4-11 暗雲
「出火原因はタバコの不始末――」
エーコの凛とした声が、生徒会室内に響く。
「十八時以降は正門が締め切られているので、一般の方は入場不可。したがって外部からのポイ捨てで出火としたとは考えられないとの見解です」
昨日起きた体育館倉庫の火災――被害は全焼。
明けた翌日の放課後。生徒会室には各学年とクラスの学級委員が集まり、重たい空気の中、緊急の生徒会会議が開かれていた。
「学校に残っていた教員は四名で喫煙者は一名……国武先生。ですが先生の持っていたタバコは、発見された銘柄が一致しなかった点と、職員室でずっと作業をしていることを、一緒にいた他の先生方が確認されているとのことです」
それを聞いて、どこからともなく「はぁ……」というため息があちこちから聞こえる。二階堂はもちろん、優佳でさえ、これからの活動への影響を考えると、表情の翳りを拭うのは難しい。
「つまり、残念なことに校内に残っていた生徒が吸っていた、という可能性が高いでしょう」
エーコはそう締めくくり、昨日起きた事件のあらましを語り終える。
学校全体としても緊急朝礼があり、生徒指導の喝が飛び交っていた。
昨夜も含め、いま現在も警察が入っての現場検証が行われている。
先生方もそちらの立ち合いや近隣住民への説明・問い合わせの対応に追われ、自習となったクラスでは早くも昨夜の出来事に流言飛語が飛び交っていた。
今回の問題は未成年の喫煙だけに留まらない。
なにせ文化祭目前での不祥事なのだ。
近隣住民の理解も得られなければ文化祭は開催出来ないし、非行があるとわかっている学校の文化祭に、進んで足を運びたいとは普通思わないだろう。
そういったマイナスイメージが文化祭の開催に、深刻な影響を及ぼすことは明らかだ。非行・不良を起こす人物……と続いて僕の頭の中に一人の候補が上がったが、頭を軽く振りその考えを吹き飛ばす。そんなことはいま考えたくなかった。
そして僕自身も、今回の問題に責任を問われていた。
「纏場。では木南と北条に旧倉庫の管理を一任したというのは、お前の独断だったわけだな?」
「……はい、そうです」
「そのことも含め、なぜ事前に俺たちに相談しなかった」
「それは、今回の合同企画についての責任は、全て僕に与えられたからです」
「言い訳をするな」
「……はい、すいません」
今回、犯人として疑われているのは木南先輩と北条先輩だ。
現在も第一発見者、重要参考人として生徒指導と警察に話を聞かれているが、疑いの目に彼らが晒されているのは言うまでもないだろう。
彼らが本当に犯人であるかどうかは……現状ではわからないが、先輩たちがそんなことをしているとはとても思えなかった。
「副会長、もうその辺にしましょう、纏場君も反省しているわ」
優佳がやや強めの声音で会話の流れを断ち切る。
「いえ会長、今回ばかりは問題が大きすぎます。それに纏場の独断という事もあり、なにかあった時には生徒会としての説明も必要です。そのために彼には今一度生徒会のとして与えられた責任と自覚を……」
「その責任を一任したのはあなたよ、副会長。それに対して責任を追及していくというのであれば、貴方は纏場君と同様の責任を負う必要があると考えるわ」
優佳の冷え切った言葉が、生徒会室の静まりきった空気に鋭い緊張感を与える。
「……っ」
責任追及を主導していた二階堂は勢いを失い、その場で歯噛みする。
生徒会とは一つの組織だ。組織とはそれぞれの考えを持った人間の集合体で、各々に役割が存在する。当然、それは機械的に機能するものではないし、いくつかの考えのブレもあれば、対立する意見も出てくる。
生徒会が一つの車だとすると、最終的に意見をまとめて進行方向を決定しなければいけない。次の十字路を直進するのか、それとも右折、もしくは左折するのかを集団として決定する必要がある。
もし意見の対立が続いて車が次の進行方向を決められない場合、ふらついたまま重大な事故を起こしてしまうかもしれない。
そうならないよう、生徒会長が存在する。
会長自身が話し合いに参加をしなかったとしても、会議にふらつきが出た場合、
会長がハンドルを握り直し、各々の意見を聞いて良かれと思った方向にハンドルを切っていく。
それは満場一致の意見ではなかったとしても、組織に属する以上、決定には従い、それを全体が決めた意見として呑み込まなくてはならない。従ってその判断が出来るものを生徒全体で選び、判断を委ねてもいいと認められた人間が、生徒会長になるのだ。
だからこそ優佳の意見は、この場において絶対の存在である。
……そして皮肉にも、現生徒会長の推薦人は二階堂だった。
「……失礼しました、会長。ただ今後は如何しましょう? 僕自身は纏場に権限を与え過ぎたという事も鑑み、相談役は撤回しようと考えていますが」
僕はそれを聞いてムッとしてしまう。
自分から仕事を押し付けておいて、その力がないからと言って撤回?
