 カグラが安心した様子で二人の顔を眺める。

 あなたには関係ないでしょ?と思ったけど、この話については私も外野だから黙っていた。


 それに私もカグラと同じような顔をしているかもしれないし、しばらくは二人の会話したいように任せておくのも……


「あ、スグルサン。連絡先教えてもらってもい~ですか?」


「ああ、構わないよ」


 そう言ってスマホをふりふりしだす二人。


「……って、なにいきなり連絡先交換してるんですか!」


「え? だってこうしてシンユ~に新しい友達が出来たんだから、アタシが連絡先の交換するなんてフツ~でしょ?」


「普通じゃないわよ! それに二階堂先輩だって……!」


「俺に異存はないが?」


「……さようですか」


 なによ、私がおかしいっていうの?私に友達が少ないって言いたいの?

 こ~いう場慣れしてない私がおかしいって、そう言いたいの!?


「ほら、エ~コ? アタシは佳河華暖。アンタもスマホ出して、もしかしてガラケー? だったらゴメン」


「スマホですっ!」


 そう言ってこちらにスマホを向けるカグラ。

 こうまで堂々と踏み込まれたら、なるほど……あまり嫌な感じはしない。纏場もこうやって篭絡されたのかな?


「そんなことよりみんな~! 今日はトッシ~が奢ってくれるって話だからジャンジャン頼んじゃって!」


「おい! 華暖の分だけに決まってるだろ!? 勝手なこと言うな!」


「……纏場、意外と甲斐性ないのね?」


「ぐ……!」


「纏場、こっちのことは気にするな。映子の分は俺が出すから」


「え、先輩、いいんですか?」


「ああ、今日この場をセッティングしてくれたんだ。それくらいはさせてくれ」


「あり、がとうございます……」


 少し気恥しくなり、声が小さくなってしまう。

 それに、いま私のこと……映子って……


「エーコなんでメス顔してんの? ウケる~!」


「あんたは、うるさい!!」


---


 そうして届いた注文を皆で食べ終わった頃、先輩が頃合いを見て纏場にこう言った。


「纏場、ウチで働かないか?」


 それを聞いた纏場と華暖は、目を丸くして驚いていた。


「先ほど社名を言った時に気付いてると思うが、俺はいま牛木さんの興した仕事をしている。俺が入ったからにはもちろん健全に回せている。お前も耳にしたことくらいあるだろう?」


