5-4 パシリにしないでよ
目的地――そこは楽園。
私だって……甘いものは好きだっ!
色々なしがらみをほっぽり投げ、私たちはスイーツに舌鼓を打っていた。
パステルカラーで統一された内装に、少しばかり低く感じる天井はまさにお菓子の家そのもの。
自分から進んで人の多いところに来ない私でも、お店の雰囲気や他のお客さんたちの笑顔、そして甘いものがいくら食べてもなくならないという、夢のような空間に心を弾ませていた。
私は普通の女の子よりは不愛想で、スレている女だと自覚しているけれど、この雰囲気に自然と笑顔になるくらいには、まだオンナノコでいられたんだって謎な安心をした。
優佳さんとお皿いっぱいにケーキやゼリーを乗せ、チョコレートファウンテンにきゃあきゃあ言いながら、お腹いっぱいになるまでスイーツの話ばかりをする。
ああ、なんて楽しい……いま私たちはお菓子の家のヘンゼルとグレーテル。
心まで子供に戻ったのかも?
優佳さんの頬にクリームがついてることが、信じられないくらい面白くて笑っちゃう。
あっちの子たちが食べてる抹茶のフォンデュもおいしそうだ。甘いものばかりじゃバランスが悪いからね。
あれ?抹茶って甘いものじゃなかった?でも美味しければなんでもいい!!
口の中が甘すぎるから苦みを求めてコーヒーを飲む。
甘っ! 優佳さん、勝手に砂糖入れたでしょ!? いたずらっぽく舌を出す優佳さんに、私は文句を言う気も起きない。
と、そんな感じで――私と優佳さんは久しぶりの女子会(?)を楽しんだ。
そしてお腹も膨れ、上がり切ったテンションも右肩下がりになった頃、お店の中央にある時計が賑やかな音を立てた。
短針と長針が真っ直ぐになり、それを合図に二人でふうっと息をつく。
お互いにクールダウンをしたのを確認し、これまでの三ヶ月のことを優佳さんが少しずつ明かし始めた。
……でも残念。それはまだ、私しか聞いちゃダメなんだって。
「じゃあ”旅行”をした甲斐はあったんですね?」
話を聞き終わった私は、改めてそう確認する。
「うん、それは、ね。
これでダメだったら、私は全部無くしちゃうとこだった。だから良かった……」
「なに言ってるんですかっ! しみじみ、よかった……なんて言わないでください!これじゃ割を食うのは優佳さんだけじゃないですか!?」
「ううん、わたしが自分でちゃんと考えてやったことだもの。どういう結果になっても、受け入れるって覚悟はしてる」
優佳さんは先ほどの子供みたいな笑顔を潜め、目を細めてスプーンでコーヒーをくるくる廻している。
悲しみとも安心とも取れない、穏やかな表情で。
「纏場とは、どうなるんですか」
「わかんない。サトシ、なにも言ってくれなかったから」
「じゃあ、纏場は賛成してるんですか?」
「それもわかんない。でも賛成でも反対でも、サトシの意見は関係ないから」
「関係ないことないでしょ?あきらめないでくださいよ……」
「ふふ。あきらめたから今回、勝手をしちゃったんだけどね?」
「……」
それもそうか、と思う。
優佳さんの話に時折出てくる「それ」は、確かに私の思い描いている纏場のイメージからは程遠い。
私には優佳さんのこだわりは分からないけれど、それを貫き続けた纏場も私にはわからない。
それは恋人だからとか友達の間だから、ではなく、幼馴染同士の間に横たわり続けていた問題なんだ、と思った。
「じゃあ優佳さんは、纏場とどうしたいんですか?」
だから私は別方向から聞いてみた。
「……わかんない」
「わかんないことないですよね? だって優佳さん帰ってきた日、私にびーびー泣きながら電話かけてきたじゃないですか」
「あれは、わすれてぇぇ~!」
そうだ、今日は金曜日。田山にLINEで泣きつかれた手前に話していた電話の主。
「サトシがぁっ、レイカとお祭りでイチャイチャして↓た↑ぁぁ~~!! って泣きながら延々と愚痴って……」
「も~それを言わないでぇ~! だってだって! レイカと仲直りしてるなんて想像してなかったんだもん!」
優佳さんが涙目になって、また愚痴モードに入り出す。
私はそれを見て安心した。
……なんだ、私が心配しなくても、この人はちゃんと纏場のことが好きなんだ。
そしてこんなにも想われる纏場が少し羨ましかった。優佳さんは昔から私の憧れの先輩なんだ。
私なんかじゃきっと優佳さんの心を激しく揺さ振ることなんてできない。
妹さんと仲直り、か……私は纏場と仲直りできるんだろうか。
というか先日会った時に普通に話もしてしまったし、纏場からも過去のことについてなにか言われたりもしなかった。
纏場はもう気にしていないのだろうか?