内心「お前には出来ない」との評価をしてた癖に、自分の責任取る手段として僕から仕事を取り上げるのかよ?
ちらりと優佳に顔を向ける。
……優佳も僕と同じ感じ方をしたのか、一つ溜息をついた。
「纏場君の相談役は継続させます」
と、一言口にした。
「それは、なぜですか?」
二階堂にしては珍しく、怪訝な声音で優佳に問う。
「副会長。知ってるとは思うけど纏場君は相談役として十分な働きをしています。それは報告内容、進行状況、現状協力しているクラスからの声も聞く限り、健全で文化祭の進行を助けるものであることは一目瞭然です」
優佳もそれに対抗するように、嘆息交じりで副会長の質疑に応じる。
「したがって纏場君の協力は今や文化祭準備に不可欠の物となっている。その現状を踏まえて、彼の現在の役目を外すことは全体のマイナスになってしまう。だから纏場君には継続して相談役を務めてもらうわ」
対する二階堂は言葉を継ぐことができない。それを見計らって優佳は畳みかけるように言った。
「そして今回感じたのはやはり裏方の協力が大事だってこと。……そして、ゆくゆくは今回の報告を取りまとめ、来年は文化祭実行委員の発足を考えているわ」
瞬間、生徒会室にいるざわめきが起こり、全員が驚きを伴った視線を優佳に向ける。
「担任の先生が顧問、と言っても限界があるしね? だから実質の実行委員になってしまった纏場君の忙しさを考えると、やっぱりあったほうがいいって思ったの」
皆の注目を受けて少し気恥しくなったのか、優佳が小首を傾げておどけてみせる。
「だから今回は試験的な実行委員を立ち上げた生徒会全体の失敗です。それを踏まえて今後の相談役は生徒会全体で、その代表として纏場君には矢面に立ってもらおうと思ってるの。……纏場君はそれでもいいかしら?」
急に意見を振られ、少し動揺する。
「……会長にそう言ってもらえるのであれば、僕は最後までやりたいです」
「よかった」
生徒会長が嬉しそうに僕に笑みを浮かべる。
優佳とはまた別の、縁藤生徒会長としての顔。
純粋に尊敬出来る、年長者からの信頼。そんなものを向けられて僕は期待に応えたい、そして支えていきたいと心から思う。
「だから副会長。わたしはその期待に応えてこその生徒会、だとわたしは思うの」
優佳が言葉尻柔らかに、そう結論した。
最高責任者である、生徒会長の決定だ。
よほどの代案がなければ、これは会長の強い意志として決定されるだろう。
ここにいる参加者は、否定を口にするのであれば代案を用意しなければならない。何人たりともこの原則は揺るがない。
「この件についてこれ以上の意見があれば、生徒会としてお聞きします。但し、纏場君は今後新しく入った相談については単独で引き受けず、わたしと副会長に必ず報告すること」
僕は迷いなく首肯する。
「副会長も、いいかしら?」
……二階堂は顔を背け、やや震えた声で「了解です」と返した。
それを聞き届けた優佳が手を打ってこの議題を終え、トラブルにおける今後の対応と、文化祭の進捗を確認し、本日の会議は閉幕となった。
---
下っ端の一年――僕とエーコが会議の後片付け、コの字型に配置替えをした机を元の位置に戻しながら、先ほどの会議について意見を交わしていた。
「……まさか、会長が文化祭実行委員の立ち上げを考えてるなんてね」
そう口にするのは他人行儀の無愛想口調、仕事モードに入っているエーコだ。
「僕も知らなかったよ。合同出店の件を直接伝えたことって少なかったから、優佳がそこまで考えてるなんて思いもしなかった」
「意外ね。あなたと会長なら一緒にいる機会も多いだろうし、そういった裏事情みたいなことは日常的に聞いてるのかと思った」
二人で長机の端を掴み、目で合図を交わして一気に持ち上げる。
「う~ん、あんまり優佳といる時には生徒会の話とかしないな。しててもつまらないし、優佳もしたがらないしね」
「……二人の間には、仕事の話は持ち込まない、ってわけね」
より無愛想にトーンを下げてエーコがそう邪推する。
「別に、そういうわけでもないけど」