「はい。先輩がそこで働いてること、知ってました」


 人材派遣会社、牛木興業は地元じゃ有名な会社だ。纏場だって知らないことはないだろう。


「そして纏場、いまウチでは有能な人材を求めてる。ぜひウチで働いてみないか? もちろん卒業までは待つ」


「……なんで僕を?」


「お前は地元にも詳しいし、それに頭も切れる。以前、俺はそれを大きく見誤ってはいたけどな」


 先輩は自嘲を交えて、優しい口調で纏場の目を見る。


「いわゆる青田買いと言うやつだ、稼ぎはさっき俺が言った通り悪くない。

詫びを兼ねる、と言ったら方々に失礼かもしれないが、お前にはいい環境で働いて欲しいと思う」


 ようやく私はこの会合の意味を理解し出していた。

 先輩が数年ぶりのしがらみを振り切ってまで会いたいというからには、なにかあるのだろうとは思っていたが、ここまで踏み込んだ話になるとは思わなかった。


 いまの先輩はビジネスマンだ。

 仕事に休みまで取ったからには、それなりの理由があるはずだった。


 先ほどのふざけた雰囲気はなく、真面目な顔で纏場を説得している。


 それに対し、俯き考え込んでいる纏場。


 進路はもう決まっていたのだろうか。もし決まってないのであれば、こんな破格の条件は無いとは思う。

 地元で働けて、昔ながらの知り合いがいて、そしてなにより先ほど先輩は自分の年収まで口にしていた。


 自分の進路を捻じ曲げてでも行く価値はある、そんな魅力的な条件だ。

 だからこの場では留保されたとしても、纏場がそこに就職する可能性は高いだろう。


 でも私はそうして欲しくないと思った。だって私が聞いてる話が本当なら……


「トッシ~は進学する。だからそれは受けられません」


 場が静まり返る。

 言葉を発したのは静観していた、華暖。


 顔には先ほどまでの軽薄な笑みはなく、それとは対極にある感情が浮かんでいた。


「スグルさん? なにも分かってないようだから教えてあげるけど、トッシ~はね、進学してやりたいことがあるの。だからそんな余計な話はしないで」


「華暖、勝手なことを言うな。僕の進路は僕が決める」


「トッシ~にこれ以上の進路なんてないでしょ! ああっ、もう最悪! これじゃせっかくユ~カさん帰ってきたのに、また話がおかしくなるじゃん……」


「余計なことを言うなっ!」


 纏場が本気で怒る。

 それにひるんだ様子もなく、華暖は纏場に視線を返す。


 優佳さんのことまで知っているんだ……


 なるほど、華暖と言う女は確かに纏場の親友で、これから起こることを真剣に案じているんだ。

 そして纏場にとっても、それは無視できない存在のようだった。


 だったら私がすべきことは――


「そうね、纏場は優佳さんとの将来を大切にするべきよ」


「……エーコ?」


 華暖に同調した私を、纏場が不思議そうな顔を向ける。

 私は華暖の言う通り、纏場を先輩の会社に入れてはいけないのだと悟った。


 優佳さんと纏場が一緒になることは、私の望みでもあるから。


 ……正直、目の前の華暖という女はいけ好かない。

 けれど私の望みと彼女の願いが同じなのであれば、私はそれに賛成するべきだ。


 纏場への罪滅ぼしと、優佳さんの……親友として。


「エ~コ? なんかよくわからないけど、賛成してくれるって言うなら助かる。だからスグルさん? トッシ~のことはあきらめて欲しいんだわ」


「先輩、ごめんなさい、でも私……」


 本来、先輩側であるはずの私が異を唱えてしまった。

 それは先輩からしても誤算だったに違いない。


 でもこれだけは曲げられない、曲げたくない。

 どちらが大切とかそんなことは分からない、でもそうしなければいけないことは確かだ。


「ふ……わかった。そんなにかしこまらなくてもいい。正直、纏場が来てくれる可能性は少ないって思ってたからね」


 先輩はふうっと一息つくと、コーヒーを一杯口に含む。


「ま、でも本人の意志より先に、周りに否定されるとは思わなかったけどね」


 笑いながら彼がそう言うと、私と華暖は視線を合わせ、ふんと鼻を鳴らして顔を背ける。


 場が、少し柔らかくなった。


 ……けど纏場はなにも言わず、まだ俯いていた。その肩を華暖がぽんぽん叩きながら笑う。


「ね、トッシ~? 別に優佳さんが居なくなった原因もさ、

なにか決定的にダメだったってわけでもないんだし、お互い心を切り替えて話せばちゃんと分かり合えるって」


 ああ、そうだ。

 やっぱり華暖は私と同じことを望んでいる。


 これで纏場も分かってくれるだろう。


 後は時間と当人次第――


「優佳とは、きっと分かり合えない」


 え……


「もう僕が、とやかく言ったりする権利もないだろうけどさぁ! みんな優佳のことばっかり気にして、レイカのことを少しでも考えたことあるのかよっ!」


 レイカ……?