もしかしてもう覚えてもいないの?覚えていなかったら、それはそれでイヤだなとは思う。
自分がそんなすごい人間だとも思ってないけれど、私ってそんなに人に影響力ない……というか気に掛けられてない存在なのかな、って気になってしまう。
ああ、いけない。私ってばこういうとこが根暗なんだ。
こんな根暗な女じゃ二階堂先輩にも、ってなにを考えているんだ私は……
先輩? ……あ、そうだ。
「それと、優佳さんに一つお願いしたいことがありまして」
「なあに?」
「纏場の、携帯番号を教えてもらえませんか?」
「……? なんで?」
「ええと、纏場に連絡を取らなきゃいけないことが出来まして……」
うう、聞きづらい……
ただでさえ恋人とケンカしているカップルに近づこうとする女、みたいな構図なのに、なにが悲しくてその相手本人に連絡先を聞いているんだろう。
「サトシがいいって言うならいいけど、いまはわたしからは聞きづらいし……それに聞いてどうするの?」
ほらほら! 不思議に思うじゃない!
「ねえねえ、どうして?」
なにも疑っていない顔で優佳さんは理由を聞いてくる。
隠す理由もないのだけど、なんとなく二階堂先輩の名前を出して辺に勘繰られたくない……
でも言うしか……ないよね。
「実は二階堂先輩にお願いされて、纏場と会わせて欲しいって」
「あ~二階堂君! エーコちゃんまだ交流あったんだ!」
「ええ、一応」
「そっかぁ~でもそうだよね。エーコちゃんって二階堂君のこと好きだったもんね? お願いされたら断われないよね」
「え?」
「うん?」
優佳さんが小首を傾げる。
「……私、優佳さんにそのこと言いましたっけ?」
「なに言ってるのよ~見てれば分かるに決まってるじゃない。生徒会に入った時からずうっと二階堂君のこと見ていたし」
「えぇっ!?」
そうだ……優佳さんは抜けてるように、見えるだけ。
実際はなんでも出来て、なんでも知っているスーパー中……大学生だった。
---
そして解散した後、即電話。
「ということだから、明日と明後日どっちがいい?」
「急すぎるよっ!?」
なんとか纏場と再びアポイントを取ることはできた。
優佳さんと纏場のいまの関係は難しく、優佳さんから連絡先を聞くのをあきらめた私は、今度は絵里に頭を下げて、私の番号に纏場から連絡をもらうようにお願いしていた。
相手に名乗る前にこちらから名乗る、ってわけじゃないけど、自分の連絡先を提示してないからだと、失礼かなって思ったのだ。
あ、もちろん優佳さんに連絡する許可はもらってるからね!? 抜け駆けなんてことをするつもりは、私には毛頭ないんだから!
そして思い立ったら即行動。
だって私は仮にも受験生、時間を持て余しているわけではないのだ。
……そういえば纏場は進路、どうするのかしら?
「えー二階堂だろ? いまさら会って話ってなんだろう」
「それは私にもわからない、まあいまの先輩なら昔みたいにキツいことは言われないでしょう?」
「そりゃそうだろうけど……ってエーコ、いまも二階堂と繋がってるんだ?」
「……なんの縁か、ね」
「いまは付きあってたりとか?」
「しないわよ、バカなこと聞かないで」
ホント、あいつに惚れてる私は大バカだ。
「じゃ明日でいいよ、二階堂の都合はつくの?」
「あっちから誘ったんだし、そこはなんとかするわ」
「はは……二階堂相手なのにずいぶん強気だね。確か交換留学が終わってから明るくなったって聞いたけど?」
「ええ、それはもうヒドいくらいに」
それから私と纏場は軽い時間の約束だけして通話を終えた。
「……ふう」
そして私は決まった明日に決まった旨を、LINEして任務完了。
すぐにOKスタンプが帰ってきた。先日からOKスタンプしか送ってこない。
邪険にされているようで、また心がかき乱される。
優佳さんは纏場との連絡は取りづらいと言っていた。それは纏場との間になにかしら亀裂が入っているということの裏付けだ。
優佳さんはどうしたいのかハッキリ答えなかったが、私に泣きついて纏場のことを愚痴るくらいなら、別れたいわけじゃない。
明日は私も先輩について行き、纏場にどうするのか聞くつもり。そしてお互いに想いあっているなら、それをくっつけ直す。
お互いに切れたいなんて思っているわけがない。しがらみから解放されれば、二人は元の関係に戻れるはず。
なぜそこまでするのか? だって私の理想のカップル像だから別れるのが許せない、それだけ。
自分勝手な仲裁計画。
私の頭の中では早くも二人が頭を下げ合い、手を取り合う妄想が繰り広げられている。
あんなに仲のいい二人が本気で避け合うはずがない。
……そうやって私は軽んじていた。
二人は物心ついたころから一緒だったんだ。
それが引き離されるなんて、普通のことじゃない。
だからそれは私なんかが、どうにかできる問題じゃなかったんだ……
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