「あなたがそう思ってても、あっちはどう思ってるか分からないでしょ? そういうのに気が付けないから、あなたはいつまで経っても纏場のままなのよ」
「待って、纏場イコール馬鹿みたいな使い方しないでよ!?」
というかそれって纏場って名前の人全員に対して失礼じゃないか、謝れ。
この世に纏場って苗字の人が何人いるか知らないけど。
「エーコちゃん、サトシ、お疲れ様」
一通り机の整列を終えた僕らに、優佳がねぎらいの言葉をかけてくれる。
「今日は先生たちもバタバタしてるから、一年生は早く上がっちゃっていいよ」
「わかりました、ではお先に失礼します」
エーコがそう言い、そそくさと帰り支度を始める。
「うん、エーコちゃんまた明日ね」
気を遣っているのだろうか。僕と優佳が一緒にいる時のエーコは、すぐに姿を消し二人にさせようとしてくる。
エーコに打ち明けたことで、仲良くなったことで迎えた変化だが、少しばかり寂しい気持ちになる。
ペコリと会釈をするとエーコは僕と一瞬目を合わせ「うまくやるのよ!」って合図なのかどうかは分からないけど目配せをし、生徒会室を後にした。
「優佳、今日はどうする?」
「今日はちょっと職員室で教頭先生と話があるから、ごめん。先に帰ってて」
「わかった」
優佳とはあれから特に大きな変化もなく、僕との関係を保留にさせたままの生活が続いている。
というよりもお互いの仕事が少し忙しく、一緒に帰る機会も減っていた。
その中でのこの事件だ。優佳と一緒にいる時間もロクに取れやしない。
生徒会室で二人になると、先日のことが思い出される。あれから普通の関係に戻ってしまった今を考えると、夢だったような、現実感を欠いていたような、不思議な感じがした。
「あ、そうそうサトシ。ちょっと話があるんだけど」
「ん、なに?」
「火事があった日、夜遅くまで生徒会室にいたから火事の現場に駆けつけられたんだよね?」
「そうだね、それがどうかした?」
「……ふ~ん」
不自然な、沈黙。
……まさかとは思うけど。
「それは、どうして?」
表情一つ変えず、僕に問う。
もしかして……優佳は、僕を疑っているのか?
「なんの理由もないのに?」
優佳は僕の顔を訝し気な顔で眺め、しばらく瞳の奥を覗き込んだ後……
「……………………それなのに、ど~してエーコちゃんと二人っきりで! 生徒会室に残っていたのぉっ!?」
優佳は振り上げた手で拳を作り、いつものように僕の肩をボカスカと叩いてきた。
「なに!? なに!? なにを話してたの~! ちゃんとお姉ちゃんに報告しないと許さないんだからっ!」
「痛い! 痛いって! 別に普通だよ! 少し資料造りの時間が長くなっただけだって!」
「嘘だッ! だってサトシと話してるエーコちゃんが、いつもより可愛くなってる! なんか近い! ずるいずるいずるい!」
「別にいいじゃないか、僕がエーコとなに話してたって!」
「あ~! 開き直った! エーコちゃんと仲良くなったって否定しなかった! 次の日コーヒーカップ二つが流しにあったの見ちゃってるんだからね! ウワキよウワキ~!」
「ウワキって……人聞き悪いこと言うなよ、ホラ、職員室に行かなきゃいけないんじゃなかったの?」
「言うに事欠いて出ていけって言った! ヒドイ、お姉ちゃんはこんな悪い子に育てた覚えはありません~!」
「だ~! もうホントに出て行ってくれ~!!」
ギャアギャア騒ぎながら優佳はプンスコ頭から湯気を出し、ガニ股で生徒会室を出て行った、なんてお行儀の悪い。
そして静かになった生徒会室で、僕は優佳の出て行った扉をしばらく眺めていた。
……優佳は最大限、僕に対して責任が被らないように発言してくれた。その点は本当に感謝してる。
ただ今回は、僕の独断で話をややこしくしたのは……事実だ。
木南先輩と北条先輩に旧倉庫の管理を一任してしまった。それは間違いなく僕の落ち度であるし、副会長以上に報告していなかったのも反省しなければならない。