 それは、確か妹さんの名前、あだ名だった。


「結局、レイカは一人のままなんだよ! 僕も長い間ずっと見捨ててきた、だからレイカはあんなにも心を閉じてしまったんだよ!」


 纏場が口にするのは、その妹のことだけ。


「誰かが助けなきゃいけないんだよ、レイカは一人じゃ生きられなかったんだ。みんなそれを分かってない!」


 顔を上げた纏場は、悲しみとも怒りともつかない表情をしていた。


「みんな僕の味方をしてくれる、優佳の味方だってしてくれる! でも、なんで誰もレイカの味方だけは、してくれないんだよ……」


 この場で誰も味方しなかった”レイカ”に代わって、纏場が一人だけ悲しんでいる。


「僕がしなければ、誰がするって言うんだ……」


 事実、この場で誰も妹さんを気に掛ける人はいなかった。

 きっと妹さん……レイカさんは本当の意味で、一人だったから。


「僕にだって出来るかどうかわからない。でも誰かがしようとしなければ、決して運よく解決したりすることはない」


 先日、纏場の話を聞いた時。


 辛そうな様子ではあったが、こんな言葉が出てくるほどに纏場は限界だったのだろうか?

 レイカさんはそれほどまでに闇を抱えてしまっているのだろうか?


 纏場は改まって先輩に向きなおる。


「二階堂先輩、先ほどの話、前向きに考えさせてください」


「ふざけないで!」


 華暖がいまにも殴りかかろうとする勢いで、纏場に掴みかかる。


「華暖、僕の意見を尊重してくれないんだったら、君は親友なんかじゃない」


「バカ言わないでっ! 親友だから間違った選択をしようとする、アンタを止めてるんじゃないの!」


 お互い一歩も譲らず、睨み合っている。


「あ、あのぉ……お客様……他のお客様もいらっしゃいますので……」


 私も含めこの場にいる四人は、いま気づいたとばかりに辺りを見回し、注目を集めていたことに気付いた。


 華暖は舌打ちをして纏場の襟首を離す。

 纏場は居住まいを正し、店員に一言謝った。


 その横で先輩は、素知らぬ顔で……ゲームのスタミナ消費をしていた。


「先輩、こんな時になにやってんですか……」


「いや、ごめん。いま俺が入ってもどうしようもなさそうだったしな」


「先輩として、止めてくださいよ」


「こういうのは始まったら思いっきりやったほうがいい。そのほうが禍根を残さないからな」


 私たちが修羅場ってたのに先輩はどこ吹く風だ。

 無責任なのか、肝が据わっているのか。


「みんな、若いな」


「いや、先輩。あなたもいっこしか違いませんから」


 先輩はスマホを置き、一同の顔を見回して。


「纏場、良かったら俺に話してみないか?」


「話すって、なにを?」


「全部だ。なにが起こっていて、なにに困っているか」


「……」


「俺もあれから色々な経験も積んだし、様々な人たちと会った。解決できないようなトラブルにも当たったし、挫折をいくつも味わった」


 纏場は下を向いて、なにも答えない。


「確かに、お前のことを一番に考えているのはカグラ君だろう。

でも彼女は近すぎるから気付けないこともあるだろうし、逆に離れていた俺だからわかることもある」


 華暖はふんと鼻を鳴らし、頬杖ついてそっぽを向いている。

 その目に浮かぶ涙を少しでも隠そうとするように。


「お前に顔を合わすのは五年ぶりだ、信用はないかもしれない。

でも、もしお前が一人でどうしようもないのなら……相談に乗らせてくれないか?」


 優しい声で、先輩は言った。


「でも、二階堂先輩……」


 弱々しく口を開いた纏場を手で制し、軽薄な笑顔を返す。


「纏場、俺のことは傑と呼んでくれ、友達、だろう?」


 そういって先輩は歯を見せて笑う。

 纏場はそれに釣られ、軽く笑みを見せた。


 しばらく纏場はなにも言わなかった。

 抱えている物を打ち明ける勇気を用意するためなのか、それとも断るための言葉を選んでいるのか。


 ややあって纏場はお冷を一気に飲み干し、優佳さんが帰ってきた時のことを、ゆっくりと話し出すのだった。

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