もしそこで問題を指摘され、管理方法について指示があれば、今回のようなことにはならなかった可能性は大いにある。僕に任された仕事の内容が多かったとはいえ、彼らにリーダーを担ってもらうため体育倉庫の管理を”釣り餌”にして任せてしまった。
結局、それで二人にも迷惑をかけている。僕は神様なんて信じてはいないけれど、そういったことは見られているんだ、と思わざるを得なかった。
それだけではない、今回は二階堂の立場も悪くさせてしまった。そのことに僕は罪悪感を感じていた。
あいつのことは正直言って、好きになれない。
だけど今回仕事を任せてもらえたことには、少なからず感謝している。
優佳だったら今回の仕事を僕に任せようなんて考えてくれなかっただろうし、なにがきっかけであれ、いい経験をさせてもらえたと思っている。
……さすがに今の状況でそんなことを伝えたら「なんの嫌味だ」と睨まれそうなので、とてもそんなこと直接言えないし、伝えてやろうとも思わないけど。
だから僕は会議の終わり際に、あんな顔をさせてしまったのが申し訳なく、なにかの折りに借りを返したい。
そんなことを、考えていた。
---
「二階堂センパイ、あんた意外と大したことない男だな」
「……うるさい。しかし、お前あれはどういうことだ? 誰もこんな大事にしろなんて言っていないだろ!」
夕霞中から五百メートルほど離れた、遊具もない寂れた公園に四人の男の姿があった。
その公園は近隣の住民の「危険だから」という声で、全ての遊具を撤去させられてしまった、なんとも貧相で薄暗い公園だった。二本しかないベンチだけの公園も、街灯の明かりさえ多ければ、恋人達やペットと散歩中の人達が腰を休めたりすることもあっただろう。
しかしそんな明かりも少ない公園は、夜になると不良の溜まり場と化していた。
「ははっ、オレっちも別にあの日なにを聞いたわけでもないさ。ただ諭史に対するあんたの愚痴をあんだけ聞かされたんだ、少しばかり同情しちまったのかもなぁ」
そう悪びれず「親身になってやった」と堂々と言い放つ一人の不良。その後ろにはつまらなさそうに携帯をいじる同年代の小太りな男と、高校生と思しき茶髪の男がタバコをふかしていた。
それと二階堂傑――俺を合わせて四人。顔を合わせている男は名を牛木という。
先日、生徒会室で会長が告白しているのを聞いてしまった。それ以降、すべてに身が入らなかった。
理由は分かっている、自身が会長を好いているからだ。
彼女に好意を持たれていなかったのは、悔しいが、しょうがない。
そういうこともあるだろう、と思うことが出来た。
だが許せないことがあった……その対象が、纏場諭史であることだけは。
特に頭が切れるわけでもなく、スポーツが出来るわけでもない。おまけに自信がない事を恥ずかしげもなく口にするし、面白い話が出来るわけでもない。
ただ会長と幼馴染であるというだけ。
あいつは会長と仲良しだからという理由で生徒会にノコノコ姿を現し、そして与えられるがままに自分の手元にやってきた仕事だけをこなし、時間になったら帰っていく。
どこにでもいるただの学生だ。そんなあいつが今や学校内では二年を中心に慕われる存在となりつつあり、おまけに自分が想いを寄せていた会長と恋仲でさえある。
それがたまらなく許せなかった。もう、理屈とかそういうものではなく、生理的に纏場諭史という存在を受け付けられないのだ。
――その告白現場に居合わせた帰り、二階堂は公園でたむろしている牛木達の不良グループを見つけた。自分の学校の生徒が理由もなく集まっていたので、早く帰る様に言い聞かせたら、意外な言葉が返ってきた。
「あんた副会長っすよね? いつも纏場のヤツが世話になってます」と。
それからは自分でもよくわからなかった。
なぜか彼らに混ざり、陽が落ちるまで彼らとの会話に混ざっていた。
牛木は全く今まで相手にしたことのない人間で、意味の分からない言葉を吐いては、よくわからないタイミングで仲間と笑いあっていた。
正直不気味以外の何物でもない。ただ牛木は纏場の事をよく知っているようで、俺がヤツに対する評価を口にするたびに大声で笑っていた。
それが正直気持ちが良かった。
愚かなことに仲間意識みたいなものを感じてしまった。
その時、ふと口にしてしまったのだ。
――纏場が生徒会からいなくなればいい、と
それから二日後の事だ、纏場が手を付けていた旧倉庫が火事にあったのは。
さすがに俺はそれを繋げて考えたりはしなかった。文化祭の運営に向かい風が吹き、事後処理が大変そうだくらいにしか考えていなかった。
しかし今日、学校で牛木に言われたのだ。
「へへ副会長、やってやりました、後は上手いことやってくださいよ……」と。
そして示し合わせたように、俺が帰り道としているこの公園に彼らは座り混んでいたのだった。
「お前らは何をやったか分かってるのか? 放火だぞ? それに俺は纏場に対して手を加えろなんて言ってない!」
「はは、ひどいな。僕らが火を放ったなんて証拠がどっかにあるんですかい?」
牛木はこちらを見ようともせず、携帯をポチポチと触っている。
「それに副会長ォ? あんた俺らの事は通報しないんでしょ? だってそうだもんなぁ? あんたは放火の教唆犯だからな!」
「くっ……声が大きい!」
そう言い、辺りに人がいないことを確認する俺を見て、牛木がなお声を張り上げて笑う。
……屈辱的だった。自身が犯罪の片棒を担いだなど濡れ衣もいいところだ。それに対する罪の意識は正直ない。
ただこんな奴らに少しばかり心を許し、そしてその揚げ足を取られ嘲笑われている。それが心底屈辱的だった。
「だけど、オレらもタダ働きって気持ち良くないんスよねぇ」
示し合わせたように後ろの二人が腰を上げ、二階堂の背後に回り込んだ。
「あ、副会長。オレっち良いこと思いつきました」
わざとらしく手をポンと打つ。
「金庫から文化祭で使うお金盗って来てくださいよ。纏場は会計なんでしょう? なんか適当な理由でっち上げてあいつのせいにしましょう。ホラ、そしたら俺っちに謝礼が払えるし、あいつは下手したら退学。万々歳じゃないっすか」
後ろの二人も何が面白いのか、声をあげて笑っている。
「……何を言ってるか分からんな、なぜ俺が泥棒の真似事なんてしなければならない」
「ははっ、副会長も冗談キツイっすよ。……さっさと俺らを働かせた代金持って来いって言ってんの」
牛木が今までにない低い声で二階堂を睨み付ける。
「さすがに金庫くらい開けられんだろ? なにせこの学校のナンバーツーなんだからさぁ」
二階堂の頭に一瞬だけ、金庫の位置が頭に浮かぶ。
だが即座にそれを意識の外に追いやる、金庫を開けるなど存在しない未来だ。
「……断わる、仮にも副会長の俺がそんなことをすると思ってるのか」
「あんたさ、今の状況で断れると思ってんの?」
――息が止まり、地面が目の前に迫ってくる。
そのまま顎から地面に激突、鋭い痛みが走り、声さえ出せない。
後方の茶髪の男に、蹴り飛ばされたようだった。
暴力に晒されたことなんてない。ましてや受け身なんか取れるはずもなく、盛大に体勢を崩す。
「こっち来ンなよ」
それを小太りの男が横っ腹に向かって蹴りを加え、二階堂は初めて受ける暴力の痛みと恐怖に、頭が真っ白になっていた。
「副会長、お願い出来ますよねぇ?」
牛木が二階堂の前髪を掴み上げ、片方の手に持っていたライターを顔に寄せてくる。
二階堂は体の震えと恐怖で混乱していた。
……なぜ自分がこんな目に合わなければいけないのか。
「それに見てください、これ。何か知ってます?」
牛木が自信満々に見せるのは携帯電話だった。
彼がその中心のボタンを押すと音声が再生される。
『――纏場が生徒会からいなくなればいい』
……二階堂の声だった。
――それからどれくらい時間が経ったか分からない。
二階堂は自分がその後、何を言ったのか。どうやって家に帰ったのかも覚えていなかった。ただ自分があれからすぐ解放された状況から見て、自分が彼らにとって満足のいく答えを出したからに他ならなかった。
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